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2018年2月 5日

シリコンナノトランジスタによる血清中イオン濃度の計測に成功 ~新しい表面化学を利用した高機能センサの実現に前進~

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:鵜浦博夫、以下 NTT)は、フランス国立科学研究センター(CNRS)、オランダデルフト工科大学(デルフト工科大)と共同で、ナノスケールのシリコントランジスタを流れる電流が、その表面上にある水溶液中の様々な陽イオンの濃度により変化することを見出し、この現象を利用することにより、血清中の陽イオンの濃度を計測することに成功しました。
トランジスタを用いたイオンセンサは、通常、特定のイオンを識別し検出するために、測定するイオン毎にイオン選択層を付加する必要があり、構造やシステムが複雑になっていました。今回、ナノスケールの表面に特有のイオン応答を利用することにより、イオン選択層を用いることなく、多種のイオンを計測できることを確認しました。新しい表面化学を利用した高機能センサの実現に繋がるものとして期待されます。
この成果は、2018年2月5日午後4時(英国時間)に英国科学誌「ネイチャー・マテリアルズ(Nature Materials)」オンライン版で公開されます。

研究の背景

小型(マイクロ)化学センサは、化学産業での利用やポータブルな医療用計測機器への応用が可能であることから、広く研究開発が進められています。従来の化学センサは、測定対象となるイオンを選択的に識別するイオン選択層※1を用いることによりイオン感応性を実現しており、イオン種毎にイオン選択層に応じた測定カートリッジを用意する必要などがありました。化学センサの電気化学信号をトランジスタにより計測する超小型のデバイスであるISFET※2は1970年頃に提案され、現在pH(水素イオン濃度)センサなどに利用されていています。しかし、前述の通り測定するイオン種毎にイオン選択層を付加する必要があるためデバイスの構造が複雑になり、イオン選択層の安定な固定化、イオン選択層の寿命などが課題となっていました。
 NTTでは、これまでシリコンの微細加工技術を利用したナノトランジスタや単電子デバイスなど再現性と安定性に優れた超微細デバイスの開発を進めてきました。特に、ナノトランジスタは、常温でも電子1個を検出できる高感度な電荷センサとして、安定な動作が可能なことを確認してきました。

研究の成果

今回、NTTは、CNRS、デルフト大と共同で、ナノメートルスケールのシリコントランジスタ上にマイクロ流路※3を形成したナノISFET(図1)を用いて、イオン選択層を用いることなく、血清中の様々な陽イオンを同一のデバイスで計測することに成功しました。これにより、従来のISFETでは難しかった高機能な動作を実現しました。
 まずナノISFETの基本動作を確認するため、水溶液中のイオンに対する応答を調べました。その結果、水素イオン以外にLi+,Na+,K+,Ca2+,Mg2+などの様々な陽イオンに高い感度で反応することが判りました(図2)。さらに、複数の陽イオンの混ざった溶液においても、それぞれの陽イオンからの応答信号が足し算で出力されるため、それぞれが独立に計測可能なことを見出しました。これらの陽イオンに対する応答を利用して、イオン選択層を用いることなく同一のナノISFETを用いて、血清中の様々な陽イオンの濃度計測に成功しました(図3)。
 シリコンの表面はゲート絶縁膜であるシリコン酸化膜で覆われおり、このような多種の陽イオンに対する応答は、従来のイオンセンサの報告とは全く異なるものであり、ナノスケール化したシリコンの表面に特有の現象と考えられます。現在、その原因は完全には解明できていませんが、分子動力学を用いたシミュレーション(図4、デルフト工科大)により、従来型のトランジスタ表面と水溶液中イオンとの相互作用ではない、水分子も介在した非クーロン相互作用※4が示唆されており、新しい表面化学を利用した高機能センサの可能性を示す成果と言えます。

