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2015年7月 9日

光子を用いた量子情報処理のための、プログラマブルな線形光回路の実現
~ひとつの光集積回路で多彩な光量子情報処理の機能を提供~

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:鵜浦博夫、以下 NTT)は、英国ブリストル大学、インペリアル・カレッジ・ロンドン、ノキア・テクノロジーズと共同で、光子を用いた線形光学量子情報処理に必要なあらゆる基本機能をたった一つのハードウェア上で提供する再構成可能な光集積回路を実現するとともに、世界に先駆けて広範な光量子情報処理実験に適用することに成功しました。
この光集積回路は、外部から入力する電気信号の組合せを適宜プログラムするだけで、数秒で所望の光量子情報処理実験に必要となる回路構成への組み替えを実現するものです。NTTの石英系平面光波回路(PLC)※1技術の採用により、光子情報処理に必須となる低損失、高精度かつ多彩な光回路動作が初めて実現されました。この光集積回路が一つあるだけで、回路規模の範囲で実現可能な光子状態に対して、あらゆる線形光学量子情報処理の実験が可能になります。このことは、高度な光学実験技術を駆使して長時間かけて光学実験系を組み上げる作業を短縮し、今後のこの分野の研究の発展を加速するものです。
この成果は、米国東部時間2015年7月9日(日本時間7月10日未明)に米国科学誌「Science」のオンライン速報版「Science Express」で公開されます。

1.研究の背景

量子情報処理に必要とされる基本単位「量子ビット」をどのような物理系によって実現するかについて、様々な方式が提唱されています。とりわけ「光子」は環境との相互作用が極めて小さいため、光子に乗せた量子状態は壊れにくいという性質があります。さらに、その量子状態は、ビームスプリッタや波長板などの一般の光学実験やカメラ等の光学機器で用いられる線形光学素子※2を用いて高精度に操作することが可能です。これらのことから、線形光学素子を用いた光量子情報処理の研究が過去10年以上に渡り盛んに行われてきました。
光量子情報処理のためのセットアップは、例えば、光学実験用のテーブルの上にミラーや波長板といった多数の線形光学素子を精密に配置することにより構成されます。また近年では、小型かつ高安定に光学系を構築可能な光導波路回路として光チップ上に作り込むことが試みられています。しかし、これまでの光学系では、異なる実験を行おうとすると、その都度、素子を並べ替えて系自体を根本的に作り替えたり、専用の光導波路回路を改めて作り込まなければならないことから、多くの時間が必要でした。そのため、実験に応じて系を組み替えるのではなく、電気的・光学的な操作だけで系の組み替えが可能になる光集積回路の実現が期待されてきました。

2.研究の成果

今回、NTT物性科学基礎研究所およびNTT先端集積デバイス研究所は、英国ブリストル大学などと共同で、石英系平面光波回路(Planar Lightwave Circuit, PLC)技術を用い、いかなる線形光学量子情報実験にもプログラマブルに対応可能な光集積回路(図1)を設計、作製し、その動作を確認しました。この光集積回路は、それぞれ6本の入力および出力光導波路を備えます。この光回路に外部から入力する電圧をプログラムするだけで、回路構成を組み替える制御ポイントにおいて光の感じる屈折率を変更し、数秒のうちに任意の線形光学回路を再構成することができます。
研究チームでは、さらにこのハードウェアに実際に複数の単一光子を入力し、量子もつれ状態※3発生や量子ゲート※4操作(図2)といった量子情報処理の要素技術から、最新の量子計算方式の実装に及ぶ、極めて多彩な光量子情報処理の実験に適用可能であることを実証しました。実験で用いた回路パターンは合計およそ1000通りに達します。このように、一つの光集積回路でさまざまな光量子情報処理を実現したのは、世界で初めてのことです。また、実験により得られた各種回路設定の動作精度は、従来の用途特化型の実験装置を用いた場合に比べても同等かそれ以上の水準であることを実証しました。

図1 量子情報処理のためのプログラマブルな線形光回路 図1 量子情報処理のためのプログラマブルな線形光回路

図2 実装した量子情報処理用素子の例(イメージ) 図2 実装した量子情報処理用素子の例(イメージ)

