2017年3月23日
日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:鵜浦 博夫、以下 NTT)は、デンマーク工科大学(Lyngby, Denmark, President Anders Overgaard Bjarklev、以下 DTU)、株式会社フジクラ(本社:東京都江東区、代表取締役社長:伊藤 雅彦、以下 フジクラ)、国立大学法人北海道大学(北海道札幌市、総長:山口 佳三、以下 北大)、サウサンプトン大学(Southampton, UK, President and Vice-Chancellor Professor Sir Chris Snowden, 以下 UOS)、コリアント有限会社(Munich, Germany, President & CEO Shaygan Kheradpir, 以下 COR)各社と協力し、32個のコア(光の通路)を持つ光ファイバ1本で毎秒1ペタビット(ペタは1000兆、1000テラ)以上の超大容量データを、205.6kmにわたり光増幅中継することに成功しました。これまでの1本の光ファイバを用いた毎秒1ペタビット容量級の伝送実験に比較し、必要な光信号帯域を従来の半分以下としながら、高効率な世界最長の長距離光増幅中継伝送を実証しました(図1)。さらに新たな超高速多次元符号化変調技術の適用により、毎秒1ペタビット級光信号の1000km以上の長距離伝送の可能性を初めて示しました。
毎秒1ペタビットという数値は、2時間のハイビジョン映画5000本を1秒間で伝送可能な速度に相当し、約1000km級の伝送距離は、日本やヨーロッパにおける主な大都市間の伝送距離に相当します。現在の長距離光ネットワークの伝送容量を、今後も100倍以上に拡大し、ICT社会の更なる発展を支える情報基盤を実現できる可能性を示しています。
今回の成果は3月20日からアメリカのロサンゼルスで開催されている北米最大の光通信国際会議(OFC2017)において、3月23日(現地時間)にポストデッドライン論文※1として発表する予定です。
なお、本研究開発の一部は、総務省と欧州委員会(EC)から受託している戦略的情報通信研究開発推進事業(国際標準獲得型研究開発)「再構成可能なインフラのためのスケーラブル・フレキシブル光通信技術の研究開発(SAFARI)
http://www.ict-safari.eu/
総務省統計[1]によれば、近年のスマートフォンの普及に伴うブロードバンドサービスやクラウドサービスの急速な発展とともに、通信トラヒックは年率1.4倍(20年で約1000倍)以上のペースで増え続けています。通信トラヒックの急増に対応する光ネットワークの大容量化は、これまで、光ファイバの基本構造は変えずに、光通信システム装置の大容量化を実現することにより経済的なインフラを実現し、ブロードバンドサービスの普及を支えてきました。現在の大容量光ネットワークの基盤となっている光ファイバの物理的な容量限界は、現在の10倍程度の毎秒100テラビット付近と予測されており、今後も現在と同様のペースで通信トラヒックが増え続けると、2020年代半ばには、既存の光ファイバの容量限界を超える状況(Capacity Crunch)が懸念されています。
Capacity Crunchを回避し、将来にわたり通信トラヒック増に対応可能な大容量光ネットワークを実現するための新たな光通信システム技術として、1本の光ファイバに複数のコアを持つマルチコア光ファイバ等を含む新しい空間的な構造を持つ光ファイバを用いた空間多重光通信技術[2]※2の研究開発が世界的に注目され研究が活発化しています。NTT、フジクラ、北大、DTU、UOS、CORは、産学連携により、これまで、それぞれの有する優れた技術を結集し、空間多重光通信技術による大容量光ネットワークの実現を目指して、マルチコア光ファイバ設計・製造技術やその性能を極限まで引き出すための基盤技術の研究開発を進めてきました。
これまでに、50km以上の長尺ファイバ試作に成功した32コア-マルチコア光ファイバ(32コアMCF)および入出力デバイス[3]を用い、新たなデジタルコヒーレント光伝送技術を併用することで、各コアでの高密度波長多重と長距離伝送を両立した毎秒1ペタビット級の大容量光伝送を実現しました。適用した32コアMCFでは、コア数を30以上にした場合に従来長距離化の課題であったコア間の光信号の漏れ(クロストーク)を、新しいコア配列・構造により大幅に低減しています。さらに、光の波の性質(位相※3・偏波※4)を用い、多数の信号の長距離伝送を可能とする偏波多重16値QAM(Quadrature Amplitude Modulation)デジタルコヒーレント技術※5に多次元符号化変調技術※6を適用することで、コアあたりの長距離伝送特性を向上しました。
今回の実験結果(図2)では、1コアあたり毎秒31.3 テラビット伝送容量(=1波長あたり毎秒680 ギガビット容量 × 46波長チャネル)を実現し、32コアMCFを用いて51.4kmごとに4回光増幅中継することにより、総容量毎秒1.00ペタビット(1コアあたり毎秒31.3テラビット)の信号を205.6kmにわたり伝送可能であることを実証しました。それぞれのコアにおいて、偏波多重16値QAM信号の通信品質を示すQ値は非常に均一であり、このことはコアごとの伝送品質のばらつきやエラーのない高品質の通信が可能であることを示しています。今回の成果は、NTTが各社と連携し2012年に発表した毎秒1ペタビット容量以上の伝送距離記録(52.4km)[4]に比較し、約4倍の205.6kmの長距離化の実証であり、この伝送距離はペタビット容量以上では世界最長となるものです。