図1:従来のISFETとナノISFETのデバイス構造 図1:従来のISFETとナノISFETのデバイス構造

 ナノISFETでは、従来必要とされたイオン選択層を必要としません(左:断面模式図による比較)。チャネルサイズが数10nmのシリコントランジスタ上に液体を流すマイクロ流路を形成します(右:上からの平面顕微鏡写真)。イオン濃度で変化するトランジスタの表面電位をトランジスタの電流の変化から計測します。

図2:ナノISFETの陽イオンに対する応答 図2:ナノISFETの陽イオンに対する応答

 ナノISFETの表面電位が多種の陽イオンに応答して変化することが判りました。また、その応答感度は、非常に高く、従来の限界(Nernst限界※5)を超えるものも観測されました。

図3:標準添加法を用いた血清(ウシ胎児)中の陽イオン濃度の計測 図3:標準添加法を用いた血清(ウシ胎児)中の陽イオン濃度の計測

添加陽イオン濃度に対するナノISFETの表面電位の変化から、血清中にもともと存在するイオン濃度を計測することができます。計測値と実際の値で良好な一致が得られました。

図4:分子動力学計算によるシミュレーション 図4:分子動力学計算によるシミュレーション

シミュレーションにより、トランジスタのシリコン酸化膜(SiO2)表面、陽イオン、水分子の間の非クーロン相互作用が、陽イオンの表面吸着に重要の役割を担っていることが示唆されました。

技術のポイント

ISFETを安定に動作させるためには、再現性に優れ、ノイズの少ないトランジスタを作製する技術が重要です。NTTがこれまで培ってきナノトランジスタの作製技術と、CNRSで開発したマイクロ流路形成技術を組み合わせることにより、液体中においても電子1個レベルの感度を安定して実現するシリコンナノISFETが作製可能となりました。今回の新たな陽イオン応答の観測ならびに血清中イオン濃度の計測は、そのようなシリコンナノISFETの安定動作により実現が可能となりました。

今後の展開

今回、ナノスケール化したトランジスタが特異なイオン応答をすることを見出し、イオン選択層がなくとも多種のイオンの計測に成功したことは、新しい表面化学を利用した高機能センサ実現の可能性を広げるものです。今後、ナノトランジスタの表面におけるイオン応答の機構の詳細を明らかにするとともに、計測精度の改善と高機能センサの研究開発を進めていきます。

論文掲載情報

R. Sivakumarasamy, R. Hartkamp, B. Siboulet, J.-F. Dufreche, K. Nishiguchi, A. Fujiwara, and N. Clément, "Selective layer-free blood serum ionogram based on ion-specific interactions with a nanotransistor", Nature Materials(2018).

用語解説

※1イオン選択層
特定のイオン種に対して選択的に応答する膜材料。イオン感応膜などとも呼ばれる。

※2ISFET
イオン感応性電界効果トランジスタ(Ion-Sensitive Field-Effect Transistor)の略称。溶液のイオン濃度を計測するセンサであり、電界効果トランジスタのゲート絶縁膜表面に発生する電位変化をトランジスタの電流の変化として検出する。

※3マイクロ流路
マイクロメートルスケールの微細加工技術を利用して形成した液体流路であり、チップ上での化学分析を行うラボオンチップなどに用いられる。今回の成果では、シリコンの一種であるポリジメチルポリシロキサン(PDMS)を材料として用いている。

※4非クーロン相互作用
イオンや分子の間に働く相互作用のうち、電気分極の間の相互作用や電子の交換相互作用(2個以上の電子のスピンの向きを並行や反並行に揃えようとする量子力学的相互作用)等のこと。総称として、ファンデルワールス力と呼ぶこともある。

※5Nernst(ネルンスト)限界
イオンによる電位変化を記述するNernstの式から予想されるISFETの感度の最大値。

本件に関するお問い合わせ先

日本電信電話株式会社

先端技術総合研究所 広報担当
a-info@lab.ntt.co.jp
TEL 046-240-5157

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