2018年10月23日
日本電信電話株式会社
古野電気株式会社
日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:澤田純、以下NTT)と古野電気株式会社(本社:兵庫県西宮市、代表取締役社長:古野幸男、以下 古野電気)は、ビル街や山間部などのシビアな受信環境においてGPSなど航法衛星(GNSS)による時刻同期精度を飛躍的に向上するGNSSレシーバの開発に成功しました。
今回、NTTが独自に開発した衛星信号の選択アルゴリズムを古野電気の時刻同期用GNSSレシーバに搭載することにより、見通し状態にある衛星信号だけでなく、従来、高精度な時刻同期を阻害する要因となっていたマルチパス(ビルなど構造物に反射・回折する衛星信号)を活用することが可能となりました。実際に、マルチパスを受信する実験環境において、タイムエラー(誤差)を従来の1/5程度に大幅に低減可能であることを確認しました。これは従来、高精度時刻同期に適さないとされていたビル街や山間部などの良好ではない受信環境においても、遮蔽物のないオープンスカイの受信環境に近い時刻同期精度が実現できる見通しが得られたという点で画期的な成果であると言えます。
古野電気は、本技術を搭載した時刻同期用GNSSレシーバの新製品「GF-88」シリーズを2019年4月に販売開始する予定であり、今後は高精度な時刻同期を必要とする4G・5Gモバイル基地局、金融取引、電力グリッド等の分野やデータセンタなどに幅広く展開する予定です。
本成果は10月25日・26日に開催される「つくばフォーラム2018」*1 (https://www.tsukuba-forum.jp )および11月5日~8日にブカレストで開催される「ITSF2018」*2 ( http://itsf2018.executiveindustryevents.com )に出展予定です。
<開発した衛星選択アルゴリズムの動作と計測結果>
航法衛星信号により位置と時刻の4つのパラメータを算出するためには、少なくとも4つの衛星信号を受信する必要がありますが、周辺を構造物で遮られるアーバンキャニオン受信環境では常時4機以上の可視衛星信号を受信できるとは限りません。そこで、今回検討した衛星選択アルゴリズムでは受信位置の推定と衛星信号の到達時刻に基づく衛星の選択動作を繰り返し行うことにより、時刻精度を向上する上で適切な衛星信号を選択する独自のアルゴリズムを考案しました。
本アルゴリズムでは、図1に示すようにまずは可視衛星信号を確実に選択し、可視衛星信号数が4機に満たない場合には不可視衛星信号から伝搬遅延の小さい衛星信号を最小限選択する動作を行います。これは、受信環境が良好ではない場合に不適な衛星信号を大胆に「枝刈り」することにより精度を向上する、いわば「少数精鋭」的な衛星選択方式であると言えます。本アルゴリズムを古野電気製の時刻同期用GNSSレシーバ「GF-87」に搭載した試作機(図2)を開発し、マルチパスを受信する実験環境において性能評価を行ったところタイムエラー(時刻誤差)が従来の1/5程度という高精度な時刻同期精度が実証できました。
本方式では受信環境、すなわち可視衛星の数によらず、最適な衛星信号を選択することができるため、アンテナの設置位置を慎重に選定する必要がなく、さまざまな受信環境で時刻同期精度の大幅な改善が期待できます。
前提として、航法衛星による時刻同期では受信位置の3次元座標と時刻の4つのパラメータを算出するために4機以上の航法衛星信号を同時に受信する必要があります。
受信位置の周辺に建造物などの構造物が存在する理想的ではない受信環境においては大きく以下の2つの理由により時刻同期精度が劣化します。
受信位置から見通せる天空上の可視衛星信号が少なくなることに加え、可視衛星信号の天空上の位置が偏る(DOP *6値が低下する)ことによっても時刻同期精度が劣化します。
図3に示すように、マルチパス信号が時刻同期精度および測位精度に及ぼす影響は可視衛星信号と不可視衛星信号では大きく異なります。
可視衛星信号の場合、まず信号強度の大きい直接波を受信し、続いて相対的に信号強度の小さいマルチパス信号を受信するためGNSSレシーバの相関器*7における信号処理でその影響を有効に取り除くことができます。
