2018年11月21日
日本電信電話株式会社
日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:澤田 純、以下 NTT)は、国立大学法人 東京工業大学(東京都目黒区、学長:益 一哉)と共同で、素子構造の乱れに強い光デバイスに応用可能な人工光学材料「光トポロジカル絶縁体」を、電流制御が可能な光の増幅利得および吸収損失のみを用いて生成・制御する手法を、世界で初めて発見しました。本成果により、光トポロジカル絶縁体が特別に持つ乱れに対し強固な状態「トポロジカルエッジ状態」を、一次元結合ナノレーザアレイ中で発生させ、その位置や数を動的かつ自在に制御する事が可能になります。将来の応用において構造乱れに強く、様々な新奇な特性が期待されるトポロジカル光回路に、外部信号による制御性が加わることにより、新現象や新技術への道を拓く事が期待されます。
本成果は2018年11月20日(米国時間)に、米国科学雑誌「フィジカル・レビュー・レターズ」のオンライン版に公開される予定です。
なお、本研究の一部は、JST CREST受託研究「集積ナノフォトニクスによる超低レイテンシ光演算技術の研究」の助成を受けて行われました。
トポロジーとは、物に開いた穴の数のように、伸長や縮小などの連続的な変形では変わらない、強固で離散的な性質を指す概念です(図1)。この概念を物質中の電子の量子力学的波動関数に導入し、様々なトポロジカル物性を解明した業績により、Thouless教授、Haldane教授、Kosterlitz教授の三名が2016年のノーベル物理学賞を受賞しました。物質波が持つトポロジーは、トポロジカル絶縁体*1等のさらなる新奇物質や物性の発見へと繋がっており、今でも研究が広がっています。
トポロジーを波の物理に導入する潮流は電子の枠を超え、光波の制御を主題とするフォトニクスにも波及しています。特に近年、フォトニック結晶*2、結合共振器、結合導波路*3等の人工的な光学構造に、光の絶縁性および特殊な光トポロジー*4を発生させたものを指す「光トポロジカル絶縁体」の研究が進んでいます(図2)。光トポロジカル絶縁体は、特定の波長域の光について内部には通さないにもかかわらず、その端では「トポロジカルエッジ状態」と呼ばれる特殊な状態が発生します。このエッジ状態は、素子作製の不完全性に由来する構造の乱れに対して耐性を持ちます。特に二次元構造状の光トポロジカル絶縁体の外辺に生じるエッジ状態は、構造乱れにより生じる反射や散乱損失が抑制された光導波路としてはたらきます。また、互いに逆向きの円偏光の光を外から照射する事により、逆向きに伝搬する二つのエッジ状態を個別に励起出来る光ルーティング素子*5のような性質も持ちます。
しかし、従来研究では、作り付けの特殊な構造により光トポロジーを生成していました(図3)。従って、一度デバイスを作製するとエッジ状態の位置や数は固定されてしまい、デバイス内のそれらの性質を、外部信号の印加により後から自在に制御するといった事は現実的に不可能だと考えられていました。このような制約は将来の応用上不利になると考えられます。
今回NTTは、商用のレーザ、光増幅器、変調器等で電流制御されている光の増幅利得及び吸収損失のみを用い、光トポロジカル絶縁体を自由に生成・制御する手法を、世界で初めて発見しました。本成果では、直線状かつ等間隔に配列した超小型共振器レーザ(ナノレーザ)のアレイを用います(図4)。このデバイスは、注入電流の無い状況下では隣り合った共振器間の結合は等しく、光絶縁性を示すフォトニックバンドギャップ*6も、エッジ状態の源となる特殊な光トポロジーも持ちません。しかし、電流注入により、利得を持つ共振器二つ、吸収を持つ共振器二つが各々連続した四共振器単位の周期(図5)を実現する事で、フォトニックバンドギャップ(図6)及びエッジ状態(図7)の両方を生成できる事を発見し、これが光トポロジカル絶縁体として機能することを理論的に実証しました。
この光トポロジカル絶縁体は、従来のものと同様、構造(結合)や電流の乱れに強固なエッジ発光状態を持ちます。さらに本手法では、電流制御によりトポロジカル絶縁体を任意の場所に自由に生成、消滅させることが可能となります。この特徴により、同一のレーザアレイを用いて、エッジ状態を持つ光トポロジカル絶縁体部分と、エッジ状態を持たない通常の光絶縁体部分とを、電流制御により動的かつ自在に書き換える事が可能になり、任意の場所に乱れに強い界面エッジ状態を形成可能となります(図8)。
このような特徴は、従来の光トポロジカル絶縁体では得られなかったものです。本技術により、光回路上の任意の位置に自在な光トポロジーを動的に導入することが可能となり、書き換え可能な光トポロジー回路という新しい技術に繋がる重要な一歩となります。
本成果との比較のため、構造周期性に由来した従来の一次元光トポロジカル絶縁体について説明します(図3)。この系は、利得・吸収を持たない二共振器からなる周期単位の繰り返しです。共振器間は強い結合(互いに距離が近い)、弱い結合(距離が遠い)の二通りで交互に繋がっています。これにより、個々の共振器の共鳴周波数の周りの帯域で、系は光絶縁体になります。この時、強い結合で結ばれた共振器同士がペアを形成すると考えます。
