2020年11月25日
日本電信電話株式会社
国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学
国立大学法人北海道大学
日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:澤田 純、以下「NTT」)および国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学(愛知県名古屋市、総長:松尾 清一、以下「名古屋大学」)、国立大学法人北海道大学(北海道札幌市、総長:寳金 清博、以下「北海道大学」)は共同で、中性子のもつエネルギーごとの半導体ソフトエラー(※1)発生率(※2)を“連続的な”データとして実測することに成功し、その全貌を世界で初めて明らかにしました。
この「ソフトエラー発生率の中性子エネルギー依存性のデータ」は、宇宙線による半導体影響の研究・対策において最も重要なものですが、これまでは飛び飛びのエネルギーでの測定値しかなく、連続的な測定データを得ることは不可能でした。本研究では、光速に近い中性子の速度を測定可能にする超高速エラー検出回路を開発し、1MeVから光速に近い800MeVまでの非常に広範囲なエネルギーの中性子によるソフトエラーの測定を可能としました。
今回測定に成功したソフトエラー発生率のデータは、その発生に関する最も基本的かつ重要なデータの一つです。このデータにより、地上のみならず、上空・宇宙・他惑星などあらゆる環境下での中性子起因ソフトエラーの故障数を算出できるようになります。今後、宇宙ステーションにおける半導体信頼性の評価、半導体の材料レベルのソフトエラー対策、加速器によるソフトエラー試験、さらにはソフトエラーの発生過程シミュレーションへの適用など、さまざまな領域への貢献が期待されます。
本成果は2020年11月19日にIEEE Transactions on Nuclear Scienceにて公開されました。
【論文】[IEEE Transactions on Nuclear Science]https://ieeexplore.ieee.org/document/9201514
【動画】[ロングバージョン]https://youtu.be/nPWsmpF9qiY/ [ショートバージョン]https://youtu.be/R7GgQo4beH0
高性能な電子機器が、さまざまな分野で私たちの暮らしを支えている一方で、宇宙現象による「ソフトエラー」が増加しています。宇宙から降り注ぐ宇宙線が、大気圏にある酸素や窒素に衝突すると、中性子が発生します。この中性子が、電子機器の半導体に衝突すると、保存されたデータが書き変わる現象「ソフトエラー」を引き起こし、場合によっては社会インフラに重大な影響をおよぼす可能性があります(図1)。
図1 ソフトエラー発生のメカニズム
現在も、電子機器の各種エラー対策や設備・システムの冗長化など、社会インフラを安定して運用するためのさまざまな対策が施されていますが、将来さらに、半導体の高集積化・微細化が進めば、ますます中性子の影響を受けやすくなると考えられています。そのため、1日に何回故障するなどの時間当たりのソフトエラーによる故障数を考慮した半導体やシステムの設計が重要になります。さまざまな環境における、ソフトエラーによる故障数を算出するためには、ソフトエラー発生率のエネルギー依存性(中性子が持つエネルギーごとのソフトエラー発生率)の詳細なデータが不可欠です。
中性子が引き起こすソフトエラー発生率には中性子が持つエネルギーによる違いがあります。宇宙から降り注ぐ中性子や加速器で発生させる中性子は、それぞれ異なるエネルギー分布を持ちますので、環境ごとの中性子エネルギー分布を考慮してソフトエラーによる故障数を評価する必要があります。そのためには、
<1> あるエネルギーEをもつ中性子の数:φ(E)に、
<2> そのエネルギーEを持つ中性子が引き起こすソフトエラー発生率:σ(E)をかけることで
<3> あるエネルギーEを持つ中性子が引き起こす故障数:φ(E)×σ(E)を計算します。
そして、その環境に分布する全てのエネルギーにわたる故障数(上記<3>)を合計することにより、その環境下でのソフトエラーによる全故障数を算出します(式1)。
式(1)
このように、中性子エネルギーごとのソフトエラー発生率(上記<2>)はソフトエラーによる故障数の計算に不可欠なデータなのです。
しかし従来は、図2のような、特定のエネルギーを持った中性子だけが出せる加速器・標的を用いて得られるソフトエラー発生率を測定していました。そのため、ソフトエラー発生率は、図3に示す通り、飛び飛びのエネルギーに対応したデータしか得られず、ソフトエラーによる故障数を正確に算出することはできませんでした。
精度の高い故障数を算出するには、中性子エネルギーごとのソフトエラー発生率を連続的に測定したデータが必要ですが、その測定は不可能と考えられていました。そこで、中性子の持つ“速度”に注目したデータ測定方法について研究開発を進めました。
本研究では、光速に近い中性子のエネルギーを飛行時間法で特定するため、数ナノ秒(10億分の数秒)でソフトエラーを検出できる高速エラー検出回路を開発しました。実験は米国ロスアラモス国立研究所の高出力800MeV陽子線形加速器施設においてそれぞれデザインルールの異なる3種類(28nm, 40nm, 55nm)のFPGA(※3)について行いました。この実験では、図4に示すようにエネルギーごとのソフトエラー発生率を連続的に高分解能で実測することができました。
ソフトエラー発生率のエネルギー依存性は、大まかには3種類のFPGAでほぼ同様の傾向がみられ、3MeVから20MeVで急速に増加していて、それ以上はほぼ一定のままであることがわかりましたが、詳細に見るとそれぞれ別々の振る舞いをしていることが分かります。
