検索パネルを開く 検索パネルを閉じる メニューを開く メニューを閉じる

2018年2月13日

平らなシートに凹凸感を"書き込む"「磁性触覚印刷技術」を開発

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:鵜浦博夫、以下 NTT)は、非常に簡素な構成でさまざまな凹凸触覚刺激を提示できる磁性触覚印刷技術を開発しました。
 本技術では、2枚の薄い磁性ゴムシートのみを用いて触覚提示を行うことができます。シート同士をこすり合わせると、シート表面は平らであるのに、まるでボコボコとした凹凸がシート間にあるかのような感覚を生み出します。磁性触覚印刷技術はこのシート上に発生する凹凸感を編集、シート上に書き込むための技術です。触覚提示に電源を必要とせず、一度書き込まれた凹凸感は長期間保持されるため、おもちゃや本、床や壁面へと、今後触覚コンテンツの幅を広げる展開が期待されます。

研究の背景

コンテンツ産業はこの数十年間、視覚・聴覚を対象とした技術の進歩とともに拡大してきました。映像・音声技術は、インタラクティビティを獲得するとテレビゲームを生み出し、没入型ディスプレイの進化はVR(ヴァーチャルリアリティ)体験の質を大幅に向上させました。現在、これら視聴覚体験の質の向上に伴い、視覚・聴覚の次に実用的に利用可能な感覚として注目を集めているのが触覚です。
 NTTではこれまで触覚について多方面から研究を行ってきました。人間の皮膚の仕組みや触り心地の知覚原理の解明を行う一方で、「ぶるなび」※1のような触覚ディスプレイの研究も行っています。
 しかし、これまで主流であった振動子やスピーカを手や指に装着する情報提示型の触覚提示では、装置の重さ、大きさ、配線、電源をどうするかという問題が常について回ります。一方で、紙や金属の凹凸、木片や布地など素材の持つ形状や質感を利用するマテリアル型の触覚提示では、電源や配線の問題を気にしないですむ反面、提示する触覚を対象に応じて動的に変化させることができないという問題があります。
 マテリアル型のようにシンプルで扱いやすく、かつ情報提示型のように様々な触覚の提示を実現するために、今回磁性触覚印刷技術を開発しました。磁性マテリアル表面に形成される磁場を編集可能にすることで、マテリアル型のように扱えながらも多様な触覚提示を実現する手法を確立しました。

研究の成果

今回NTTが開発した磁性触覚印刷技術は、電力を使わず、さまざまな凹凸触覚刺激の提示を可能にする新しい触覚技術です。
 本技術を利用して詳細な磁性パタンを書き込んだ磁性ゴムシート同士をこすり合わせると、あたかもシート間に「ボコボコ」とした凹凸面があるかのような触覚を提示することができます(図1)。
 このとき、提示される凹凸感の強さやサイズは書き込む磁性パタンやその組み合わせによって決定されるため、書き込む磁性パタンを編集することで、提示する凹凸感を設計することができます。

図1:磁性触覚印刷技術を使用した凹凸感提示 図1:磁性触覚印刷技術を使用した凹凸感提示

技術のポイント

1.磁性シートの着磁について

本技術では触覚提示の媒体として一般的な磁性ゴムシートを使用しています。通常の磁性ゴムシートはゴム素材とフェライト粉末との混合成形物です。フェライト粉末などの強磁性体は、強い磁場の中に置かれると原子の双極子が磁場と同じ向きに整列し、自らも磁場をもつようになります。これを「磁化」と言い、磁化することを「着磁する」とも言います。磁化によって形成された磁場は外部の強磁場を取り除いた後も維持され、再び強い磁場に晒されるか、強い衝撃、または十分に加熱されるまで保持されます。
 一般的なフェライト磁性シートの場合、磁化に必要な磁束密度は少なくとも300mT (ミリテスラ)以上です。通常のフェライト磁石は表面磁束密度が約50~150mT程度なので、フェライト磁石を磁性シートに近づけても磁性シートは磁化されません。一方でネオジウム磁石の表面磁束密度は200~500mT程度であり、形状や向きを考慮し磁性シートに触れさせれば、シート表面を磁化することができます。
 そこで、着磁に十分な表面磁束密度をもち、かつ詳細な磁性パタンの書き込みが行えるように、直径2mm、長さ10mmのネオジウム磁石(表面磁束密度372mT)を用意し、さらにその磁石を汎用プロッティングマシンの描画ヘッドに取り付けることで、コンピュータが指定する磁性シート上の任意座標に着磁を行う装置「マグネティックプロッター」を構成しました(図2)。この装置に磁性シートをセットすることで、画像編集ソフトウェアを用いて作成した詳細な磁性パタンも自動で着磁することができます。また、作成した磁性パタンはPDFファイルとして保存することができるため、繰り返しの着磁、再編集、共有も容易に行うことができます。

図2:プロッティングマシンにネオジウム磁石を装着し、シート上の任意の位置を磁化可能に 図2:プロッティングマシンにネオジウム磁石を装着し、シート上の任意の位置を磁化可能に