限られた数の共振器で上記のアレイを形成する時、二通りの周期の取り方があります。一つ目は周期単位の中央に弱い結合を持つもの、二つ目は強い結合のものです。一つ目の取り方では、アレイの両端にペアの片方が余り、この両端の共振器に光が局在したトポロジカルエッジ状態が現れます(光トポロジカル絶縁体)。一方、二つ目の場合、エッジ状態は出現しません(通常光絶縁体)。両者は異なる構造のため、このような系でエッジ状態の有無(トポロジー)を変化させる事は困難です。
まず、二つの共振器(レーザ)からなる結合共振器を考えます(図5)。二つの共振器が同じ大きさの利得(または吸収)を持つ場合、共振器間結合の大きさは利得・吸収が無い場合と同じです。ところが、利得を持つ共振器と吸収を持つ共振器との間では、結合が実効的に小さくなります。
本成果ではこの原理を見抜き、等間隔に並んだ、元々の結合が一様に等しいレーザアレイに対し、電流を注入して利得と吸収を制御するだけで、ペア形成が行える事を発見しました。それには四共振器をユニットとした周期で電流を加え、利得共振器、吸収共振器がそれぞれ二つ続きになるようにします。この時、上記の結合の変化により、隣り合う利得共振器同士、吸収共振器同士がペアとなります。その結果、この素子でフォトニックバンドギャップが形成され、ユニット内の配列を選ぶことにより光トポロジカル絶縁体として働くことを見出しました(図6)。
四共振器周期を導入し、利得・吸収の制御によりペアを生成した場合でも、限られた数の周期からなる共振器アレイでは二種類の周期の取り方があります(図7)。一つ目は、(利得、吸収、吸収、利得)共振器と続く周期のように、並べていくと両端にペアの片方が余るものです。対して二つ目は、(吸収、吸収、利得、利得)共振器のように、ペアが周期内で完結し両端に余りが出ないものです。本成果では、一つ目の周期の取り方では結合や利得・吸収の乱れに強いエッジ状態が両端に発生し(光トポロジカル絶縁体)、二つ目の場合は発生しない事(通常光絶縁体)を理論計算により明らかにしました。ここでの光絶縁性やトポロジーは全て利得と吸収により生成されるため、エッジ状態の有無を電流制御により変化させる事(トポロジカル相転移)が可能です。
本手法を用いれば、多数のレーザからなる結合アレイを用意し、その一部を光トポロジカル絶縁体、異なる部分を通常光絶縁体とする事が、個々のレーザ素子の電流制御により可能です。この時、光トポロジカル絶縁体部分が持つエッジ状態の内一つが、光トポロジカル絶縁体部分と通常光絶縁体部分の境界(界面)に接した共振器に局在する状態として現れます(図8)。通常のエッジ状態と区別する意味で、この状態は特にトポロジカル界面状態と呼ばれます。
レーザアレイが光トポロジカル絶縁体部分と通常光絶縁体部分を一つずつ持つ時、それぞれの大きさを電流により書き換え、トポロジカル界面状態の位置を移動させる事が出来ます。同様にして多数の光トポロジカル絶縁体部分と通常光絶縁体部分とを交互に配置することにより、境界の数と同じだけの界面状態を、制御された位置に生成する事も可能になります。
近年、光通信量の大幅な増加による、サーバ、ルータをはじめとしたICT機器の消費電力増大や発熱が問題になっています。これは、特にプロセッサの高速なデータ生成や処理に大きな電力を必要とするためです。この問題の解決のため、プロセッサチップ内に微小な低消費電力光デバイスを集積することで光ネットワークを構築し、信号処理や伝送に活用することが提案されています。このような技術の確立をめざし、NTTナノフォトニクスセンタでは、微細化の限界である波長サイズ程度の半導体光デバイスの研究を行っています。一方で、このようなナノフォトニック素子では、原子レベルの素子構造の乱れが無視できない問題となっています。
本手法は、構造や外部制御信号の乱れに耐性を持つ、トポロジカル光デバイスの将来の応用に貢献すると考えられます。例えば直線配列の一次元ナノレーザアレイ光源では、発光位置の動的制御や、安定なシングルモード動作の実現が期待されます。また、本手法の適用範囲を二次元のレーザアレイに拡大できれば、電流注入による再構成が可能な光スイッチ回路等に応用可能な、乱れに強いナノ光学素子技術の確立が期待できます。電流注入制御が可能なフォトニック結晶ナノレーザの作製技術は、世界で唯一NTTナノフォトニクスセンタが保有しています。今後はこのような超小型レーザを集積してアレイ化し、本手法の原理検証実験をめざします。
Kenta Takata and Masaya Notomi
"Photonic Topological Insulating Phase Induced Solely by Gain and Loss"
Physical Review Letters 121, 213902 (2018) [Editors' Suggestion].
