2025年4月26日〜5月1日に横浜にて開催される、国際会議「The ACM CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI) 2025」にて、NTTグループより、12件の論文が採択されました。CHIはヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)分野を代表する国際会議であり、論文採択率は25.1%(論文投稿数:5020件)と、最難関国際会議のひとつとして知られています。NTTは、CHI2025のチャンピオンスポンサーです。また今年度は横浜での開催ということもあり、「Ikigai(生きがい)」をテーマとして、世界を取り巻く多くの課題解決に貢献することをめざした会議となっています。
なお、所属としてそれぞれ略称で書かれている研究所名は、以下の通りです。
人間研:人間情報研究所
社会研:社会情報研究所
CD研:コンピュータ&データサイエンス研究所
CS研:コミュニケーション科学基礎研究所
■The Role of Initial Acceptance Attitudes Toward AI Decisions in Algorithmic Recourse
(アルゴリズミック・リコースにおいてAIの判定に対する初期受容態度が果たす役割)
- ・冨永 登夢 研究主任(人間研)、山下 直美 特別研究員(CS研)、倉島 健 特別研究員(人間研)
- ・アルゴリズミック・リコースとは、重要な意思決定においてAIから不利な判定を下されたユーザを支援するため、判定結果の理由を解説し、判定結果を覆すために必要な行動を示す反事実的説明(リコース)を生成するフレームワークです。既存研究では、説明として合理的であり、行動計画として実行可能なリコースを生成すれば、ユーザは判定結果を受け入れると考えられてきました。しかし、ユーザがリコースを提示される前にそもそもどの程度判定結果を受容しているかについては考慮されていませんでした。そこで本研究では、534名を対象に、リコースが提示される前の受容態度がその後のリコースに対する認識や最終的な受容態度にどのような影響を及ぼすかを調査しました。
その結果、AIシステムに対する初期の否定的な受容態度がリコースに対する認識を悪化させ、最終的な受容を阻害することが明らかになりました。一方で本研究は、(1) リコースが判定結果を正当化し、(2) 審査基準を明確にし、(3) 適度な難易度の行動計画を提案し、そして (4) 公平性や現実的な文脈を考慮する場合、受容態度は否定的から肯定的に変わることも確認しました。これらの結果は、リコースはAIに対する初期の否定的な印象に対処し信頼へと変えるように設計されなければならないこと、それが上記に示される4つの特性によって達成されることを示す重要な知見です。
今後、これらの実験結果を基にしたさらなる研究開発が、ユーザ自らの目標に沿った納得感のある行動変容を自然に促すシステムやサービスの展開につながることが期待されます。
■Invisible Light Touch: Standing Balance Improvement by Mid-Air Haptic Feedback
(インビジブル・ライトタッチ:空中触覚フィードバックによる立位バランス向上)
- ・新島 有信 特別研究員、進藤 真人 研究員、青木 良輔 主任研究員(人間研)
- ・立位バランスの向上は、転倒を防ぎ、高齢者の健康を維持するために重要です。本論文では、立位バランスを向上させるために設計された新しい空中触覚フィードバックアプリケーション「Invisible Light Touch (ILT)」を紹介します。ILTは、医学研究で広く知られているライトタッチ効果を活用しています。ライトタッチ効果とは、壁や手すりなどの表面に1 N以下の力で軽く触れることでバランスが向上する現象を指します。本研究では、この効果を再現するために、集束超音波を用いて空中に触覚ポイントを生成しました。ユーザがこの見えない触覚ポイントに触れると、ライトタッチ効果を体験し、それによってバランスが向上します。
本研究では、29名の参加者を対象とした予備実験と、25名の高齢者を対象としたユーザースタディを実施し、足圧中心の軌跡を測定することでバランス向上の効果を評価しました。その結果、ILTを使用することで立位バランスが有意に向上することが確認されました。
■Improving Putting Accuracy with Electrical Muscle Stimulation Feedback Guided by Muscle Synergy Analysis
(筋シナジー解析に基づく筋電気刺激フィードバックによるパッティング精度向上)
- ・新島 有信 特別研究員、武田 翔一郎 准特別研究員(人間研)
- ・筋シナジー分析は、熟練者と初心者の筋活動の違いを定量化する方法を提供します。しかし、フィードバックを伴う筋シナジー分析の実用的な応用はまだ十分に探求されていません。本論文では、筋シナジー分析に基づいた筋電気刺激(EMS)フィードバックを活用した、新しいゴルフパッティングトレーニングシステムを提案します。
個人差を考慮し、最適輸送を用いてユーザと熟練者の筋シナジーの類似度を算出します。この手法により、ユーザは自身と最も類似した筋シナジーを持つ熟練者の筋活動を模倣することが可能になります。熟練者とユーザの筋シナジーの違いに基づき、活性化が必要な筋肉にEMSを適用します。その結果、ユーザはEMSによって刺激された筋肉を意識しながらパッティングを練習でき、筋シナジーの変化とパフォーマンスの向上が期待できます。
44名の初心者を対象としたユーザースタディの結果、本システムがパッティングの精度を有意に向上させることが確認されました。
