2016年3月26日
日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:鵜浦博夫、以下「NTT」)は、量子情報通信に必要不可欠な技術である単一光子の波長変換に関する新手法を提案し実証しました。本手法により、単一光子の波長やスペクトル形状を無損失に制御することが可能になります。光ファイバ中で実現可能な本手法は、既存の通信設備との親和性を有し、高度な量子情報ネットワークの実現に向けた光子波長インターフェースの構築に寄与するものです。 この成果は、米科学誌「Science Advances」(3月25日付)に掲載されます。なお、本研究の一部は独立行政法人日本学術振興会 科学研究費補助金の援助を受けて行われました。
光の波長(周波数、色)は、光の重要なパラメータであり、その変換技術は今日のフォトニクス技術に必要不可欠なものです。光の波長変換の応用としては、身近なものではレーザーポインタから、通信、精密計測、そして医療分野に至るまで、多岐に亘ります(※1)。
一方、光の量子である光子を用いた量子情報通信(※2)において、光子の波長変換は重要な技術です。例えば、光子を長距離にわたり伝送するために有利な波長帯(光通信波長帯)と、光子を原子等の物質と相互作用させることのできる波長帯(一般に可視波長帯)とは異なります。また、同一帯域内においても、光子を発生する手段や装置の違いや、通信路として用いる波長チャネルの違いにより、一般には光子一つ一つの波長やスペクトル形状は異なります。したがって、「光子と物質」あるいは「光子同士」の相互作用を巧みに操り、遠く離れた二地点間で量子状態をやりとりするためには、状況に応じて適切に光子の波長を変換する必要あります。加えて、光子は損失に対して脆弱なため、理想的には光子損失を伴うことのない、効率100%での波長変換という極めて高度な技術が求められます。
従来、単一光子の波長変換には、周波数混合(※3)と呼ばれる手法が用いられてきました。しかし、周波数混合においては高効率性のために高強度の制御光入力が必要とされ、これによって発生する雑音が実験上の制約を生んでいました。このため、単一光子に対して、100%の内部変換効率を維持しつつ波長変換が達成された報告例はこれまでありませんでした。
今回、NTTは、従来法と異なるアプローチにより、常に光子損失を伴わない波長変換方法を構築しました。具体的には相互位相変調(※4)と呼ばれる光学効果を用います。これは、媒質に制御光を入力した際に生じる媒質の屈折率変化により、同一媒質に同時に存在する別の光波(信号光)の位相がシフトする現象です。ここで、屈折率を時間とともに変動させると、信号光の位相の不均一なシフトが生じ、その結果信号光の波長の変化を誘起することができます(図1)。相互位相変調は、制御光強度の大小にかかわらず必ず生じる現象のため、信号光として単一光子を用いることで、光子損失を伴うことなくその波長を変換することができます。
相互位相変調による波長変換は、古典的な光パルスを用いて広く実証されていますが、単一光子に適用された例はありませんでした。今回、屈折率変化を担う媒質としてフォトニック結晶ファイバ(※5)と呼ばれる特殊設計された光ファイバを用いることで、光通信波長帯の単一光子波束に対して明瞭な波長変換を付与することに成功しました(図2、詳細は「技術のポイント」参照)。今回得られた波長変化量は最大約3nm(光周波数にして約0.4THz)でした。これは例えば、ファイバ通信路中の互いに異なる波長チャネルに割り当てられた光子の波長を揃え、のちに相互作用させるといった、長距離量子通信の波長多重化に応用可能な量です。なお、ここでの波長変換量は、制御光強度の調整により簡単に操作可能です。さらに、変換に伴う光子損失は実験的に観測されませんでした。これにより光子損失による量子通信レートの低下を抑えながら波長変換を行うことが可能となります。
波長変換量やスペクトル形状の制御自由度のさらなる向上に取り組みます。これらは、光ファイバの特性や制御光パルスの時間形状を適切に設計することで達成できます。光ファイバを用いて実現可能であることから、本手法に基づく波長変換装置を実際に光ファイバ通信路上に挿入することも可能であり、その実装方法に関する研究への取り組みも検討します。これらを通じ、光子を用いた量子ネットワークの構築に向けた柔軟な波長インターフェースの開発を行ってまいります。
相互位相変調により光の波長変換を得るためには、制御光パルスと単一光子との伝搬速度が媒質中で等しいことが要求されます。これは、媒質中で片方のパルスが他方を追い抜いてしまうと、信号光子に誘起される不均一な位相シフトが相殺され、波長変化が打ち消されてしまうからです。また、制御光パルスが媒質中で発生する雑音光子を抑制するためには、制御光の波長と単一光子の波長を事前にできるだけ分離しておく必要がありました。これらの条件を満たすため、媒質として図3に示す分散特性を示すフォトニック結晶ファイバを用いました。これにより、雑音を抑制しながら明瞭な波長変換を単一光子に付与することに成功しました。
なお、単一光子の発生には、制御光の一部を分離して得た光を励起光とするパラメトリック下方変換(※6)を用いています。これによって得られた光子対(※7)のうち、片方の光子の検出により、もう片方の光子を伝令付き単一光子として波長変換に用いました。図2の光子カウント数は、それら光子の同時計数を表しています。
本手法を応用し、量子相関をもつ光子対の間の波長の相関(図4)や量子もつれといった量子力学的な性質を変換することにも成功しました。また、一つの光子のスペクトルを別の光子と干渉しやすいような形状に整形し、光子の間の干渉を復活させることにも成功しました。これらの結果は、本手法が計測やシミュレーションを含む量子情報の広範な技術分野へ応用可能であることを示しています。
N. Matsuda,
"Deterministic reshaping of single photon spectra using cross-phase modulation"
Science Advances (2016).
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先端技術総合研究所 広報担当
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