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2018年12月18日

国立大学法人静岡大学
日本電信電話株式会社
国立大学法人北海道大学

電力供給なしにトランジスタの電流を増幅させることに成功
―新たな低消費電力デバイス開発に道―

静岡大学(学長:石井潔) 電子工学研究所(所長:三村秀典)/創造科学技術大学院(院長:原和彦)の小野行徳(おの ゆきのり)教授らのグループは、日本電信電話株式会社(NTT、代表取締役社長:澤田純)の藤原聡(ふじわら あきら)上席特別研究員、北海道大学(総長:名和豊春)の高橋庸夫(たかはし やすお)教授らの研究グループと共同で、電力供給なしにトランジスタ(*1)の電流を増幅させることに成功しました。
 今回の電流増幅は、ノズルから高圧で水や空気を噴出させるアスピレーター (*2)の原理を応用したもので、従来の増幅法と異なり、電流増幅のための電力供給を必要としないため、新たな低消費電力デバイスの開発につながるものと期待されます。
 この成果は「ナノスケールシリコンにおける電子・電子散乱を利用したエレクトロン・アスピレーター」というタイトルで、12月17日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」オンライン版で公開されました。

研究の背景

現在の情報化社会を基盤から支えるコンピュータの高性能化は、その構成部品であるトランジスタの電流を、いかに少ない電力で増大させるかに依っています。しかし、これまでの増幅法では、電力供給が不可欠であり、供給された電力が発熱の原因となるため、このことが、コンピュータの性能向上を阻害する本質的な問題となっていました。

研究の成果

静岡大学電子工学研究所/創造科学技術大学院と共同研究チームは、アスピレーターの原理をトランジスタに応用し、8K(ケルビン。8Kは-265.15℃)の温度において、付加的な電力を供給することなくトランジスタの入力電流を増幅させることに成功しました。今回の結果は、通常であれば電子の流れの中で熱として消費されてしまうエネルギーを用いて、新たな電子の流れを作り出せることを実験的に示したものであり、これにより、これまで困難と考えられていた電流増幅に伴う発熱の抑制も可能となりました。

行った実験の説明

トランジスタの出力端子の横に、電流導入用の端子を付加した構造をシリコン基板上に作製し、同構造を用いて、出力端子と電流導入端子をともに接地した状態で出力端子の電流を計測しました。電子を入射させるための入力端子の電位(*3)が小さいときには、入射電子は通常見られるように出力端子と付加端子に分岐して流れたのに対し(図1a)、電位を大きくすると電子が逆流をはじめ(図1b)、結果として出力端子の電流増幅が観測されました(図2)。

  • 図1(a)入力端子の電位が小さい場合
  • 図1(b)入力端子の電位が大きい場合

図1 今回開発した光源のイメージ図 図2:トランジスタゲートの電圧変化に対する電流の変化。入力電流に付加端子の電流が足されて出力電流が増幅される。

図2:トランジスタゲートの電圧変化に対する電流の変化。入力電流に付加端子の電流が足されて出力電流が増幅される。

技術のポイント:ナノメートルスケールにおける「電子流体」の観測とその応用

通常、物質中の電子は、電位の高い場所から低い場所へと移動するため、電位の等しい端子間では電子の流れは生じず、したがって電流も流れません。しかし、電子同士の衝突頻度が非常に高い特別な場合には、電子は水などの流体のように振る舞い、近くに強い流れがあると、その流れに沿った新たな流れを生じさせます。このような電子の振る舞いは電子流体(*4)と呼ばれますが、これまでは、ヒ化ガリウム(GaAs)などの一部の物質で、マイクロメートル以上の大きなスケールでしか観測できていませんでした。
 今回、微細なシリコン内で生じる強電界を利用することにより、ナノメートル(*5)スケールのトランジスタにおいて電子流体を実現し、電位がゼロの接地した付加端子から電流を発生させることに成功しました。また、これを利用したデバイス「エレクトロン・アスピレーター」を作製し、電流増幅を実証しました。

今後の展開

今回の実証実験は、90ナノメートル程度のサイズのデバイスを用いたため、8Kの低温下で行われたものですが、さらなる微細化により動作温度の向上が期待できます。今後は、実用化に向けた室温動作の実証を目指します。

論文掲載情報:

H. Firdaus, T. Watanabe, M. Hori, D. Moraru, Y. Takahashi, A. Fujiwara and Y. Ono,
“Electron aspirator using electron-electron scattering in nanoscale silicon”
Nature Communications (2018).

用語解説:

  1. ...トランジスタ
    電気信号のスイッチや増幅を行うことのできる半導体デバイス。今回の実証実験は、現在のコンピュータの主要構成部品である電界効果トランジスタ(シリコン基板上に絶縁膜を介して形成されたゲート電極に電圧をかけることにより、シリコン中に流れる電流をオン・オフさせるトランジスタ)を対象に行われている。
  2. ...アスピレーター
    入口と出口の他にもう一つの吸込み口を持つT字菅。入口を水道の蛇口へ、出口を排水口へ接続し、蛇口から勢いよく水を流すと、吸い込み口から液体や気体を引き込み排水口へ流すことができる。動作のための電力が不要なため、化学の実験において液体や気体をポンピングするときなどに、簡便に使用することができる。ジェットポンプとも呼ばれる。
  3. ...電位
    電荷量と電圧をかけ合わせた量で、エネルギーに相当する。電子の電荷量は負なので、負の電圧をかけると電子の電位(エネルギー)は高くなる。接地された端子の電位はゼロとなる。
  4. ...電子流体
    電子が、水などの流体のように振る舞う状態を指す。渦の発生に起因して電気抵抗が負になるなど、通常では見られない特異な特性を示す。電子同士の衝突の頻度が、母材半導体原子(格子)や不純物原子との衝突頻度よりも高い特別な場合に現れる。
  5. ...ナノメートル
    10-9メートルで1メートルの10億分の1の長さ。現在の最先端のトランジスタは、20ナノメートル程度のサイズまで微細化されている。

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