■Reviving Intentional Facial Expressions: an Interface for ALS Patients using Brain Decoding and Image-Generative AI
(ALS患者の"伝えたい表情"を脳波から生成するブレイン・コンピュータ・インタフェース技術)
- ・志水 信哉 特別研究員(人間研)、太田 藍李 研究員(人間研)、中根 愛 主任研究員(人間研)
- ・本研究では、表情の動きが困難なALS(筋萎縮性側索硬化症)患者のために、非言語的な感情コミュニケーションを可能にする新しいブレイン・コンピュータ・インタフェースを提案しています。このインタフェースは、脳波のデコーディング技術と画像生成AIを組み合わせることで、患者自身が「作りたい」と考える表情の画像を生成します。単に感情を推測するのではなく、あくまで本人の意図に基づいて表情を再現するため、プライバシーへの配慮にもつながります。表情画像生成に必要な17種類のアクションユニット(表情動作単位)を脳波からデコードするためには、学習データが重要です。そのため本研究では、個別最適化した学習手法を開発しました。具体的には、個人専用の表情空間を構築し、6種類の表情遷移アニメーションを見本として提示することで、患者の負荷を低減させた形で画像生成用の訓練データを取得できる仕組みを作っています。この技術は、ALS患者に限らず表情づくりが難しいすべての方に役立つ可能性があります。周囲の方々との円滑な感情共有を支援し、QoL(Quality of Life: 生活の質)の向上にも貢献することが期待されます。
■What Timing and Behavior Patterns Determine Speed Dating Success in Japan?
(日本におけるスピードデート成功のためのタイミングと行動パターンは何か?)
- ・東 直輝(日本大学)、鹿摩 大智(日本大学)、大串 旭(日本大学)、大西 俊輝(日本大学)、石井 亮 特別研究員(人間研)、宮田 章裕(日本大学)
- ・本研究では、スピードデーティングの成功に重要となる参加者のマルチモーダル行動特徴を機械学習手法を用いて分析的に明らかにしました。具体的に、10分間のスピードデーティングの内、2〜4分および9〜10分の時間区間から得られる参加者のマルチモーダル情報がスピードデーティングの成功に重要であることが示唆されました。また、特に言語特徴は、音声や画像に比べて重要な役割を果たすことが分かりました。スピードデーティングなどの対話での人間関係構築に重要な対話行動を解明することで、将来的に、人間関係構築の支援を実現することが期待されます。
■Flagging Emotional Manipulation: Impacts of Manipulative Content Warnings on sharing Intentions and Perceptions of Health-Related Social Media Posts (LBW)
(感情操作の警告表示:健康関連ソーシャルメディア投稿に対する共有意図や認識に与える影響)
- ・ジャック ジェミソン 准特別研究員 (社会研)、原 亨 研究員 (社会研)、秋山 満昭 上席特別研究員 (社会研)
- ・誤情報や感情を操作するコンテンツは、AIによる投稿が一般化する一方で、ソーシャルメディアプラットフォームがファクトチェック機能を縮小している現状において、公衆衛生や適切な意思決定に対するリスクをますます高めています。本研究では、こうした課題への対処法の一つとして、「感情的な操作表現に対する警告ラベル」の効果を検証しました。私たちは、健康関連の正確あるいは誤ったソーシャルメディア投稿に対するユーザの反応を調べるため、米国の成人945人を対象に実験調査を実施しました。その結果、ユーザの反応は警告ラベルのデザインによって異なることが明らかとなり、オンライン上のコンテンツの信頼性評価に影響を及ぼす可能性が示されました。本研究の結果は、コンテンツ警告の設計と導入において慎重な対応が求められることを示しています。これらの結果を踏まえ、誤解を招く、あるいは操作的なコンテンツの影響を抑えるためのプラットフォーム戦略や、今後の研究に向けた指針となる提言を提示しました。
■Understanding Cyber Hostility, Gossip, Exclusion, and Social Support in Remote and Hybrid Work Settings: Benefits and Challenges of Remote Work
(リモートおよびハイブリッドワーク環境におけるサイバー空間での敵意、ゴシップ、排除、およびソーシャルサポートの理解:リモートワークの利点と課題)
- ・Jack Jamieson (社会研)、赤堀 渉 (社会研)、山下 直美 (京都大学)
- ・私たちは、リモートワークやハイブリッド勤務が職場でのコミュニケーションやサポートにどのような影響を与えるのかを調査しました。アメリカの労働者965人を対象に行った調査では、敵意やゴシップ、仲間外れといったサイバー空間での不適切なコミュニケーション(サイバー・インシビリティ)が、出社頻度や性別によって異なることが明らかになりました。リモートワークには、一部の有害な影響を軽減する効果がある一方で、サポートを受けにくくなるという課題もあります。これらの知見に基づき、職場におけるサイバー・インシビリティの軽減とサポートの受けやすさを向上させるためのコミュニケーションツールやポリシーのあり方を提案します。
