2017年10月、NTTグループは、ソフトバンク、Facebook、Amazon、PLDT(フィリピンの大手通信事業者)、PCCW Global(香港の大手通信事業者)の6社からなるコンソーシアムを設立し、アメリカ-日本-フィリピンを結ぶ大容量光海底ケーブル「JUPITER」の建設に着手、現在は2020年3月の完成を目指し、海洋の敷設作業を進めています。
「JUPITER」は、アメリカと日本、フィリピンを結ぶ総延長約14,000kmとなる海底ケーブルで、日米間の海底ケーブルとしては世界最速となる毎秒400ギガビット(400Gbps)の光波長多重伝送方式を実現。たった1秒間に約6時間分のハイビジョン映像(映画の場合約3本)を転送できるスピードを持っています。
5Gサービスの開始、また、2020年の感動を世界に発信するために、そして、アジア・太平洋間の巨大なネットワーク需要に応えるために建設される海底ケーブル「JUPITER」の開発・設計・敷設工事をマネジメントしている坂入健と、アメリカ政府および日本政府への許認可対応を行なっている神崎美保に話を聞きました。
2019年9月時点の取材記事です
坂入 健
NTTリミテッド・ジャパン株式会社
ICT インフラサービス部海底ケーブルの構築・工事の技術マネジメントを担当。
2017年の10月からJUPITERプロジェクトに参画。最近の趣味は娘の写真を撮ること。
神崎 美保
NTTリミテッド・ジャパン株式会社
ICTインフラサービス部海底ケーブルの企画・計画からコンソーシアムのファシリテーターとしての役割を担う。
日本政府、アメリカ政府との許認可のための対応を行なっている。
いまや国際通信の約99%は海底ケーブルが担っているといわれています。
とくに2000年代からはインターネットの普及による通信の需要にともない、各国の通信事業会社などにより、大陸を結ぶ高性能の海底ケーブルが開発され、世界中の海底に敷設され続けています。
JUPITERは、アメリカと日本、そしてフィリピンとをつなぐ総延長約14,000kmとなる海底ケーブルです。今回のJUPITERは、NTTグループにとって、太平洋・アジア地域をつなぐ4つめの海底ケーブルになります。
JUPITERは木星の英語名ですが、本プロジェクトにおいては「Japan U.S. Philippines IT Express Route」という意味合いから命名されたそうです。
「JUPITER」およびNTT Comの主なケーブル図
神崎 「国際的なデータ通信量の需要はどんどん増え続けています。とくにアジアの通信量は増加しており、太平洋におけるケーブル敷設の需要が増えてきています。おそらく数年後には既存で持っているケーブルだけでは追いつかないし、準備をしておかないとさまざまなサービスに提供するためのキャパシティが足りなくなってくるため、このプロジェクトが始まりました。」
坂入 「2020年の5Gサービスの開始、さらに想定されるデータ通信量の、いわゆるサービスで言えば「クラウド」や「データセンタ事業」となるのですが、伸びを見越して新しいケーブルを作った方がいいと。これからのビジネスのために必要だという判断もあったと思います。」
JUPITERは世界最速といわれる最先端のスペックの装置を導入しています。
坂入 「最新のSLTEという伝送装置を導入します。一波当たり400ギガビットを飛ばせる装置で最新の伝送技術を適用したハイテク装置です。ハイビジョン映像であれば1秒間に映画3本くらいを送れる速度になります。現在のところ世界最速と言えるものです。」
2011年の東日本大震災では、海底ケーブルも大きな被害を受けました。NTTグループの海底ケーブルも津波によって沿岸の頑強な構造のケーブルが折れ曲がってしまい、通信が途絶えてしまいました。
JUPITERには、その教訓が活かされた設計が施されているといいます。
神崎 「JUPITERの陸揚局は、「志摩陸揚局」(三重県)と「丸山陸揚局」(千葉県)、「ダエット陸揚局」(フィリピン)、ロサンゼルス(アメリカ・カリフォルニア州)の4箇所です。JUPITERでは最新のWSS(波長選択機能:WSS ROADM:Wavelength Selective Switching Reconfigurable Optical Add Drop Multiplexing)を搭載したケーブル分岐装置を設けています。
普段は千葉―米国間で通信を使っているとします。そこに地震などの事象があって、ケーブルが切断したときに、そのWSSを使って、遠隔操作ですべてのトラフィックを三重 - 米国間に変更できるんです。」
東日本大震災では引き潮の大きな力によって頑強なはずのケーブルが折れてしまいました、WSSを搭載した分岐装置は日本海溝の外側に設置しますが、引き潮は日本海溝で止まるため、引き潮の影響がないそうです。
「JUPITERプロジェクト」には、Facebook、Amazonの2社が参画しています。6社のコンソーシアムにおいて、NTTグループは技術だけでなく、これまでの経験やノウハウ、運用について大いに期待されているといいます。
坂入 「NTTはアメリカのロサンゼルスと日本の志摩において陸揚局を提供するという役割を担っています。ケーブルを陸揚するための許認可を取らなくてはいけないのですが、神崎さんがFCC(連邦通信委員会)というアメリカ連邦政府の許認可当局の対応を行なっています。コンソーシアムの中でもとても重要な役割です。」
