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2015年10月19日

日本電信電話株式会社
国立大学法人 東北大学

集積化可能なレーザ冷却の新手法を半導体チップ上で実証 ~光照射だけでメカニカル振動子の熱ノイズを低減することに成功~

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:鵜浦博夫、以下NTT)と国立大学法人東北大学(宮城県仙台市、総長:里見 進、以下東北大)は共同で、高感度センサや高精度発振器に広く用いられているメカニカル振動子*1の熱ノイズを、レーザ光を照射するだけで低減できる新しい原理のレーザ冷却手法を実現しました。
 今回得られた成果は、精密な光共振器を必要としない簡便で拡張性の高いノイズ低減の手法としてイギリスの科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」誌電子版(10月19日付)に掲載される予定です。
 なお、本研究の一部は独立行政法人日本学術振興会(東京都千代田区、理事長:安西祐一郎)科学研究費補助金の援助を受けて行われました。

1.背景と成果の概要

鉄琴の板や鐘など、決まった周波数で振動が続く人工構造はメカニカル振動子と呼ばれます。昨今ではナノテクノロジーの進展により微細化や集積化が進み、MEMS(Micro-electromechanical Systems)*2振動子として形を変え、センサや発振素子などの微小素子として広く用いられています。このメカニカル振動子の性能に限界を与えるものとして、熱ノイズ*3の影響が知られています。熱ノイズは微細でランダムな揺れを振動子に引き起こし、その極限性能を低下させます。これまで、この熱ノイズを低減させる有効な手法のひとつとして、レーザ冷却*4の手法が提案されていました。しかし従来の手法では光共振器*5と呼ばれる極めて精密に調整された光学部品と組み合わせる必要があり、素子応用や集積化の上で問題がありました。
 一方、研究チームでは、これまで培ってきた半導体素子技術の新しい応用として、MEMSや、さらにそれを微細化したNEMS(Nano-electromechanical Systems)の研究を進めてきました。今回、光学特性と圧電特性*6に優れた半導体二層構造を用いることにより、光共振器を用いないレーザ冷却の実現に世界で初めて成功しました。本成果は、半導体チップに集積可能な質量や光などの高感度センサや、携帯電話などに用いられる高精度振動子などへの応用に、将来的につながるものと期待されます。

2.今回実現した素子の概要

研究チームが動作の実現に成功したメカニカル振動子の心臓部は、長さ20µm(ミクロン:1ミクロンは100万分の1メートル)、幅14µm、厚さ0.4µmの小さな板バネです(図1a)。このメカニカル振動子は極めて軽量であるため、熱エネルギーによるランダムな振動(熱ノイズ)が発生します。今回、光学特性と圧電特性に優れたガリウム砒素(GaAs)とアルミガリウム砒素(AlGaAs)の2層構造を用いて振動子を作製することにより、レーザ光を振動子に照射するだけで熱ノイズを抑えることに成功しました。光共振器を用いずにメカニカル振動子のレーザ冷却を実現したのは、世界で初めてと言えます。

3.技術のポイント

(1)優れた光学特性を有する半導体2層構造の利用

GaAsとAlGaAsによる多層構造は、特徴的で優れた光学特性を持つ半導体薄膜材料として知られており、古くから発光・受光素子として用いられてきました。今回、高品質の結晶成長技術と微細加工技術を駆使してGaAsとAlGaAsの2層構造からなるメカニカル振動子(図1b)を作製しました。この構造では加工によるダメージが極めて小さく、鋭い光吸収特性を有することが確認されました(図2)。この鋭い吸収特性は、これまで用いられてきた光共振器と類似の役割を果たし、レーザ冷却を実現します。

図1 実現したメカニカル振動子の構造

図1 実現したメカニカル振動子の構造 図1:(a)作製したメカニカル振動子の顕微鏡写真(上面図)です。プールの飛び込み台のように、構造の右側が自由に上下できる構造になっています。(b)実験方法を模式的に示した図です。振動子は200nm厚のAlGaAsと200nm 厚のGaAsの2層薄膜により作製されています。熱揺らぎによりこの振動子は上下に揺れますが、振動子の根元にレーザを照射することにより、この熱振動を抑えることに成功しました。

図2 振動子の光吸収スペクトル

図2 振動子の光吸収スペクトル 図2:PLE(Photoluminescence Excitation)の手法を用いて測定したメカニカル振動子の光吸収スペクトル。GaAsの励起子吸収と呼ばれる鋭い共鳴線(幅約1meV)が確認されます。この吸収特性が、共振器の振動に敏感に変化することを利用し、光共振器と同様の作用を作り出すことに成功しました。