■Unpacking Negative Feelings and Perceptual Gaps About Social Interactions with Conversational AI (LBW)
(会話型AIとの社会的相互作用に関する否定的感情と知覚ギャップの解明)
- ・Hui Guan (京都大学)、Jack Jamieson (社会研)、Ge Gao (メリーランド大学)、山下直美 (京都大学)
- ・会話型AIの普及に伴い、一部の人々は会話や感情的なつながりを求めてAIを利用していますが、このような社会的な使い方には困惑や偏見を抱く人もいます。私たちは、会話型AIを社会的に使用するユーザとそうでない非ユーザの計67名を対象に調査を行い、認識の違いを明らかにしました。非ユーザはAIの社会的利用に対して恐怖や不安を感じる傾向があり、ユーザは非ユーザが会話型AIに抱く印象を過大評価していました。また、マスメディアが非ユーザの否定的な印象の形成に影響を与えている可能性も示唆されました。これらの知見は、新たなAI技術をめぐる社会的分断の理解とその解消に向けた第一歩となります。
■An Examination of the Effectiveness and Limitations of Online Decentralized Participation in Social Decision-Making Processes(LBW)
(社会的意思決定プロセスにおけるオンライン分散型参加の有効性と限界の検討)
- ・横山 実紀 研究員(社会研)、赤堀 渉 准特別研究員(社会研)、 村田 藍子 主任研究員(CS研)、渡邊 淳司 上席特別研究員(CS研)
- ・DAO(分散型自律組織)は、オンラインで平等に投票して意思決定できる仕組みとして地域課題への活用が期待されています。本研究では、利害対立の大小と意思決定手法(オンライン型/多段階型)を組み合わせた4条件のシナリオで、各条件約1000名が参加するweb調査を行いました。参加者は決め方に関する印象や心理的要因(労力、正当性、手続きの公正さ、決め方の受容など)をアンケートで回答しました。その結果、オンライン型は参加の手軽さに利点があり、対立が少なく、参加者が貢献できると感じやすい課題には有効な一方、対立の大きい課題では正当性や決定手続きの公正さ、決め方の受容が低いことが明らかになりました。DAOの地域課題解決への限界と有用性を示し、今後の導入の実現に向けて役立つことが期待されます。
■What Dialogue Content Leads to a Trust Relationship and Behavior Change? Dialogue and Questionnaire Analysis (LBW)
(どのような対話内容が信頼関係と行動変容を促すのか? 対話とアンケートの分析)
- ・佐藤 妙 主任研究員(社会研)、佐野 大河 研究員(社会研)、熊川 瑛至 研究員(社会研)、藤村 香央里 研究主任(社会研)、山下 直美(特別研究員 社会研/京都大学)
- ・本研究は、行動変容支援チャットボットの設計に向けて、ユーザと支援者の信頼関係に着目し、どのような信頼関係が行動変容を促すのか、その信頼関係の構築にはどのような対話内容が関係するかを調査しました。保健指導面談データを分析した結果、面談参加者が面談者に誠実さを感じたとき、行動意欲が高まる傾向が確認されました。そして対話の中で「信頼関係の構築」よりも「気づきを促す情報提供」に多くの時間を割くことで、誠実さの知覚が高まりやすいことが示されました。これらの知見は、対話を通じて信頼を築きユーザの行動変容を支援するチャットボットの設計に貢献します。
■Exploring Mismatches in Self-Others' Perceptions of Effort in Videoconferencing (LBW)
(ビデオ会議における自己と他者の努力認識の不一致の解明)
- ・髙橋 公海 主任研究員(社会研)、鎌田 光太郎(社会研/北陸先端科学技術大学院大学)、山下 直美(特別研究員 社会研/京都大学)
- ・オンライン協調作業において、自己と他者の努力認識の不一致がどのように生じるのかを明らかにするため、本研究ではビデオ会議を対象とした実験を実施し、その後アンケートと半構造化インタビューを行いました。分析結果から、自己評価が他者からの評価を上回っていた参加者は、自身の努力を聞く・考えるといった目に見えない手がかりによって正当化する傾向がある一方で、他者は指名されて発言するなど彼らの受動的に見える行動に注目して評価していたことが明らかになりました。得られた知見に基づき、ビデオ会議環境における認識の不一致を解消するための今後の支援策の方向性を示すことをめざします。
■Effects of Acoustic Transparency of Wearable Audio Devices on Audio AR
(ウェアラブルオーディオデバイスの音響透過性がオーディオARに与える影響の調査)
- ・渡邊 悠希 社員(CD研)、千葉 大将 研究主任(CD研)、 野口 賢一 主任研究員(CD研)、 伊藤 弘章 主任研究員(CD研)、 加古 達也 主任研究員(CD研)
- ・オーディオ拡張現実 (AR) 体験は、より臨場感の高い体験を提供でき広く普及しつつあります。ウェアラブル音響デバイスの音響透過性はオーディオAR体験に影響を与えるため、5つの特性の異なる音響デバイスの透過性を客観的評価によって調査しました。また、音響透過性がオーディオAR体験に与える影響を主観評価の結果に基づいて検証しました。十分な音響透過性を持つウェアラブル音響デバイスを用いることで、オーディオARの自然な体験を楽しむことが可能になることを確認しました。