*1...トポロジカル絶縁体
近年提唱・発見された電子材料の一種で、内部は絶縁体であるが表面(端)には電気が流れる物質の事を指す。この性質は、周期的な原子構造配列内の電子の波動関数が持つ位相の「ねじれ」(幾何位相、ベリー位相)がトポロジー的な性質を持つ事に由来する。同様に、周期光学構造中の光波が持つ位相のねじれに起因し、内部が光絶縁体であるにもかかわらず端では光が伝搬出来る光学素子を光トポロジカル絶縁体と呼ぶ。また、電子や光等のトポロジカル絶縁体の端を伝搬する特異な状態をトポロジカルエッジ状態と呼ぶ。但し、一次元の光トポロジカル絶縁体のエッジ状態は、直線的構造の両端に光が局在する状態となる。
*2...フォトニック結晶
屈折率が光の波長と同程度の空間周期で変調された構造を指す。多くの場合は、シリコンやインジウムリン等の半導体に対し、微細加工技術を用い数百ナノメートル程度の周期構造を人工的に形成したものである。特定の構造のフォトニック結晶は光を通さない光絶縁体として機能する。そのため、光絶縁体であるフォトニック結晶中に線状ないし点状の欠陥を導入した素子は、欠陥部分にだけ強く光が閉じこもるため、微細な光導波路ないし共振器として機能する。
*3...結合共振器、結合導波路
光共振器は反射により光を空間的に閉じ込める素子を指し、光導波路は構造内部を通り光が伝搬出来る素子を指す。同一の構造の複数の共振器同士、導波路同士の距離を波長オーダー程度まで近づけると、共振器同士、導波路同士の間で共鳴光波が行き来する。この事を結合と呼び、結合共振器、結合導波路とは、複数の共振器(レーザ)ないし導波路を互いに近接して配置し、結合を持たせたものを指す。
*4...光トポロジー
ある周期構造中に存在できるそれぞれの光波状態が持つ、前述の離散的な位相ねじれの構造を指す。ここでは、光絶縁周波数帯域(フォトニックバンドギャップ、後述)の周りの状態の光トポロジーが、空気中や一様な媒質とは異なる状況の事を特殊であると述べており、この事がエッジ状態の源となる。
*5...光ルーティング素子
入射された光が持つ特定の状態の違いに対応して、出力光の行先(ポート)が変化する光デバイス。行先の制御そのものに電気信号を用いないため、省電力化に寄与すると考えられている。ここでの光ルーティング動作は、エッジ状態がデバイス面内で電磁場の渦を巻き、円偏光に対応する自由度(光スピン角運動量)を持っている事により可能になっている。
*6...フォトニックバンドギャップ
ある周期的光学構造内について、光の各々の伝搬方向に対して実際に伝搬が可能である周波数を図示したものをフォトニックバンド構造と言う。フォトニックバンドギャップとは、この図の中の空白領域、つまりいかなる方向にも光伝搬が許されない周波数帯の事を指す。言い換えれば、ある周期構造が光絶縁体としてはたらく周波数帯の事を意味する。
図1 トポロジー及びトポロジカル絶縁体
図2 光トポロジカル絶縁体
図3 従来提案の一次元光トポロジカル絶縁体
図4 ナノレーザアレイ 図5 利得・吸収による共振器間結合の制御 図6 利得・吸収による光絶縁性の誘起 図7 利得・吸収によるエッジ状態の有無の変化(トポロジカル相転移) 図8 利得・吸収によるトポロジカル界面状態の制御本件に関するお問い合わせ先
日本電信電話株式会社
先端技術総合研究所 広報担当
science_coretech-pr-ml@hco.ntt.co.jp
TEL:046-240-5157
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