さらに、同じ偏波多重16値QAM信号中に新たに多次元符号化変調という新たなデジタル信号処理を付加することで、1波長あたり実質的な情報伝送容量を25%減少(毎秒510ギガビット容量)させることになりますが、1000km以上の長距離伝送を実証しました。この結果、1本の光ファイバで、約5THz帯域のC帯※7のみでは毎秒0.75ペタビット容量相当、従来と同じ10THz帯域幅(C+L帯※7)では毎秒1.5ペタビット容量相当の超大容量データを1000km以上にわたり長距離伝送する超大容量空間多重光通信の可能性を世界で初めて示しました(図4)。
今回適用したマルチコア光ファイバは、DTU、フジクラ、北大が共同で設計・試作し、32個のコアにおいて種類の異なる複数のコアを用いた新構造(シングルモード異種コア構造MCF)を有しています[3]。このファイバの特徴は、屈折率のわずかに異なる2種類のコアが正方格子状に配列されていることです。この構造により、1種類のコアを用いる同種コア構造のマルチコア光ファイバに比べて、コア数を20以上に増やしても隣接するコア間のクロストークを大幅に低減でき、長距離伝送を実現できます[5]。今回、NTTおよびCORにより、本32コアMCFとフジクラ・UOS・NTTで設計試作した入出力デバイスを接続した51.4kmマルチコア光ファイバ伝送路としての長距離伝送特性を評価しました。その結果、全コアのC帯全波長域にわたり、32コアMCF伝送路として1000km以上の伝送に適した低クロストーク特性と低損失特性との両立の実現を確認しました。
近年の大容量光通信では、光ON/OFFの2つの状態を使って伝送する強度変調信号に代わり、光の波の性質(位相・偏波)を用いて多数の信号状態を作り高効率な光伝送を実現する偏波多重多値QAMデジタルコヒーレント信号※5が用いられています。多値QAM信号は、光の位相や偏波を用いた複数の光信号状態に複数ビットのデジタル信号を対応させ高効率な超高速光信号を実現できる反面、多値数が増加し伝送効率を増加するほど、伝送可能な距離が急激に短くなります。また、マルチコア光ファイバ伝送に特有のクロストークに対しても劣化しやすくなることが課題でした。
今回、NTTは、QAM信号の多値数を従来報告の32値以上から16値まで低減し、高効率な誤り訂正符号を用い、広帯域なデジタルアナログ変換技術[6]をデジタルコヒーレント信号に適用しました。その結果、1波長あたり毎秒680ギガビット(1ファイバあたり1ペタビット)容量で毎秒ぺタビット容量としては世界最長の205.6km伝送に成功しました。さらに、新たに8次元符号化16QAM変調技術[7]の適用により、デジタル信号と光信号状態の割り当て方を工夫することで通常のQAM符号に比較して伝送品質を向上し、同じ16値QAM信号を用いながら、1波長あたりの毎秒510ギガビット容量で、伝送距離を1000km以上長距離化可能なことを実証しました。
今回の実験により可能性を示した1000kmという伝送距離は、日本やヨーロッパにおける主要都市間を結ぶ光ネットワークの構築に必要な距離に相当します。今後は、ヨーロッパのコリアント社において構築するテストベッドにおいて、マルチコア一括光増幅技術[8]やネットワーク制御[9]等との連携実験を進め、今後のブロードバンドサービスの発展を支え続ける将来の長距離大容量光ネットワークの実現に貢献していきます。
[1]
[2]T. Morioka, "New generation optical infrastructure technologies: "EXAT initiative" towards 2020 and beyond," 14th OptoElectronics and Communications Conference(OECC) 2009, paper FT4, 2009.
[3]Y. Sasaki et al, "Crosstalk-Managed Heterogeneous Single-Mode 32-Core Fibre," European Conference on Optical Communication (ECOC) 2016, paper W.2.B.2, 2016.
[4]http://www.ntt.co.jp/news2012/1209/120920a.html
[5]T. Mizuno et al, "Long-haul Dense Space Division Multiplexed Transmission over Low-crosstalk Heterogeneous 32-core Transmission Line Using Partial Recirculating Loop System," J. of Lightwave Technol., Special issue on the Optical Fiber Communication Conference (OFC) 2016, vol.35, no.3, to be published in Jan/Feb, 2017.