一方、直接波の存在しない不可視衛星信号は、衛星信号そのものを時刻同期に使用しない(フィルタリングする)ことでしかその影響を有効に取り除くことができません。GNSSレシーバの受信感度の向上に伴い、特に後者の影響が顕著になっており、時刻同期精度を大きく劣化させる要因となっています。
不可視衛星信号を排除する方法としてこれまでに「仰角マスク」、「CNR *8マスク」といった方法が適用されてきました。仰角マスクは仰角の閾値以上の衛星信号を使用する方法で不可視衛星信号の可能性の高い低仰角の衛星信号を排除することにより精度を向上する方法です。一方、CNRマスクはCNRの閾値以上の衛星信号を選択することにより、反射・回折に伴い信号強度が減衰した不可視衛星信号を排除することにより精度を向上する方法です。しかし、従来のマスク方法では衛星信号の可視・不可視の判定を十分に正確に行うことができず、時刻同期精度改善の効果は限定的でした。また、予め設定した閾値に対し、経時的に選択される衛星信号が必要な4機を割り込むリスクがありました。
これらの原因に対し、NTTの衛星信号選択アルゴリズムでは、良好ではない受信環境においてはまず可視衛星信号を確実に選択し、可視衛星信号数が4機に満たない場合には、不可視衛星信号から伝搬遅延時間の小さい衛星信号を補完的に、最小限選択するという動作を行います。(図1)建物の屋上にアンテナを設置する場合などに、受信位置の近傍にある構造物は開空間を大きく制限しますが、これにより発生する不可視衛星の反射信号の伝搬遅延は小さいという特徴があります。
このような受信環境で、不可視衛星信号も積極的に活用することが本アルゴリズムの最大の特徴です。受信可能な可視衛星信号数に依らず、受信環境に応じて精度を向上する上で最適な衛星信号を選択することができます。(図4で本技術を従来のCNRマスク方式と比較します。)
本アルゴリズムは開空間の制限される受信環境でもオープンスカイ受信環境でもあらゆる受信環境で適切な衛星選択動作を行うことにより精度を向上することが可能です。
実際に、マルチパスを受信するモデル受信環境を構築し、性能評価を行いました。(図5)オープンスカイ受信環境で計測した時刻と比較することによりタイムエラーを計測した結果、本アルゴリズムを搭載した試作GNSSレシーバGF-87のタイムエラー(時刻誤差)が1/5程度に低減する効果を確認いたしました。(図6)
加えて、従来の仰角マスクに代わる方位マスク機能も開発しました(図7)。これは各方位に対し、仰角の閾値を設定できる機能であり、GUIの設定ツールで任意の開空間形状に対応したマスクを形成することが可能となります。
本技術を適用することで、構造物の近傍やビルの壁面、屋内の窓際になどにアンテナを設置するケースでもITU-T勧告*9で規定されるPRTC *10に要求される100ナノ秒以下の高い時刻同期精度が実現できる見通しが得られ、効率的なアンテナ設置および時刻同期の適用領域のさらなる拡大が期待されます。
古野電気では、NTTの開発した本技術を実装した高精度時刻同期用GNSSレシーバモジュール製品「GF-88」シリーズを2019年4月に販売開始する予定です。
GF-88では従来のGPS・GLONASS・準天頂衛星(QZSS)に加え、新たにGalileoに対応する予定です。また準天頂衛星は、静止衛星のみちびき3号機を含む4機の同時受信に対応します。マルチGNSS *11への対応により、トータルで利用可能な航法衛星数が増加するため、開空間の制限された受信環境においてもより多くの可視衛星を確保することができるだけでなく、不要な不可視衛星信号を排除する本技術の適用効果が一層向上し、高精度な時刻同期を実現できると考えております。さらにGF-88では、高精度な水晶発振器による高いホールドオーバ性能を実現するモデルをラインナップに揃え、ジャミング等の干渉波で一時的に衛星信号が受信できなくなっても高い時刻精度を維持できる機能を搭載し、5Gモバイル基地局をはじめ金融、電力グリッドなど高い信頼性が要求されるアプリケーション領域に対応していきます。