(2)圧電効果を用いた振動の制御

GaAs/AlGaAsが有する圧電効果を活用し、吸収された光が引き起こす制動力により熱振動を抑えることに成功しました。地震による建物の揺れを抑える技術としてアクティブ制振技術*7が昨今注目されています。この技術では、建物の揺れをすばやく検出し、それを抑える方向の制動力を外部から加えることにより振動を減衰させます。本研究では、光吸収によって生じた内部電圧を圧電効果により制動力に変換し、熱振動を半分に抑えることに成功しました(図3)。

図3 熱ノイズの周波数スペクトル

図3 熱ノイズの周波数スペクトル 図3:熱ノイズによるメカニカル振動子の振動スペクトル。レーザ照射により、熱ノイズが約半分まで低減できることが確認されました。

4.今後の展開

今回の原理実証実験では熱振動の抑制効果は半分程度でしたが、今後は構造の最適化を行うことにより、より大きな冷却効果を実現していきます。また、レーザ素子との集積化や室温動作を実現し、半導体集積素子としての応用可能性を探っていきます。その上で、実際の質量や光のセンサへの応用を進めて行く予定です。

用語解説

*1メカニカル振動子(機械振動子)
 弾性変形を周期的に繰り返すことにより機械的な振動が継続する人工構造。鐘や鉄琴など楽器の振動板もメカニカル振動子の一種です。最近では微細加工技術の発展にともない、髪の毛よりも小さな機械振動子を半導体チップに集積することも可能になっており、MEMS振動子として実用化が進められています。メカニカル振動子の最も代表的な形状は本研究でも用いられているカンチレバーと呼ばれるもので、プールの飛び込み台に類似した形状をしています。

*2MEMS(Microelectromechanical Systems)
 半導体集積回路を作製する微細加工技術を応用し、数ミリメートルから数ミクロンのサイズの機械構造をチップ上に集積し、電気的な機能によりその動作を制御する技術。本研究では光によって生成された内部電圧を用い、熱ノイズを抑制する力を生み出しています。微細化をさらに進めたNEMS(Nanoelectromechanical Systems)も、最近盛んに研究されています。

*3熱ノイズ
 通常の温度におけるすべての原子は、熱によりランダムな運動を行っています。メカニカル振動子を構成している原子においても同様で、これらの原子の運動によって振動子自体もランダムな力を受け、目には見えない小さな振動を常に行っています。この振動は、振動子を応用する際の原理的なノイズ源となり、極限感度を制限する要因となっています。

*4レーザ冷却
 レーザを照射することにより対象物からエネルギーを放出させ、冷却を行う手法。もともとは、分子気体に対して開発され、液体ヘリウムなどの冷媒を用いた通常の冷凍機では実現できない極低温までの冷却を可能とする手法です。最近では、メカニカル振動子の熱ノイズを取り除く手法としても発展しています。

*5光共振器
 2枚のミラーを向い合せに配置すると、片側のミラーで反射された光はもう一方のミラーで再度反射され、これを繰り返すことにより、光をある一定の時間閉じ込めることができます。このような光の閉じ込め構造を光共振器と呼びます。光共振器では光の干渉の効果により、ある特定の波長(色)の光のみを閉じ込めることができ、その光が機械振動子に引き起こす力によりレーザ冷却が実現します。容易に想像できるように、2枚のミラーは高い精度で並行に設置する必要があるため、精密な軸調整が必要になります。今回の成果ではこのような光共振器を用いる必要がないため、レーザ光を照射するだけという極めて簡便な方法で熱ノイズを低減することができます。

*6圧電効果
 物体に電圧を加えると、膨張したり収縮したりする現象のことを圧電効果と呼びます。この膨張・収縮により物体に作用する力を電気的に引き起こすことが可能です。今回実現した素子では、圧電効果を用いることにより、光照射により発生した内部電圧から熱による振動を抑える力を生成し、レーザ冷却を実現することに成功しました。

*7アクティブ制振技術
 地震などの際、建物の動きを検知して、その動きを止めるような逆向きの力を加えることにより、建物の揺れを抑える技術。例えば、ビルが右側に揺れた時、その揺れを検知して左向きに力を加えれば、揺れは小さくてすみます。同様の技術は、ノイズキャンセリングヘッドホンなどに応用されており、不要なノイズ(揺らぎ)を抑える手法として広く用いられています。本成果では、半導体が持つ鋭い光吸収特性と圧電効果により自然に発生する同様のノイズ低減効果を利用しました。

本件に関するお問い合わせ先

日本電信電話株式会社
先端技術総合研究所 広報担当
a-info@lab.ntt.co.jp
TEL046-240-5157

Innovative R&D by NTT
NTTのR&D活動を「ロゴ」として表現しました



東北大学大学院理学研究科
特任助教 高橋 亮
r.takahashi@m.tohoku.ac.jp
TEL022-795-5572

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