3.技術のポイント

(1)石英系平面光波回路(PLC)

シリコン基板上に光ファイバと同様の縦横数µmのコアと呼ばれる光を導き伝搬させる構造(導波路)を半導体の微細加工技術を用いて形成することにより実現した小型・安定・低損失な光チップです。LSIと同様に平面基板上に作製することで高精度かつ複雑な回路を実現できることから平面光波回路(PLC = Planar Lightwave Circuit)とも呼ばれています。一般家庭で使われている光通信や波長多重通信において光信号の分配に広く使われている光回路で、安定した特性の光回路を大量生産することが可能であり、光ファイバと同様に光通信を支える重要な光部品となっています。
今回、単一光子検出器※5に適した波長800nm帯用のPLCを新たに設計し、光集積回路を作製しました。一般に、導波路の構造はその内部を伝搬する光の波長が短くなるほど小さくなるため、光通信波長(1550nm)用の導波路に比べて作製精度がより重要になります。また、本回路は大小合わせて100個以上の光干渉計の入れ子構造を有しますが、そのような構成は従来の光通信用途では求められることのなかったものです。しかし、長年の光通信用途によって培われたNTTのPLC技術を用いることで、高い精度の線形光学回路を作製することができました。

(2)多光子発生及び測定実験技術

実際に量子情報処理用途に適用可能なことを示すためには、単一光子を用いた実験による実証が必須です。そこで我々は、波長800nm帯における光集積回路を用いた量子情報処理に関して先駆的な研究を行ってきたブリストル大学の研究チームとの共同研究により、一連の実証に成功しました。具体的には、波長800nmの単一光子を複数個同時に発生する光子源※6、最大12個の単一光子検出器を用いた多光子相関測定技術を用いることで、光集積回路の単一光子レベルでの動作確認及びさまざまな量子情報の実験を効率的に行うことができました。

4.今後の展開

数秒のうちに回路機能を切り替えることのできるハードウェアを構築し、線形光回路の一つの理想的な形を示しました。本成果により、光子を用いた量子力学の基礎の検証から量子情報処理に渡る幅広い研究が大幅に加速することが期待されます。今後は、さらなる高精度化、大規模化を図り、より高度な量子光学実験に適用することを目指しながら、光子を用いた量子情報技術の応用に向けた取り組みを進めていきます。

論文掲載情報

J. Carolan, C. Harrold, C. Sparrow, E. Martín-López, N. J. Russell, J. W. Silverstone, P. J. Shadbolt, N. Matsuda, M. Oguma, M. Itoh, G. D. Marshall, M. G. Thompson, J. C. F. Matthews, T. Hashimoto, J. L. O'Brien, A. Laing
"Universal Linear Optics"
Science (2015).

用語解説

※1 平面光波回路
(Planar Lightwave Circuit, PLC)
石英系ガラスに光の道(導波路)を作製した光の回路。高集積化が可能で信頼性に優れています。
PLC技術につきまして、詳しくは以下の記事をご覧ください。
光ネットワークを支えるPLCデバイス技術(NTT技術ジャーナル vol. 17, 2005)
http://www.ntt.co.jp/journal/0505/special.html
また、NTT先端集積デバイス研究所におけるPLCを用いた最近の研究開発につきましては、以下のWebページをご覧ください。
http://www.ntt.co.jp/dtl/technology/md_product-silica_plc.html

※2 線形光学素子 ビームスプリッタ、波長板、位相シフタなどの素子。入力光子数あるいは光強度に対してその動作が変化せず、かつ光子数を保存する素子。

※3 量子もつれ状態 2個の光子が、その間に古典物理学では説明のできない相関をもつ状態を指します。

※4 量子ゲート 2つ以上の光子の間の状態を、相互作用を介して制御する論理ゲート素子。

※5 単一光子検出器 たった一つの光子の入射を検出できる装置。本実験では、シリコンアバランシェフォトダイオード(APD)が用いられています。

※6 光子源 必ず光子1個が含まれている光パルスを発生する装置。

本件に関するお問い合わせ先

日本電信電話株式会社
先端技術総合研究所 広報担当
a-info@lab.ntt.co.jp
TEL 046-240-5157

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