2016年4月11日
日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:鵜浦博夫、以下NTT)は、高感度センサや高精度発振器に広く用いられているメカニカル振動子と量子ドットを結合した新しい半導体素子を作製し、量子効果を用いた超高感度の計測手法を実証しました。
今回得られた成果は、力や磁気などの極限計測技術を量子限界にまで向上させる新しい手法として、英国科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」電子版(英国時間 4月11日付)に掲載される予定です。
なお、本研究の一部は独立行政法人日本学術振興会(東京都千代田区、理事長:安西祐一郎)科学研究費補助金 新学術領域研究『ハイブリッド量子科学』 (領域代表:東北大学大学院理学研究科教授 平山祥郎)の一環として行われました。
鉄琴の板や鐘など、決まった周波数で振動が続く人工構造はメカニカル振動子※1と呼ばれます。昨今ではナノテクノロジーの進展により微細化や集積化が進み、MEMS (Micro-electromechanical Systems)※2 振動子として形を変え、センサや発振素子などの微小素子として広く用いられています。このメカニカル振動子の振動を高感度に検出する手法は、重力波検出をはじめとした様々な極限実験における重要な要素技術であり、レーザ干渉計や超伝導素子などを用いた種々の方法が開拓されてきました。一方、NTTでは、これまで培ってきた半導体素子技術の新しい応用として、MEMSや、さらにそれを微細化したNEMS (Nano-electromechanical Systems)の研究を進めてきました。半導体MEMS/NEMSは集積化や多重化に優れたプラットフォームであり、光・電子デバイスとのハイブリッド化により、これまでとは全く異なる機能を持つ集積回路の実現が期待されています。特にメカニカル振動子と量子ドットに代表される半導体量子ナノ構造の融合は、量子効果を用いた超高感度の計測手法などへの応用が期待されています。
今回、振動が引き起こす「歪」に対して敏感に特性が変化する量子ドット※3をメカニカル振動子に組み込んだ新構造の半導体ハイブリッド素子を試作し、量子ドットの抵抗値の変化より、振動子の微細な動きを高感度に検出することに成功しました。この結果は、半導体チップに集積可能な分子や磁気センサの感度や機能を極限にまで高める可能性を有する手法として、今後の発展が期待されます。また、メカニカル振動子の振動特性が、量子ドット中の電子状態により大きく変化することも観測されました。特に、量子ドットにより振動の増幅(Q値の向上)が見られた結果は世界で初めてで、電流によるメカニカル振動の増幅作用を実証したことに相当します。
研究チームが結合動作の実現に成功したメカニカル振動子の心臓部は、長さ50µm(ミクロン:1ミクロンは100万分の1メートル)、幅6µm、厚さ1µmの小さな板バネです(図1)。このメカニカル振動子は極めて軽量であるため、熱エネルギーによるランダムな振動(熱振動※4)が発生します。今回、量子ドットをメカニカル振動子に組み込むことにより、100 mKという著しく低い温度における熱振動を検出することに成功しました(図2)。この時の最小検出変位は63 fm/Hz0.5 で、水素原子の直径の1000分の1以下という極めて小さいものです。また、量子ドットに閉じ込められた電子の状態によって振動子の共振特性が大きく変化し、Q値の増減、すなわち電流による振動の増幅や減衰が生ずることも明らかにしました(図3)。
今回得られた振動の検出感度は、量子限界※6の約70倍にまで迫るものです。この検出感度を決めている要因は、素子の出力を測定する外部増幅器における雑音です。今後はこの特性改善ならびに素子構造の最適化を行うことにより、量子限界に至る超高感度計測技術の確立をめざします。また、量子ドットによる振動の増幅効果は、その効率を上げることにより電気的にメカニカル振動を生成できる可能性を意味します。この効果を実証し、電流印加フォノンレーザ※7や、単一フォノン発生器などへの応用をめざします。
図1 作製したメカニカル振動子の構造
図1:(a)作製したメカニカル振動子の顕微鏡写真です。振動子は約900 nm 厚のGaAsにより作製され、下地から浮いたブリッジ状の構造をしています。振動子が上下に振動することにより、支持部に組み込んだ量子ドットに歪がかかります。(b)支持部に埋め込んだ量子ドットの拡大図。黄色に見える部分は表面に蒸着した金電極で、この電極に負電圧を印加することにより、量子ドットを形成します。図2 振動子の熱振動スペクトル
図2:量子ドットを用いて測定した振動子の熱スペクトル。ピークの中心周波数は約1.66MHzです。実線はローレンツ関数による理論曲線。図3 メカニカル振動子の振動特性の変化
図3:量子ドットにかける電圧を変化させた時の、振動スペクトルのQ値の変化と量子ドットを流れる電流。Q値とは共振周波数を共振幅で割った値であり、共振の鋭さを表します。共振が鋭ければ、振動の振幅も大きくなります。量子ドットにかける電圧を変えることにより、Q値を増減できることが確認されました。この結果は振動子の共振特性が電子の状態に依存することを示しており、電流による振動の増幅や減衰が可能であることを示しています。本件に関するお問い合わせ先
日本電信電話株式会社
先端技術総合研究所 広報担当
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