中性子の(運動)エネルギーEは中性子の速度、すなわち、中性子をある一定の距離を飛行させた時の時間を測定することにより測定可能となります。それは特殊相対性理論によって式(2)で表され、中性子の静止質量m0と速さvに依存します。(c:光速)
式(2)
そのため、今回の実験では、125ピコ秒(1兆分の1秒)という非常に短時間で中性子を発生させ、20メートル飛行させた時の時間を測定することにより、このようなほとんど光のスピードとなった中性子エネルギーの測定を可能としました(図5)。20メートル飛行時の飛行時間と中性子のエネルギーの関係を図6に示します。
図5 中性子飛行時間法
図6 飛行時間と中性子エネルギー(20メートル飛行時)
図6に示したように、ソフトエラーを発生させる中性子は非常に高速で、そのエネルギーを識別するにはナノ秒オーダーの分解能でソフトエラーを検出する必要があります。しかしながら、通常のSRAM(Static Random Access Memory)などのメモリはデータを順次読み出すため、ソフトエラーを検出するのに十分なデータ(メガビットオーダー)をスキャンするには数ミリ秒(千分の1秒)必要なため、飛行時間法による中性子エネルギーの測定は不可能でした。そこで、FPGAを用い、ソフトエラーに起因する論理回路の誤動作を超高速で検出する回路を開発しました(図7)。
これにより、FPGAの論理回路を構成する数十メガビットに相当する容量のCRAM(※4)に発生したソフトエラーをFPGAの動作周波数(ナノ秒オーダー)で検出することが世界で初めて可能となりました。この高速エラー検出回路を用いてソフトエラーを引き起こした中性子のエネルギーを特定しました。
図7 超高速エラー検出回路
今回、ロスアラモス国立研究所の大型加速器(図8)を用いて、開発した超高速エラー検出回路での連続的なソフトエラー発生率の測定を行いました。本加速器は、陽子を光速の約90%の800MeVまで加速し、ターゲットであるタングステンに当てることによって、800MeVまでの、自然界とほぼ同じエネルギー分布の中性子を照射できます(図9)。また、本施設ではフィッション・チャンバーと呼ばれる特殊な中性子検出器によって照射した中性子のエネルギースペクトル(※5)を測定しています。
図8 ロスアラモス国立研究所の加速器施設
今回得られたデータにより、地球上のみならず上空・宇宙・他惑星などあらゆる環境における中性子によるソフトエラー故障数を算出できるようになりました。また、ソフトエラー試験に最適な加速器の選択や、中性子源の開発、半導体の材料レベルのソフトエラー対策、さらには発生過程シミュレーションへの応用など、さまざまな領域の研究開発を劇的に促進・向上できる可能性が広がっています。
掲載誌: | IEEE transaction on Nuclear Science |
論文タイトル: | Energy-resolved Soft-Error Rate Measurements for 1-800MeV Neutrons by the Time-of-flight Technique at LANSCE |
著者: | Hidenori Iwashita, Gentaro Funatsu, Hirotaka Sato, Takashi Kamiyama, Michihiro Furusaka, Stephen A. Wender, Eric Pitcher and Yoshiaki Kiyanagi |
DOI: | 10.1109/TNS.2020.3025727 |
※1ソフトエラー:
永久的にデバイスが故障してしまうハードエラーとは異なり、デバイスの再起動やデータの上書きによって回復する一時的な故障のこと。
※2ソフトエラー発生率:
ここでは、単位面積あたり1個の中性子がソフトエラーを引き起こす確率のことを言う。専門的にはSEU(Single Event Upset)クロスセクションと定義される。もしくは、単位時間当たりにソフトエラーが発生する確率と定義される場合もある。
※3FPGA:
ユーザーが現場(Field)で論理回路をプログラミングできる論理デバイス。
※4CRAM:
FPGAの論理要素、接続要素を決めるメモリ。このメモリにソフトエラーが発生すると直ちに論理/接続がユーザーの意図した設計とは変わり、異常動作となる。
※5中性子のエネルギースペクトル:
中性子のエネルギーに対する中性子束(単位時間あたりに単位面積を通過する中性子数)の分布のこと。
図2 従来の技術(特定エネルギー中性子源)
図9 ロスアラモス国立研究所中性子エネルギースペクトル
本件に関する報道機関からのお問い合わせ先
日本電信電話株式会社
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特任教授 鬼柳 善明(きやなぎ よしあき)
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北海道大学大学院 工学研究院 応用量子科学部門
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助教 佐藤 博隆(さとう ひろたか)
TEL:011-706-6679
Email:h.sato@eng.hokudai.ac.jp
客員教授 古坂 道弘(ふるさか みちひろ)
Email:furusaka@eng.hokudai.ac.jp
<2>報道に関するお問い合わせ
北海道大学 総務企画部 広報課 広報・渉外担当
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