2017年10月19日
日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:鵜浦 博夫、以下、NTT)は、スタジアムなど人が密集し、スマートフォンやタブレット、ノートPCなど無線LAN端末が超過密となる環境において、通信速度を向上させる「分散スマートアンテナ(D-SAS)型協調無線LAN技術」を開発し、スタジアムにおいて従来と比較して2倍以上の通信速度の伝送実験に成功しました。
本技術は、アクセスポイント(以下、AP)に実装され、APから張り出して分散配置されたアンテナを選択・制御する「D-SAS制御機能」と、ネットワーク側に実装され、複数のAPを集中制御し、APの性能を最大限に引き出す「D-SAS対応無線リソース制御機能」という2つの要素技術で実現します。これらの技術により、従来技術では、電波の干渉による通信速度の低下が深刻な課題として顕在化している、スタジアムなどの多数の無線LAN端末が利用される環境において、アンテナを同一箇所に集中設置する従来技術と比較して通信速度の向上が可能となります。
今後は、本技術を無線LANに適用していくことにより、スタジアムでの世界最高レベルの無線LANを実現していきます。また、スタジアムのみならず、ホールや駅、ショッピングモールなど超過密となる環境で、動画視聴やイベントでのアプリ一斉利用、そのほか新しいネットワークサービスを支える技術として、さまざまな場所への展開をめざします。
本技術は、10月19日・20日に開催する「つくばフォーラム2017」( https://www.tsukuba-forum.jp/ )にて展示します。
スマートフォンやタブレット端末などの爆発的な普及と動画などのブロードバンドアプリケーションの拡大に伴い、あらゆる場所で無線LANの利用が急増しています。このような無線LAN利用の急増を支えるためには、無線LANアクセスポイント(AP)を多数設置していく必要があります。しかしながら、無線LANで利用できる周波数チャネルには限りがあるため、APを高密度に設置しても、近接する複数のAPが同一の周波数チャネルを共用してしまい、無線LAN間で電波の干渉が発生し、通信速度が著しく低下しているケースが増えています。
干渉の影響を低減するためには、干渉ができるだけ生じないように各APで使用する周波数チャネルやその帯域幅などの無線LANのパラメータを適切に設定していくことと、無線LANから発生する干渉そのものを低減することが必要となります。
最適な無線LANパラメータの設定を行うためには、周囲の無線環境情報を勘案して集中的に複数APの無線リソース制御を行う機能と、各APに対しても、干渉を低減する機能を持たせる必要があります。そのため、NTTはスタジアムなど無線LANを利用する端末が密集する環境においても通信速度を向上させる「分散スマートアンテナ型協調無線LAN技術*1」(図1)の実用化に向けた研究開発を進めてまいりました。
図1 分散スマートアンテナ型協調無線LAN技術の概要
今回、「分散スマートアンテナ型協調無線LAN技術」として以下の要素技術を開発しました。
多数の端末に対して高い通信速度を実現するためには、APを高密度に設置することが必要となりますが、従来の無線LAN APでは、AP間で電波が干渉してしまうため、APを高密度に設置しても無線LAN環境全体の通信速度向上には限界があります。また、干渉電波の強度を低減させるためにAPの送信パワーを低減すると、通信エリア端のユーザは十分な受信パワーが得られず、通信速度が低下してしまいます。
NTTはこの課題を解決する方法として、Broadcom社と連携してD-SAS制御機能を実現しました。Broadcom社は無線LANモジュールからパケット単位で高周波(RF)デバイス制御を行うスマートアンテナ制御機能を提供し、NTTはRFデバイス制御アルゴリズム、大規模分散アンテナ構成及びRFデバイス制御信号の開発を行いました。
本機能を用いることで、アンテナを分散配置させ、端末とAPアンテナの距離を物理的に近づけることができ、それぞれの端末に対して個別に最適なアンテナおよび送信パワーを設定することでエリア内の最低受信パワーを落とさずにエリア外の干渉を低減することを可能にしています。
スタジアムや学校、ショッピングモール、駅など人が混雑する場所では、スマートフォンなどの無線LAN端末の利用者も密集しているため、それに応じた多数のAPが必要になります。従来のように、各々のAPを独立で動作させた場合には、それぞれが独立して無線リソースのパラメータを設定するため、お互いが同じ無線リソースに対して競合してしまったり、逆に利用されない無線リソースができてしまったりと、AP本来の性能を十分に発揮できません。
