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サステナブルな社会・地球のための、真のイノベーションとは
サステナブルな社会・地球のための、真のイノベーションとは

※ 本記事は、2023/11/10 日経ビジネス電子版に掲載された特集記事です。

 テクノロジーの進化は、人類に豊かな生活をもたらした。その一方で地球環境は変化し、温暖化や自然災害といった脅威として身近にせまりつつある。生活の質を落とさず、サステナブル(持続可能)な社会を構築するために、私たちはどんな取り組みを進めるべきなのか。情報通信分野で先進的なチャレンジを続けるNTT 島田 明と、ビジネスパーソンの視点から鋭く世相を描く作家、江上 剛氏の対話から、技術革新の現況と未来に向けた戦略のあり方について探ってみた。

サステナブル社会の構築には
エネルギー問題の解決が急務

―地球温暖化や気候変動が深刻さを増す現在、サステナブルな社会の構築が求められています。「サステナブルな社会・地球」をどのように捉えられていますか。

江上剛氏(以下、江上) 産業革命から200年あまり経過した現在、人類はさまざまな意味で「豊かな生活」を送ることができるようになりました。しかし、一方で自然環境の悪化が加速しています。最近、カナダに住む私の知人が山火事で大きな被害を受けたのですが、地球温暖化が山火事の増加につながっていると指摘されていて、環境破壊は私たちの生存そのものを脅かす問題になっていると感じます。
 サステナブル社会の構築は、人類の未来を考える上で重要なテーマですが、この問題を考えるとき、私は渋沢栄一が『論語と算盤』の中で述べた「一個人に利益ある仕事よりも、多数社会を益していくのでなければならぬ」という言葉を思い出します。これは、日本の企業経営者たちが明治の時代からサステナビリティを強く意識していたことを示しており、今後の計画を考える際も、企業が先頭に立ってサステナブルな社会づくりを進める必要があると思います。

作家 江上 剛

1954年、兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。人事部や広報部での勤務、支店長などを経験。97年の総会屋事件では解決のために奔走した。2002年、在職中に『非情銀行』(新潮社)でデビュー。03年銀行を退職し作家に。以来、『特命金融捜査官』(新潮社)、『ラストチャンス再生請負人』(講談社)、『住友を破壊した男 伊庭貞剛伝』(PHP研究所)など多くの作品を執筆し人気を集める。19年『二人のカリスマ(上・下)』(日経BP)を出版。

島田明(以下、島田) 先生の著書『住友を破壊した男 伊庭貞剛伝』を読み、明治時代から真剣に環境問題を捉えている先人がおられたことに感銘を受けました。サステナブルな社会を実現するためには一刻も早く環境破壊をストップさせる必要があり、そのために何ができるかを常に考え、実践していくことが企業の使命だと考えています。 先日、ドイツに出張したのですが、訪れたすべての街の郊外に大量の発電用風車群が設置されている風景に驚きました。現地の方に聞くと、これは再生可能エネルギーの拡大に向けてドイツが取り組んでいる施策の一環で、2035年までに2020年の3倍に増設する計画とのことです。当社でも太陽光、風力といった再生可能エネルギー生産を積極的に進めており、2040年には当社グループの使用量の約半分を再生可能エネルギーに置き換え、残りの半分をIOWN(囲み記事参照)等の先進技術の活用により削減する予定です。

江上 私の古い感覚では、「NTTは電話会社」という印象を持っているのですが、エネルギー生産もされているのですね。現在はどのような事業を手がけておられるのですか。

島田 電電公社から民営化した1985年当時は、電話事業が売上全体の85%を占めていました。しかし、現在の音声通信は携帯電話を含めても15%程度であり、残りの85%は別事業となっています。
 NTTグループは電気通信のビジネス分野において、日本で使われる電気の約1%を消費しています。通信を行うために必要なエネルギーをどうやって確保するか、それも従来と同じような形ではなく、地球環境に配慮した形で実現するのかという取り組みは、地球のサステナビリティにつながると考えています。
 NTTグループの環境エネルギービジョン「NTT Green Innovation toward 2040」では、2030年に温室効果ガス排出量を80%削減し、2040年には排出量をゼロにするカーボンニュートラルを達成するという目標を打ち出しました。その切り札となるのがIOWNであり、今年5月に発表した新中期経営戦略でも新たな価値創造の中核技術として取り上げています。