[6]http://www.ntt.co.jp/news2016/1609/160923b.html
[7]M. Nakamura et al, "Coded 8-Dimensional QAM Technique Using Iterative Soft-Output Decoding and Its Demonstration in High Baud-Rate Transmission," J. Lightwave Technol., Special Issue on the European Conference on Optical Communication (ECOC) 2016, vol. 35, no.8, to be published in Apr., 2017.
[8]S. Jain, et al, "32-core Inline Multicore Fiber Amplifier for Dense Space Division Multiplexed Transmission Systems," European Conference on Optical Communication (ECOC) 2016, post deadline paper, Th.3.A.1, 2016.
[9]http://www.coriant.com/products/transcend-sdn.asp
※1ポストデッドライン論文
一般論文投稿締め切り後(ポストデッドライン)に受け付けられる論文で、本分野の研究機関が会議直前の最新技術によって光通信技術の最高性能を競い合います。会議期間内で論文選考が行われ、高く評価された研究成果のみが報告されます。
※2空間多重光通信技術
光ファイバの空間的な自由度を活用したマルチコア光ファイバ、等の新しい構造を持つ光ファイバの特性を極限まで引出し、コアが一つしかない従来の光ファイバを用いた大容量光伝送と同等以上の光伝送効率を実現するための大容量光通信基盤技術の総称を意味します。
※3位相
光は電波と同じように波としての性質を持っています。この波の振動するタイミングを位相と呼びます。波は周期的に振動していますので、位相は0~360度までの自由度を持っています。この自由度を使って、異なる位相(たとえば0度と180度)にデジタルデータの1,0を対応させ受信側でその位相の差を検出することで従来の光のON/OFFのみを使う方式に比べて高感度受信による長距離化や、高効率な通信による大容量化が可能となります。このような通信方式を位相変調と呼びます。
※4偏波
光は電波と同様に、2つの独立な振動方向(X軸とY軸)があります。この独立な軸のことを偏波といい、3D映画ではよくこのような性質を使って、右目と左目に異なる情報を送って立体的映像を実現しています。従来の光通信では、受信側で2つの偏波の向きを安定に検出することが困難であったため、どちらか一方の偏波成分しか利用することができませんでした。デジタルコヒーレント技術では、受信側で2つの独立な偏波方向を安定に分けることができるため、各々の偏波に独立な情報を乗せて通信できるようになり効率的な大容量伝送が実現できます。
※5偏波多重QAMデジタルコヒーレント技術
通常は強度の2つの状態(ON/OFF)に信号の0,1を対応させて送る強度変調技術が一般的ですが、偏波多重QAMデジタルコヒーレント技術では、2つの強度状態(ON/OFF)の代わりに、光信号の持つ2つの独立な偏波光信号の各々に関して、光信号電界のさらに2つの独立な方向(I成分・Q成分)を多値(複数のレベル)で変調します。I/Q成分が異なる多値信号(たとえば各々N値)で変調されることで、各偏波信号の電界は異なる強度と位相の組み合わせによる複数(N×N)の信号状態(振幅位相変調:Quadrature Amplitude Modulation) が生成されます。この状態に、複数ビット(=2 × log2N)のデジタル信号を対応させることで高効率・高感度な光伝送ができます。
※6多次元符号化変調
QAM変調において伝送効率を上げるために多値数を増加すると、複数ビットのデジタル信号を割り当てている光信号状態(電界の強度と位相の組み合わせ)が増え、光信号状態間の等価的な距離(ユークリッド距離)が近くなる。このため、個々の光信号状態を判別するためには高い信号対雑音電力比が必要となり、受信感度の低下により伝送距離が短くなる。多次元符号化QAM変調では、従来のQAM信号状態(光電界の2つの独立な方向(I成分・Q成分))に加えて、偏波軸間、時間軸間での信号遷移まで考慮し次元を拡張する。この際、ユークリッド距離が近い光信号状態間の信号遷移を使わないように拘束条件をつけながらQAM信号を伝送する。この結果、多次元符号化QAM信号ではユークリッド距離を長くとることができ、従来のQAM信号に比べ長距離伝送することができる。今回の8次元16QAM信号は、従来の16QAM信号のもつ光信号状態を用い、従来の16QAM信号より25%伝送容量が減少するが、約4倍以上の長距離伝送可能である。
※7C帯、L帯
石英光ファイバの低損失波長として、長距離光通信に用いられる代表的な光通信波長帯であり、国際通信連合(ITU-T)で国際標準化されている。C(Conventional)帯は、1530 - 1565nm, L(Long wavelength)帯は、1565 - 1625nmである。この2つの信号波長は、各々の帯域で実用的な光増幅中継が可能であり、C帯、L帯各々の信号帯域を光の周波数帯域幅に換算すると約4~5THzとなる。また、2つの波長帯を合わせるとC+L帯で約10THzとなる。
本件に関するお問い合わせ先
日本電信電話株式会社
先端技術総合研究所 広報担当
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