検索パネルを開く 検索パネルを閉じる メニューを開く メニューを閉じる

2019年11月 5日

日本電信電話株式会社
Korea Advanced Institute of Science and Technology
National Physical Laboratory

シリコン単電子素子における量子的な超高速コヒーレント振動の観察に成功 ~サブテラヘルツ領域で動作する電子1個の量子的な挙動が明らかに~

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:澤田純、以下、 NTT)は、韓国Korea Advanced Institute of Science and Technology(以下、KAIST)と英国National Physical Laboratory(以下、NPL)と共同で、シリコントランジスタ※1中の電子が従う量子力学的な性質を組み合わせることにより、現在のエレクトロニクスの限界を超えるサブテラヘルツの周波数で電子1個を往復させ、その動きを捉えることに初めて成功しました。今回の成果は、量子的な現象の検出速度向上を意味するとともに、電子1個の量子的な性質に着目した新しい用途、すなわち超高速駆動が可能な量子ビット※2や高感度電磁場センサ※3などへの応用が期待されます。
 これまでNTTでは、シリコントランジスタで形成した微細な箱への電子1個の出し入れを時間的に調節し、精度の高い電流標準※4の実現に取り組んできました。このいわゆる単電子転送素子※5では電子の粒子としての性質のみを利用していました。一方で、量子力学によれば電子は波動としての性質も有しており、単電子転送素子における電子の波動的な振舞いとその応用には理論的な興味がもたれていました。とりわけ1個の電子がエネルギーのわずかに異なる二つの波動の状態に跨って存在するとき、電子はポテンシャルの箱の中を超高速で往復運動することが予想され、この効果は量子コヒーレント振動※6と呼ばれていました。
 しかしながら単電子転送素子における量子コヒーレント振動の周波数は100ギガヘルツの数倍にも及び、既存のエレクトロニクスに基づく計測手法ではこれを実測することが原理的に叶わず研究の進展を阻んでいました。
今回の国際的な共同研究では、全く新しい測定原理に基づく計測手法を確立し、電子1個のサブテラヘルツにおよぶ超高速コヒーレント振動の時間依存性を初めて観測することに成功しました。この新手法では、エネルギーを時間的に掃引しながら箱の中で電子を往復させ、壁の近傍で特定のエネルギーに達したときに限って、壁の中に設けたシリコン中の共鳴エネルギー準位※7を介して トンネル効果※8によって外に出るように工夫しました。これを利用し、振動開始から電子が外に出るまでの経過時間を変化させることで、振動の周期に関する情報を得られました。
 本研究成果は、2019年11月4日(英国時間)に英国科学誌「Nature Nanotechnology」のオンライン版で公開されます。また、2019年11月18日~22日に開催されるNTT主催の国際会議「International school and symposium on nanoscale transport and photonics 2019」における発表も予定しています。なお、本研究の一部は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成金の助成を受けて行われました。

研究の背景

これまでNTTでは、シリコントランジスタを利用した単電子転送素子の研究を進め、電流標準への応用を目指した高精度電流の生成を報告してきました。これは、電子の古典的性質(粒子性)に着目した結果でした。一方で、量子力学的には電子は波動の性質を持っており、単電子転送素子内部でも電子の波が振動するコヒーレント振動が生じることが予測されてきました。そのような量子的性質を積極的に使った量子コンピュータ※9は、超伝導体やシリコンなどを利用した素子で世界的に盛んに研究されています。本研究で用いる単電子転送素子内部では、電子のコヒーレント振動が100ギガヘルツを超える超高速なものとなるため、超高速駆動が可能な量子ビットに繋がる可能性がありますが、最先端の技術でも測定帯域が足りないため、その観測自体が困難でした。

研究の成果

今回、シリコン単電子転送素子内に存在する共鳴準位を利用した、量子的な超高速コヒーレント振動を検出する新しい手法を提案しました。これにより、単電子転送素子内で生じる250ギガヘルツ程度の量子的な超高速コヒーレント振動を電流の時間依存性として観測することに成功しました。この手法を用いると、これまで観測不可能であった超高速な電子の量子的現象を検出でき、様々な応用に繋がることが期待されます。
 本研究における役割分担については、素子作製をNTT、測定をNTTとNPL、理論解釈をKAISTがそれぞれ担当しました。

技術のポイント

技術のポイント(1):単電子転送素子における超高速コヒーレント振動

本研究では、NTTの微細加工技術を駆使して作製した、シリコン細線上に2つの微細ゲート電極を近接して配置した構造を利用しています(図1)。入口側のゲート電極への高速AC電圧印加により、ゲート電極間のシリコン細線中に単電子を捕獲し、その後出口側に放出することで単電子転送を行います。捕獲の動作中には、電子が高速に動かされることに起因して電子の波の重ね合わせ状態が生じ、コヒーレント振動が起こります。コヒーレント振動の周波数は素子サイズで決まり、今回の素子では250ギガヘルツ程度の超高速な空間振動となることが期待されます。