上記問題に対し、本機能は、制御対象となるAPから取得した干渉となるAPの電波強度などの無線環境情報を用いてアンテナ単位で無線LAN環境を仮想的に構築し、図2のように同環境にて同一無線リソース再利用距離の短縮化を行うことで通信速度の増大を実現します。その際、NTTが開発したRATOPアルゴリズム*2により算出された最適な無線パラメータを各APに設定することで、無線リソースの最適化を実現することができます。さらに、これまで複雑なためパラメータ設定や運用が難しかった(1)のD-SAS制御機能が搭載されたAPに対しても、本技術により性能を十分生かせるパラメータ設定が可能となります。
その他に、無線リソース制御機能により、あるAPに周波数チャネルの帯域幅を優先的に割り当てるプレミアエリアなどの構築も可能であり、柔軟なシステム設計を行うこともできます。
図2 D-SAS制御機能とD-SAS対応無線リソース制御機能の効果
上記2つの機能で実現される本技術の効果を検証するために、NACK5スタジアム大宮[1]にて実証実験を行いました。開発APの設置例および結果を図3に示します。従来技術として、一般的なアンテナ一体型APを用い、チャネル設定としては同一の周波数チャネルを用いるAP間の距離がなるべく離れ、干渉が起きにくいよう設計したものを従来技術として示します。
本技術および従来技術ともに、AP総数は同じ150台程度をすべて座席下に配置し、設定チャネルは無線LANにおける屋外利用可能チャネルW56(5.47–5.725 GHz)の11チャネルを使用しました。また、通信速度(スループット)測定時には、チャネル設定後の11チャネルのうち1チャネルを選択し、同一チャネルを用いるAPに対して、それぞれ1台ずつスマートフォンを接続し、APから端末へTCPトラヒックを伝送させ、端末をAPそれぞれの通信エリア内の複数ポイントに配置し測定しました。
結果、スタジアム全体の通信速度であるシステムスループットは、本技術の場合、従来技術と比較して2倍を達成することを確認し、実スタジアム環境でも本技術が有効であることを実証しました。
図3 NACK5スタジアム大宮での開発D-SAS APの設置例とシステムスループットの実証結果
また、(2)のD-SAS対応無線リソース制御機能は、市販AP設置時のパラメータ設定ツールとしての活用も可能です。図4は、同じくNACK5スタジアム大宮にて、D-SAS対応無線リソース制御機能を用いて既設のAPに対して「無線リソース制御機能」を適用したときの結果です。無線LANサービスエリアに対して、低い通信速度のエリアをなくし、全体の通信速度を向上させる目的のほかに、特定のエリア(プレミアエリア)に対して優先的に無線リソースを割り当てることも可能であり、柔軟なエリア設計を実現することができます。
図4 NACK5スタジアム大宮でのD-SAS対応無線リソース制御機能でのスケーラブルなエリア設計結果
今回の成果をもとに、世界最高レベルのスタジアム無線LAN環境の実現に向けた分散スマートアンテナ型協調無線LAN技術の速やかな実用化を推進してまいります。
併せて、スタジアムだけでなく、駅やキャンパス、ショッピングモール、公衆エリアなど超過密となるさまざまな場所での無線LANサービスへの展開もめざします。
*1協調無線LAN技術
協調無線LANとは、APの集中制御により無線リソースの高効率利用を可能とし、キャリアグレードの品質を提供する技術。(参考資料[2])
*2RATOPアルゴリズム
「Resource allocation based on Area Throughput Optimization Policy」の略。APで得られた無線環境情報に基づいて、スループットが低下した無線LANの特性向上を重視しつつ、全体スループットも向上させるよう、最適なパラメータを算出するアルゴリズム。(参考資料[3])
[1]NACK5スタジアム大宮,http://stadium.nack5.co.jp/
[2]河村,石原,岩谷,篠原,秋元,井上,市川,鷹取,「無線LANの最新動向と協調無線LAN技術」,NTT技術ジャーナル,2017年1月.
[3]B. A. H. S. Abeysekera, M. Matsui, Y. Asai, and M. Mizoguchi, “Network controlled frequency channel and bandwidth allocation scheme for IEEE 802.11a/n/ac wireless LANs: RATOP," in Proc. of IEEE PIMRC’14, Sep. 2014.
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