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2015年10月 1日

時間反転波を用いて、波長多重信号の劣化を高密度で一括補償する 原理実証に世界で初めて成功 ~位相共役変換の新技術により、1/10以下のデジタル信号処理で 長距離伝送が可能に~

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:鵜浦博夫、以下NTT)は、位相共役変換※1を用いた新規光回路によって、大容量光信号伝送時の伝送距離を制限する波形歪みを簡便に補償して伝送距離を大幅に長距離化できる技術を開発、世界で初めて原理実証実験に成功しました。
 位相共役変換とは、時間反転波を生成させて、光をあたかも時間が逆戻りしたかのように振る舞わせる光技術で、光ファイバ伝送に適用することで複数チャネル(波長)の光信号波形の歪みを一括で修復できる可能性を持っています。今回NTTは、光ファイバの大容量性を損なうことなく波形歪みを補償できる高効率位相共役変換器を新たに開発し、実際に光信号の波形歪みを大幅に改善(歪み量を半減)することに成功しました。
 本技術は、現在実用段階にある、電気信号処理による歪み補償技術の信号処理量を1/10以下に出来る可能性があり、超高画質映像やビッグデータの伝送を支える将来の大容量・長距離バックボーンネットワークを低コスト・低消費電力で構築するのに有望な技術です。
 今回の成果は9月27日からスペインのバレンシアで開催されているヨーロッパ最大の光通信国際会議(ECOC2015)において、9月30日(現地時間)に発表されました。
 なお、本研究開発の一部は、国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)委託研究「光周波数・位相制御光中継伝送技術の研究開発」の成果を用いています。

1.研究の背景

FTTHやスマートフォン等の普及に伴うブロードバンドサービスの拡大に伴い、国内の通信トラヒックはこの10年で10倍になり、今後も増え続けることが予想されます。このような通信の大容量化に対応するために、光ファイバを用いた基幹光ネットワークの大容量化が必須となっています。近年、光の波の性質(位相※2、偏波※3)を積極的に活用することで、より効率的な光伝送を実現するデジタルコヒーレント技術※4の技術開発が進展し、現在では、1波長あたり100 Gbpsの容量を100波長程度用いて長距離伝送する大容量光通信システムが実用化され、更なる大容量化が進んでいます[1]。
 デジタルコヒーレント技術は、各波長の送受信回路において、光ファイバ伝送後の様々な波形歪みを電気デジタル信号処理により除去(補償)することにより、長距離伝送を実現しています。今後、信号伝送速度のさらなる高速化や波長数の多チャネル化によりさらなる大容量化を進めると、それに伴って高いSN比(信号対雑音比※5)が必要となり、より高い光パワで光ファイバに送信する必要があります。しかしながら、高い光送信パワでは、光ファイバ特有の信号波形の歪み(非線形歪み)が顕在化し、これが伝送距離を制限する要因になっていました(図1)。

図1 光ファイバ通信における伝送距離制限の要因

図1 光ファイバ通信における伝送距離制限の要因

2.位相共役変換を用いた新たな非線形歪み補償手段とその課題

デジタルコヒーレント技術では、非線形歪み補償もある範囲で実現可能であり、既に実用段階をむかえていますが、補償性能を向上していくためには信号処理回路規模が増大するトレードオフがあります(図2a)。今後の信号速度の高速化や波長チャネル数の多チャネル化にむけては、デジタルコヒーレント技術における信号処理の負荷低減を図りながら、その潜在能力を極限まで引き出し、高い光送信パワでの伝送を実現する技術が求められていました。
 一方、電気的なデジタル信号処理を用いずに非線形歪みを補償する手段として、以前から検討されていた方法の一つに、位相共役変換により時間反転波を生成する方法があります。これは、光ファイバの伝送中に受けた波形歪みを、動画の逆再生のような原理で回復させる技術です。光ファイバ伝送路の中間地点で位相共役変換を行うことで、伝送路の前半で受けた波形歪みを伝送路の後半で修復できます(図2b)。これによって、従来よりも強い光信号を光ファイバで伝送することができ、SN比を向上させることが可能になります。さらに複数の波長チャネルを1つの位相共役変換器で一括して信号処理できる可能性があり、信号処理量の大幅な削減が期待されています。しかしながら、従来の位相共役変換では変換の際に、異なる信号チャネル(波長)に光信号が移動してしまう性質によって2倍の信号チャネルを占有し、光ファイバで伝送可能なチャネル帯域が、従来の半分以下に減少してしまうため、大容量光通信への適用には大きな課題となっていました。

図2 位相共役変換による歪み補償の概念図

図2 位相共役変換による歪み補償の概念図

3.研究の成果

今回、NTT未来ねっと研究所とNTT先端集積デバイス研究所は、位相共役変換器として、低雑音かつ世界最高水準の高効率での位相共役変換を実現できる周期的分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN:periodically poled lithium niobate)※6導波路デバイスを実現し、本デバイスを用いて波長チャネルを無駄に占有することなく位相共役変換が可能な新規回路構成を実現することで、光ファイバの大容量性を損なわずに波形歪みを補償できる位相共役変換器を開発しました。
 実際に、チャネル容量40GbpsのQPSK信号を、開発した位相共役変換器を用いて光信号波形の歪みを修復させた伝送を行い、位相共役変換器を用いない場合に比べ、高い光送信パワで送信した際の波形歪みを最大半減させることに成功しました(図3)。このとき、光送受信回路の信号処理に関しては、非線形歪みを補償するデジタル信号処理を用いず、さらに波長分散による歪みを補償するためのデジタル信号処理を従来の1.5%以下に低減できることを実証しました。位相共役変換による信号波形の歪み補償方法は、信号チャネル毎の補償が必要なデジタル信号処理を用いる方法とは異なり、複数の波長(約100チャネル程度)を一括で処理することが可能であることから、本提案技術が、デジタルコヒーレント技術との親和性を保ちながら、デジタル信号処理量を少なくとも1/10以下程度に低減できる可能性を示しました。