2.磁性パタンが凹凸感を生み出すしくみ

上記の装置を使用して磁性パタンを着磁した磁性ゴムシート2枚をこすり合わせると、シート間に凹凸面があるように感じられます。これは「lateral-force-based haptic illusion(横方向の応力に基づく触錯覚)」と呼ばれる現象(指腹に横方向の力が提示されると、実際に指は垂直方向には移動していなくとも、垂直方向の凹凸感を知覚してしまうという現象)によるものです。
 たとえば、図3のようにS極とN極が交互にストライプ状に着磁されているシート同士をこすりあわせると、S極とN極が重なり合うときには引き合う力が、S極同士、N極同士が重なり合うときには反発する力が発生します。それが磁性シートを動かそうとする指腹に横方向の抵抗力、または推進力となって現れるため、平面であるはずの磁性シート上にあたかも凹凸があるかのように感じさせることができるのです。
 さらに提示する凹凸感の位置、向き、サイズは磁性シート上に書き込む磁性パタンによって決定されるため、上記の装置を使えば、まるで紙に印刷するように、平面の磁性シート上に様々な凹凸感を書き込むことができます。

図3:Lateral-force-based haptic illusion(横方向の応力に基づく触錯覚) 図3:Lateral-force-based haptic illusion(横方向の応力に基づく触錯覚)

3.磁性パタンによる機能の設計

こすり合わせる2枚の磁性シートにそれぞれ異なる磁性パタンが着磁してある場合、その組み合わせによって提示される凹凸感は全く違うものになります。
 たとえば、S極とN極を2mm幅のストライプ状に書き込んだシートどうしをこすり合わせる場合、2枚のシートが触れ合う面積全体に対し、引力を生成する面積の割合はシート同士の相対位置関係によって100%と0%の間を行き来します(図4左)。これに対し2mm幅のストライプを書き込んだシートと4mm幅のストライプを書き込んだシートとをこすり合わせる場合では、どれだけシートを動かしても、引力を生成する面積の割合と反発力を生成する面積の割合が常に等しく、横方向の力のほとんどが相殺されるため凹凸感はほぼ発生しません(図4中央)。一方2mm幅のストライプと6mm幅のストライプをこする場合、引力を生成する面積の割合は33.3%~66.7%の間を行き来する(図4右)ため、2mm幅のストライプどうしをこすり合わせるときよりも弱い凹凸感が提示されることが示されます。
 このように、一枚の磁性シートに対しても、こすり合わせる他方の磁性パタンが異なれば様々な強さの凹凸感を提示する表現が可能です。

図4: 2枚の磁性シートをこするとき、引力を生み出す面積比はシート同士の相対位置から算出され、またストライプ幅の組み合わせによって大きく変化 図4: 2枚の磁性シートをこするとき、引力を生み出す面積比はシート同士の相対位置から算出され、またストライプ幅の組み合わせによって大きく変化

さらにチェッカー状にS極とN極を書き込んだ場合では、2枚の磁性シートに書き込まれた磁性パタンが同じサイズの場合には強い凹凸感を提示しますが、磁性パタンのサイズ比率が大きく異なると、ストライプ状とは異なりほとんどの場合で引力と反発力が相殺されてしまうため、ほぼ凹凸感が感じられません。これを利用すると、磁性シートAは磁性シートB上でのみ凹凸感を提示し、磁性シートC、D上では凹凸を提示しない、というように凹凸感の提示に選択性を与えることができます(図5)。

図5:磁性パタンにより、「強度変化」や「選択性」といった機能が設計可能に 図5:磁性パタンにより、「強度変化」や「選択性」といった機能が設計可能に

 この他にも、磁性パタンを変えることで多様な触覚提示、機能性の付与へと実に大きな可能性があると考えられます。

今後の展開

たとえば磁性パタンを書き込んだ磁性シートを冊子状にすれば「触覚絵本」を作ることができます(図6)。触覚提示に電源を必要としないため、電池や充電を気にせず持ち運び、好きな場所で触覚を楽しむことができます。
 また、磁性シートへの磁性パタンの書き込みに必要な材料、機材も一般的に購入可能なもので構成できるため、触覚コンテンツを創造する「触感DIY体験」を低コストで提供できます。これにより、今後触覚を利用したコンテンツの幅を広げる展開が期待されます。

図6: 応用例 「触覚絵本」 図6: 応用例 「触覚絵本」

 本成果は、2018年2月22日~23日に開催の「NTT R&Dフォーラム2018」にてご覧いただけます。

用語解説

※1ぶるなびに関する記事例
http://www.ntt.co.jp/news2014/1406/140602a.html

本件に関するお問い合わせ先

日本電信電話株式会社

先端技術総合研究所 広報担当
a-info@lab.ntt.co.jp
Tel:046-240-5157

Innovative R&D by NTT NTTのR&D活動を「ロゴ」として表現しました

ニュースリリースに記載している情報は、発表日時点のものです。
現時点では、発表日時点での情報と異なる場合がありますので、あらかじめご了承いただくとともに、ご注意をお願いいたします。