神崎 「ワシントンD.C.の米国連邦通信省でプレゼンをしました。さらにアメリカ政府の組織に「Team Telecom」というFBI、国土安全保障省、国防総省、法務省などからなる組織があるんですが、その人たちの前でもプレゼンしました。とても緊張しました(笑)」
さらに、NTTグループの担う役割はまだ多いといいます。
坂入 「陸揚局を提供するにしても物があるだけではできません。NTTは、陸揚局で作業するスタッフやNOC(Network Operation Center)という海底ケーブルシステムの監視業務を実施する部署もありますし、ケーブルの敷設や運用保守を行うWEマリン(NTTワールドエンジニアリングマリン)という会社もあります。NTTグループの総力を結集したプロジェクトと言えますね。現在、日本の近海の敷設工事が始まっているのですが、敷設はWEマリンのケーブル敷設船SUBARUが担当しています。」
約14,000kmもの距離にケーブル敷設を行う技術はさらに複雑で緻密であるといいます。
坂入 「この太いケーブル(写真左)は浅瀬の部分に使われているものです。浅瀬では漁師さんが漁をするときに使う漁具や商業船の錨などが引っかかっても切れないような防護がされているんです。また浅瀬の部分ではケーブルを海底の土の中に埋めるんです。船からケーブルを垂らして遠隔で埋設作業を行うんですが、農作業で使う鋤(すき)みたいな機械をつかって、ケーブルを送り出しつつ、掘った溝にケーブルを埋めていきます。」
神崎 「国によって浅瀬に埋める深さが違います。日本が1.5mくらい。他の国だと3m、5m、10mという所もあります。シンガポールなどは物流の拠点になっていて多くのタンカーが訪れるので、海底から10m程度まで掘ってくださいと指定されます。」
坂入 「細いほうのケーブル(写真右)は、水深が4,000m、5,000m、一番深い所だと8,000mの海底に這わせるタイプのものです。水深が深いところはタンカーなど外的要因で損傷するリスクが少ないので、こういった細いタイプのものを埋設せずに海底面に沿って配置しています。」
神崎 「水深8,000メートルの海底に、ちゃんと地面についた状態でぴったり這わせているなんてすごいですよね。」
坂入 「そうですね、途中でたわんだりしないように、適切なテンションで張らなくてはいけないんですね。逆に、ピーンと突っ張った状態もよくないので、適切なテンションということになるんです。事前にセンサーやソナーを使い、海底の地形調査をして、船の適切な運航速度やケーブルの繰り出し速度をシミュレーターで計算しています。」
ただし、台風や高波などの天候等の影響によって24時間操業し続けることが難しいこともあり、不確定要素も鑑みながら敷設工事のスケジュールを管理しているそうです。
坂入 「海洋の工事ですから、船同士の事故が起きないように安全面を確保するという点が重要です。今日ここで工事するよっていうことを漁師さん、行政、防衛省、海上保安庁などの各部署に日報という形で連絡をして作業しています。」
ケーブル敷設にあたっては、漁協関係者への説明会を行いつつ、近隣の漁師さんたちと積極的にコミュニケーションをとっていくために足繁く港に通うなどの努力も惜しまなかったといいます。
神崎 「私はアメリカの陸揚局の設備の準備もしていたんですけれども、6社が納得する内容で設備を構築していかなければいけないという調整は非常に大変でした。6社がそれぞれにメリットも出るような形で最適解を探して、協議する所がすごい難しい所ではあります。」
ひとつの海底ケーブルを敷設するといっても、設計・技術・開発・工事だけでなく、メンバーそれぞれのさまざまな努力によって成り立っています。
坂入 「当然これからのITの需要や伸びを考えるとJUPITERだけでは足りません。将来を見越して次のケーブルを作るときのために最新の技術をキャッチアップしていきたいと思います。さらに他のメンバーにも展開して、次のシステムを作っていく人材を育てていく。そういう所を意識してやっていこうと思っています。」
今回のコンソーシアムのように、プロジェクトに参画する企業も多様化することが見込まれます。そこで、ケーブル敷設の最先端技術だけでなく、陸揚局の保守・運営などNTTグループに求められる期待はさらに大きくなることが見込まれています。
神崎 「人的リソースでいえば、NTTグループは、ケーブル建設チーム、陸揚局のスタッフ、ケーブル敷設、運用など、かなりの数の技能が高いスタッフがいます。」
坂入 「神崎さんのような立場も含め、ここまでトータルにできる企業は世界的に見ても少ないと思います。」
また、アジアにおけるデータ通信量は爆発的に増え続けてるといいます。とくに日本はアジアと世界をつなぐ「ハブ」として存在感を強めていくでしょう。アメリカ-日本-フィリピンをつなぐ海底ケーブル「JUPITER」は、その象徴として、さらに次世代に向けたレガシーとして、その存在感が強まると思われます。
海に囲まれた日本という島国の通信の歴史は、そのまま海底ケーブルの歴史といっても過言ではないでしょう。逓信省から日本電信電話公社を経て培った海底ケーブルの技術やノウハウを踏まえ、さらに新しい挑戦へと進化し続けるNTTグループは、今後も海底ケーブル分野において重要な位置を担うことは間違いなく、Smart Worldの実現のためにもさらなるイノベーションが期待される分野だと考えられます。