NTTの環境エネルギービジョン「NTT Green Innovation toward 2040」では2040年のカーボンニュートラル達成を目標としている 出典:NTT新たな環境エネルギービジョンについて(2021年9月28日)

IOWNについて

IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)とは、最先端の光技術を活用し、豊かで持続可能な社会を創る構想です。来たるデータドリブン社会においては、データ量や消費電力は爆発的に増加すると考えられています。ところが現在の中核技術である半導体技術は性能向上限界が近づいているとも考えられています。NTTはこれを、電気信号よりもエネルギー効率が高い光信号と組み合わせた「光電融合技術」にて解決することをめざしています。そして将来的には電力効率を100倍、伝送容量125倍、エンド・ツー・エンド遅延1/200倍にまで高めることを計画しています。この構想には世界も注目しており、2020年に設立されたIOWN Global Forumには、131もの組織・団体が参画するに至り(2023年9月末時点)、構想の早期実現に向けた取り組みが続けられています。

IOWNによって
データ量と電力消費量の
課題を克服

―いまお話のあったIOWNですが、サステナブルな社会・地球の実現においてどのような役割を果たすのでしょうか。

島田 IOWNはNTTの次世代情報ネットワーク構想として、2019年に発表しました。ご存知のように、最近はモバイル、インターネットの普及でデータ量が飛躍的に増加しています。これと並行して電力消費量も急増し、地球環境に大きな負荷を与えているのが現状です。IOWNはNTTが長年研究開発を進めてきた「光」の技術を活用して電力消費量を削減すると同時に、より大容量・低遅延な通信を実現することをめざしています。

日本電信電話株式会社(NTT) 代表取締役社長 島田 明

日本電信電話株式会社
代表取締役社長

島田 明

1957年、東京都生まれ。81年一橋大学商学部卒、日本電信電話公社(現NTT)入社。NTTヨーロッパで副社長として、NTTで初めてとなる国際通信ネットワークサービスの構築・営業に携わる。2007年NTT西日本財務部長、11年NTT東日本取締役総務人事部長を経て15年NTT常務取締役、18年代表取締役副社長。22年6月から現職。

江上 普段あまり目にする機会がないデータ量と電力消費量との関係は、具体的にどのような形でイメージすればよいのでしょうか。

島田 データを蓄積するサーバーや、分析に使うパソコンといったIT機器は、使用時に電力を消費します。経済産業省の調査では、2006年から2025年までの間に電力消費量が5倍になるという推計が出ていますが、今後AIの実用化などが進むと、さらに上昇が加速すると思われます。そこで、当社ではこれまで使われてきた電気による配線の仕組みを光による配線に変えることで消費電力を抑えたネットワークを構築したいと考えています。

江上 光を使うメリットには、他に何があるでしょうか。

島田 インターネットは遅延の問題が大きくなっています。光ファイバーを使う場合も、途中でいったん電気信号に変換し、また光に戻すといった工程を何回も繰り返すため、結果として遅れが生じてしまうのです。IOWNの技術で遅延をコントロールすることによりIoTの高度化が可能となります。