またNTTは、さらなるGNSSの適用領域拡大に向けて、研究を続けてまいります。
なお、本技術は10月25日、26日にNTTアクセスサービスシステム研究所で開催される「つくばフォーラム2018」のNTT展示ブースにおいて出展を予定しています。
また、古野電気は11月5日~8日にブカレストで開催される「ITSF2018」においてマルチパス疑似信号を使用した時刻同期用GNSSレシーバのタイムエラー実測によるマルチパス対策性能の動態デモを世界で初めて実施する予定です。
*1つくばフォーラム2018
NTTが主催するアクセスネットワークに関わる様々な技術の日本最大の総合シンポジウムです。
https://www.tsukuba-forum.jp
*2ITSF(The International Timing & Sync Forum)2018
ネットワークの時刻と同期をテーマにした世界最大規模のカンファレンスであり、通信、金融、エネルギー、輸送、放送、防衛などの分野をカバーします。
http://itsf2018.executiveindustryevents.com
*3協定世界時(Coordinated Universal Time: UTC)
国際原子時を基に管理される世界標準時です。各国の標準時は協定世界時を基準として定められ、日本標準時(JST)は協定世界時に対して9時間進んでいます。
*4TD-LTE(Time Division duplex Long Term Evolution)
移動体通信の標準規格であるLTE(Long Term Evolution)の一つの方式です。日本では3.4GHz帯(3400MHz~3600MHz: バンド42)において事業者にライセンスが割り当てられています。
*5TDD(Time Division Duplex)
端末から基地局への上り方向の通信と基地局から端末への下り方向の通信の信号を時間軸上で交互に多重する通信方式です。時分割多重または時分割複信と呼ばれます。
*6DOP(Dilution Of Precision)
天空上のGNSS衛星配置に基づく測位・時刻同期精度を表す指標です。
*7相関器
航法衛星に固有のコード信号とGNSSレシーバで生成したレプリカ信号の相関処理を行い、衛星信号を特定し信号の到達時刻を計測するためのGNSSレシーバに内蔵される信号処理回路です。
*8CNR(Carrier-to-Noise Ratio)
受信したGNSS信号の搬送波の信号強度と雑音レベルの比でdBHzの単位で表示されます。数値が大きいほど信号の受信が良好な状態であることを意味します。
*9 国際連合の専門機関である国際電気通信連合(International Telecommunication Union: ITU)の電気通信分野の標準策定を担う電気通信標準化部門(ITU-T: International Telecommunication Union Telecommunication Standardization Sector)が策定している国際標準です。
*10PRTC(Primary Reference Time Clock)
時刻同期網で使用されるマスタークロックに時刻基準を供給する装置で通常はGNSS信号に時刻同期します。ITU-T勧告G.8272により協定世界時に対する誤差が±100ns以内であることが規定されています。
*11マルチGNSS
複数の航法衛星システムを組み合わせて使用する運用方法です。
図1 開発した衛星選択アルゴリズムの動作
図2 GNSSレシーバの試作機
図3 マルチパス信号が時刻同期精度に及ぼす影響
図4 開発した衛星選択アルゴリズムとCNRマスクの比較
図5 マルチパス信号の影響評価のためのモデル受信環境
図6 GNSSレシーバ試作機の性能評価結果
図7 方位マスク機能
本件に関するお問い合わせ先
日本電信電話株式会社
情報ネットワーク総合研究所 企画部 広報担当
TEL:0422-59-3663
Email:inlg-pr-pb-ml@hco.ntt.co.jp
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