技術のポイント(2):共鳴準位の利用による広帯域検出

新しい検出手法のアナロジーとして、バネで左右に振動する箱の写真をカメラで右から撮影することを考えます(図2上)。振動が高速な場合、その動きを捉えるには、高速のシャッターが必要です。しかしながら、それが不可能で、シャッターを開けたままの撮影を行いたい場合、カメラの前にスリットを置き、箱を下から上へ移動させる方法が考えられます(図2下)。これにより、箱がスリットを通過する一瞬の状況のみを撮影できるため、遅いシャッターでも短い時間の情報を得ることができます。更に、スリットの位置を移動させると、異なる時間の情報を得ることもできます。
 今回、これと同様な手法をシリコン微細素子に適用しました(図3)。上記、箱の左右の振動が観測したいコヒーレント振動に対応します。これを電流として観測(カメラでの撮影に対応)することを考えると、超高速な電流のスイッチング(高速シャッターに対応)が必要ですが、100ギガヘルツを超えるスイッチングは困難です。そこで、上記のスリットに対応するものとして、素子中の共鳴準位を利用します(電子のエネルギーと共鳴準位が一致した時のみ、電子が共鳴準位を通り抜けます)。また、上記の箱の上下方向の移動に対応するものは、AC電圧印加による電子のエネルギーの時間変化です。電子の放出確率は電子の位置が共鳴準位に近いか遠いかで変化し、また、エネルギーの一致は極めて短い瞬間のみ生じるため、電流測定により瞬間的な電子の位置変化を捉えることができます。また、共鳴準位のエネルギーはゲート電圧で変化させることができるため(スリットの移動に対応)、ゲート電圧変化により異なる時間の情報を抽出可能です。実験では、出口側のゲート電極直下に共鳴準位が存在する素子を利用することで、超高速コヒーレント振動を電流振動として観測できました(図4上)。この結果は量子力学に基づくシミュレーションとも一致し、コヒーレント振動の観測であることを裏付けました。更に、時間依存性への変換も行うことができ、250ギガヘルツ程度の超高速コヒーレント振動の時間分解検出に成功しました(図4下)。

今後の展開

超高速なコヒーレント振動の検出手法を用いて、超高速駆動が可能な量子ビットの可能性を検討します。また、電子を用いた量子光学※10の実験や、電子の量子的な性質を利用した高感度電磁場センサへの応用も検討します。更に、このコヒーレント振動検出を利用して、高速単電子転送の機構をより詳細に探究することで、電流標準へ向けた単電子転送の高速高精度化への検討も行います。

論文掲載情報

Gento Yamahata, Sungguen Ryu, Nathan Johnson, H.-S. Sim, Akira Fujiwara, and Masaya Kataoka
"Picosecond coherent electron motion in a silicon single-electron source"
Nature Nanotechnology (2019).

図1:素子構造と測定系

図2:アナロジーを用いた測定手法のイメージ

図3:共鳴準位による超高速サンプリングの提案

図4:実験結果

用語解説

※1シリコントランジスタ
半導体のシリコンを用いて作製された、電気信号のスイッチや増幅を行うことのできる素子。今回は、シリコン上に絶縁膜(シリコン酸化膜)を介して形成したゲート電極を持つ、電界効果トランジスタを利用しています。ゲート電極への電圧印加によりシリコン中に流れる電流をON-OFFすることができます。

※2量子ビット
量子力学的な波の二状態(| 0 > と| 1 >)の重ね合わせを利用した量子コンピュータにおけるビット(最小単位)。

※3高感度電磁場センサ
ここでは、電子の波動の性質を利用した新しいセンサのことを指します。例えば、限られた範囲にだけ局在する電子の波を高速移動させることを考えます。その波がある領域を通れるか否かを電気信号で変化させることで、高速電気信号を検出できると期待されています。

※4電流標準
電流の基本単位であるアンペアの基準となるもの。電流の物差しに対応します。2019年5月20日に国際単位系(SI)におけるアンペアの再定義が行われ、電気素量eを固定値とし、電流標準でアンペアを実現することになりました。

※5単電子転送素子
電子を周期的に1つずつ正確に運ぶ素子。入力AC電圧の周波数と電荷素量のみで出力電流が決定され、極めて正確な電流が生成できます。

※6量子コヒーレント振動
電子の量子力学的な波の状態が時間的に変化することにより発生する振動。この時間変化は複数の波の状態が重ね合わさることによって生じます。今回の場合、シリコン中の電子の位置が空間的に振動することに対応します。この振動周波数は微細領域に閉じ込められた電子のエネルギー間隔によって決まります。

※7共鳴エネルギー準位、共鳴準位
ある特定のエネルギーを持つ電子が通り抜けることのできる、量子力学的な状態。

※8トンネル効果
古典的粒子が通過することのできないポテンシャルの壁を、量子力学的な波が透過する現象。ここでは、ゲート電圧によりシリコン細線中に形成した、電子に対するポテンシャルの壁を電子が量子力学的に透過することに対応します。

※9量子コンピュータ
量子力学的な波の二状態(| 0 > と| 1 >)の重ね合わせを利用したコンピュータ。ある特定の用途で既存のコンピュータよりも遥かに高速に問題が解けることが期待されています。

※10電子を用いた量子光学
量子光学とは光の量子力学的性質に関する研究分野です。光も電子も粒子と波の2重性を持っていますが、詳細な性質が異なるため、光で行われてきた実験を電子でも行う試みが注目を集めています。

本件に関するお問い合わせ先

日本電信電話株式会社
先端技術総合研究所 広報担当
Tel:046-240-5157
E-mail:science_coretech-pr-ml@hco.ntt.co.jp

ニュースリリースに記載している情報は、発表日時点のものです。
現時点では、発表日時点での情報と異なる場合がありますので、あらかじめご了承いただくとともに、ご注意をお願いいたします。