才能を科学する 才能を科学する
VRを利用したソフトボールシミュレーションシステム
フォームや球種を忠実に再現しフィジカルな打撃練習を可能にする特殊なピッチングマシン
「心」と「技」も、脳科学で鍛えられる時代へ。
スポーツの世界では、理想的な選手の状態を“心・技・体揃う”と表現する。近代スポーツにおいて、“体”に該当するフィジカルに関する研究やトレーニング法などは多様に進化している一方、“心”と“技”については、その多くが科学とは切り離されたままだった。一流選手による「気迫の投球」「魂のバッティング」など、勝負の局面で発揮される“心と技”(強靭なメンタリティや究極のパフォーマンス)。それらが発揮される時、人間の脳と体では、一体何が起こっているのだろうか。
そこには、無自覚のうちに人間の意思や行動に大きな影響を与えている、「潜在脳機能」の働きが隠されている。このメカニズムを解明することで、精神をコントロールし、身体を最適に操れる「勝てる脳」はつくられるかもしれないー。そんな未来をめざし発足したのが、「スポーツ脳科学(Sports Brain Science:SBS)プロジェクト(※以下SBSプロジェクト)」だった。研究チームのミッションは、情報通信技術(ICT)を活用し、スポーツにおける潜在脳機能の働きを解明し、その知見に基づいた新たなトレーニング法を開発すること。奇しくもこのプロジェクトは、コロナ禍で強化試合などの機会が制限される中で、ソフトボール女子日本代表にとって大きな意味を持った。脳科学とテクノロジーの融合で、これまでの仮想シミュレーショントレーニングが進歩した、科学的かつ実戦的なトレーニングを実現させたのだ。
2021年に行われた国際的なスポーツ大会における、ソフトボール女子日本代表の金メダル−その栄光の裏には、NTTの技術と科学の、挑戦ストーリーがあった。
個々の潜在“脳”力を引き出し、現実化する。
日本代表選手たちの「潜在脳機能」の働きを解明し、いかにパフォーマンスを最大化していくか?という問いは、即ち「選手個々の特性を知り、勝つ為の潜在能力をいかに引き出すか?」という問いでもあった。これまでの実験室だけに閉じていた研究では、選手たちのリアリティを捉えることは難しい。そのため、SBSプロジェクトでは必然的に、その研究範囲を実フィールドにも越境させる必要があった。より実戦に近い状態でのパフォーマンスを解析し、選手一人一人の特性に合わせながらトレーニングを最適化していく。そのプロセスで、脳科学的知見と多種多様な技術をクロスオーバーさせながら、次世代のトレーニング法を見出していった。これはある意味で、“脳科学とテクノロジー”という分野の潜在能力を高める挑戦でもある、と言えるかもしれない。
選手のイメージとパフォーマンスのズレを、データで近付ける。
実戦に近い空間で、選手のパフォーマンスを多角的に計測する「スマートブルペン」。投手、打者の同時モーションキャプチャを用い、投手のフォームや球種の違いによる打者の反応を解析。
投手向けのトレーニングでは、実際に投げる球を高性能カメラで測定。回転数や回転軸を正確に測定することで、投手本人のイメージと実際の球質データを擦り合わせて、ピッチングの戦略や技術向上に繋げた。
仮想トレーニングが、リアルに追いつく
打者においても同様に、多角的なセンシングによる、生体データの解析を基にしたバッティング技術の改善に着手。課題は、そこから実戦のパフォーマンス向上へ、具体的にどうアクティベートするかだった。当初は、VRで相手投手の投球をイメージできる仮想対戦プログラムの開発からスタート。選手からの評価は高かったものの、VRでは視覚的なイメージトレーニングは出来ても、リアルな“打感”不足が解消されなかった。そこで、対戦チーム投手の実映像や投球データからフォームや球種を忠実に再現し、フィジカルな打撃練習を可能にする、特殊なピッチングマシンの開発に至る。実際の投手の投球フォームの映像に合わせて、そのフォームごとに繰り出されるボールの球速、軌道の違いを極限まで再現。まさに「敵を知り、己を知れば百戦危からず」の格言を体現したようなこのソリューションは、好調な打線を生み出す、要因の一つになった。