図3 位相共役変換器の有無による信号歪み特性の比較

図3 位相共役変換器の有無による信号歪み特性の比較

4.技術のポイント

(1)高効率PPLN導波路デバイス技術(図4)

光ファイバ伝送システムに位相共役変換器を導入するためには、高い効率で位相共役変換を実現できる非線形光学デバイスが必要になります。今回、非線形光学デバイスとして、NTTで長年培ってきた高度な光導波路デバイス加工プロセス技術に基づいて、世界最高水準の高い変換効率と、変換に必要となる高強度の励起光に対する高い耐性を両立できる高効率PPLN導波路デバイスを実現しました。

図4 高効率PPLN導波路デバイス技術

図4 高効率PPLN導波路デバイス技術

(2)相補スペクトル反転位相共役変換技術(図5)

従来の位相共役変換方法では、変換前/変換後の両方のチャネル(波長)を確保することが必要であり、光ファイバで伝送可能な波長範囲の半分が有効に活用出来ないことが課題でした。このような課題を克服するため、波長多重信号の長波長側と短波長側の信号チャネル群を一旦空間的に分離し、それぞれの信号チャネル群に対して高効率PPLN導波路デバイスを用いて位相共役変換する新しい光信号処理回路を開発しました。これによって光ファイバの大容量性を損なうことなく複数波長一括での波形歪みを補償できる位相共役変換を実現しました。

図5 相補スペクトル反転位相共役変換技術

図5 相補スペクトル反転位相共役変換技術

5.今後の展開

今回の実験を通じて、デジタルコヒーレント技術の潜在能力を引き出すための要素技術を開発しました。光の波としての性質を駆使する位相共役技術を更に発展させ、デジタルコヒーレント技術との連携による低コスト化・低消費電力化に取り組むことで、さらなるブロードバンドサービスの進展を支える将来の大容量・長距離バックボーンネットワークの実現に貢献していきます。

[1]http://www.ntt.co.jp/news2014/1409/140904a.html

論文掲載情報

T. Umeki, T. Kazama, H. Ono, Y. Miyamoto, and H. Takenouchi,“Spectrally Efficient Optical Phase Conjugation based on Complementary Spectral Inversion for Nonlinearity Mitigation”in 41st European Conference on Optical Communication (ECOC2015), Valencia, Spain Sept. 2015.
(日本語タイトル)「相補スペクトル反転位相共役変換技術による高周波数利用効率非線形歪み補償」

用語解説

※1位相共役変換
光は電波と同じように波としての性質を持っており、この波の振動するタイミングを位相と呼びます。位相の正負を逆転させた波は位相共役波と呼ばれ、位相を逆転させる過程を位相共役変換と呼びます。位相共役波は、動画の逆再生のように、あたかも時間を遡るかのように伝わることから「時間反転波」と呼ばれることもあります。

※2位相
光は電波と同じように波としての性質を持っています。この波の振動するタイミングを位相と呼びます。波は周期的に振動していますので、位相は0~360度までの自由度を持っています。この自由度を使って、異なる位相(たとえば0度と180度)にデジタルデータの1,0を対応させ受信側でその位相の差を検出することで従来の光のON/OFFのみを使う方式に比べて高感度受信による長距離化や、高効率な通信による大容量化が可能となります。このような通信方式を位相変調と呼びます。

※3
光は電波と同様に、2つの独立な振動方向(X軸とY軸)があります。この独立な軸のことを偏波といい、3D映画ではよくこのような性質を使って、右目と左目に異なる情報を送って立体的映像を実現しています。従来の光通信では、受信側で2つの偏波の向きを安定に検出することが困難であったため、どちらか一方の偏波成分しか利用することができませんでした。デジタルコヒーレント技術では、受信側で2つの独立な偏波方向を安定に分けることができるため、各々の偏波に独立な情報を乗せて通信できるようになり効率的な大容量伝送が実現できます。

※4デジタルコヒーレント技術
従来用いられてきた強度変調技術は、強度の2つの状態(ON/OFF)に信号の0,1を対応させて信号を送りますが、デジタルコヒーレント技術では、2つの強度状態(ON/OFF)の代わりに、光信号の持つ2つの独立な偏波光信号や、光信号電界の強度成分と位相成分を組み合わせて変調することで複数の信号状態が生成されます。この状態に、複数ビットのデジタル信号を対応させることで、強度変調技術に比べて高効率・高感度な光伝送ができます。

※5SN比(信号対雑音比)
情報の伝送に必要な信号のパワと劣化をもたらすノイズの比率で、SN比が高ければ伝送における雑音の影響が小さく、信号は良好な状態といえます。

※6周期的分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN:periodically poled lithium niobate)
異なる波長の光同士を相互作用させることが可能な「非線形光学効果」と呼ばれる特殊な特性を持つ結晶であるニオブ酸リチウム(LiNbO3)において、自発分極と呼ばれる結晶内の正負の電荷の向きを一定の周期で強制反転させた人工結晶です。周期的分極反転ニオブ酸リチウムは、元のニオブ酸リチウム結晶よりも圧倒的に高い非線形光学効果を得ることが出来ます。

本件に関するお問い合わせ先

日本電信電話株式会社
先端技術総合研究所 広報担当
a-info@lab.ntt.co.jp
TEL 046-240-5157

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