強固でグローバルな
協力関係を構築して
より良い社会づくりに貢献

江上 貴社が立ち上げた「IOWN Global Forum」には、国内外から多くの企業や研究機関が参加されていますね。設立の趣旨をお聞かせいただけますか。

島田 最大の目的は、IOWNをより多くの方々に活用していただくためです。これまで当社では、研究所が開発した技術、サービスを自分たちで完成形に仕上げ、そこで発表して皆様に使っていただく流れで事業を展開してきました。しかし、最近のテクノロジーは一企業が単独で手がける事例が減り、複数のパートナーと協力して進める必要があります。したがいまして、いろいろな人の意見を聞きながら技術を組み合わせ、最適なものを創造しようという姿勢で取り組んでいます。
 かつて、「iモード」のグローバル展開に取り組んでいた際は、あらかじめNTTがサービスを完全な形にしてからお届けすることを重視していました。その段階で周囲に協力を求め、「仲間づくり」を進める努力が不十分だったと感じています。当時の経験を踏まえ、IOWNは関係者の皆様と協力しながら育てていきたいと思います。

IOWN Global Forumメンバー加入状況。アジア、米州、欧州を含む131組織・団体が参画している(2023年9月時点)
資料提供:NTT

江上 老子の言葉に、「大国とは、大河の下流のようなもの」という一節があります。独断で物事を進めず、謙虚に構えることで自然に周囲の川(人)が集まり、やがては海に到達する。互いに協力し合う気持ちは大切ですね。

島田 競争と協力が重層構造になっているのが現在の社会ですから、ビジネスの局面によっては競争相手として厳しく対峙することもありますし、協力していくこともあります。同じ時代を生きる人間、企業として互いに意見を交わしながら切磋琢磨することは、よりよい結果につながるのではと思います。フォーラムに参加している企業の中には、当社の競合企業であるとともに当社がデータセンターを提供している「お客様」も多くおられます。競う部分は競い、協力する部分は協力するという意識で臨んでいます。

“柔軟な発想”と“仲間づくり”
日本から新たな
イノベーションを創造したい

―最後に11月に開催されるNTT R&Dフォーラム、そしてNTTの今後についてお聞かせください。

島田 研究開発技術の最新成果を発表するイベントとして「NTT R&Dフォーラム」を開催しています。今年のテーマは「IOWN ACCELERATION」で、IOWNの具体的なサービス・システム、ユースケース、要素技術などを中心に、NTTグループR&Dが手がける研究の最新成果について、講演や展示を通じてご紹介する予定です。

江上 新しいテクノロジーは、人類の未来に大きな価値を創造するものだと思います。少し前には「ジャパン・パッシング」などと言われ、日本が世界の潮流から距離を置かれる傾向もありましたが、日本企業である貴社が中心となって開発を推進されている姿は、とても心強い感じがします。

島田 また、多様化するニーズに対応し、サステナブルな社会づくりに役立つ製品・サービスをお届けするため、組織改革も段階的に進めています。今年新設した「研究開発マーケティング本部」は、これまでの研究所が完成させたものを提供する仕組みを改め、研究所の前段階でお客様、パートナーのご意見を伺い、最適な開発を行う目的で発足しました。マーケットと密接につながることで、お客様のCX向上にも貢献できると期待しています。

江上 お話を伺っていると、貴社はとても柔軟な姿勢で研究開発に取り組んでおられると感じます。これも老子の教えですが「人は生まれたときが一番柔らかい」という言葉があります。言い換えれば、「人は歳を取ると硬く、頑固になってしまうものだ」と戒めているのですが、NTTはとても長い歴史を持ちながらも、その発想は設立したばかりの企業のように柔らかく、生き生きとしている印象を受けました。

島田 最近は働き方が大きく変化していますが、NTTグループでも昨年、勤務場所を自宅として全国どこからでもリモートワークを可能にする「リモートスタンダード」制度を導入しました。最近実施した満足度調査では、子育て中の方などを中心に高い評価をいただいています。お客様にご満足していただく当社の製品、サービスはすべて「人」が作っています。原点はそれを創造していく従業員の皆さんが熱意を持ってお客様のために仕事に臨める環境を整備すること。それが、経営者としての私の責務だと考えています。

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