2019年10月18日
日本電信電話株式会社
日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:澤田純、以下 NTT)は、生体に優しい高分子薄膜材料のみを用いて三次元構造体を組み立て、その内部で神経細胞を長期間培養することにより、構造体に沿って神経細胞ファイバが成長し機能が発現することを実証しました。今回の成果は、細胞生物学のための新しいツールになるだけでなく、再生医療における細胞移植技術や移植先での生体組織のモニタリングなどの新しい生体インターフェースとなり得ると期待されます。
人工的な神経ネットワークなどの生体試料の構造物は脆弱で壊れやすく、そのままでは所望の形状への成形や、所望の位置にハンドリングするなどの精密な操作は困難です。そこでサブミリスケールの人工的な構造物で保護する等の工夫が必要ですが、生体に親和する素材であること、柔軟で丈夫な任意の三次元微細構造を作れること、人工構造が細胞の成長を妨げないことなどの条件を同時に満たす方法の確立が必要不可欠であり、世界中で盛んに研究がなされています。
今回、NTTが長年研究を続けてきた炭素系のナノ材料であるグラフェン(※1)に着目し、グラフェンと高分子薄膜の作成が容易なパリレン(※2)とを組み合わせた特殊な二重薄膜が基板から剥がれる際に自発的に三次元構造に組み上がる現象を用いました。この現象を利用することによって、人工的なチューブの内部で海馬の神経細胞を長期間にわたって培養し、微小な神経細胞ファイバにまで成長させることに成功しました。また、この神経細胞ファイバはチューブに開けた微細な穴を通して外部の神経細胞とも接続してネットワークを形成し、細胞間相互作用(※3)を示すことも実証できました。
グラフェンやパリレンは細胞に無毒で生体とよく親和します。また薄膜の二次元パターン形状や厚みを変えることで様々な形状の三次元構造を組み立てることができます。さらにグラフェンには優れた導電性があります。そのため本技術を用いることで、既存のグラフェンデバイスをさらに微細化するだけではなく、新たな生体インターフェースデバイスへの応用、例えば再生医療における移植細胞周辺部のモニタリングや、損傷した生体組織に埋め込み活性を促すフレキシブル刺激電極の作製、創薬スクリーニングのための三次元細胞培地の組立などに繋がるものと期待されます。
NTTが7月に新設したバイオメディカル情報科学研究センタでは、これまで培ってきた材料研究の知見を今回のように生体機能材料の分野に展開するとともに、社内において実績ある情報科学分野の研究とも連携させて、生体情報処理や医用情報工学の研究に取り組んでいきます。
近年の医療技術の進歩とAIに代表される情報処理技術の進展に伴い、生体組織に直接アクセスして信号を取得したりモニタリングしたりするための生体インターフェースの実現への要望が高まっています。生体インターフェースでは、丈夫で柔らかい人工的な微細構造物で生体組織を保護しなくてはなりませんが、その目的に適合した材料の探索が世界中で盛んになされています。
一方で、二次元の機能性材料の一種であるグラフェンは、原子一層からなる極めて薄いシート状の導電性材料であり、高透明性、高強度、耐薬品性、耐熱性、柔軟性、生体適合性を有する特徴から、シリコンや貴金属の代替としてトランジスタやバッテリ、センサ素子としての応用が期待されています。しかしながら、極薄の二次元シート状であることから、実際にデバイスとして活用する際に、高精細に三次元構造に組み上げ微細化することが困難とされていました。
従来の研究では、グラフェンを自在にかつ簡単に加工・屈曲させるための手法は確立されておらず、三次元化する際にナノスケールの薄膜であるグラフェン自身の破断などを引き起こす技術的課題がありました。もしこれらの課題を解決して微小なグラフェンの三次元構造を任意に作製できるようになると、生体との親和性を活かして、マイクロスケールの細胞などの生体材料の表面にフィットする生体内埋め込み素子や、細胞培養基板などのインターフェースとして用いることが可能です。そのため、再生医療や医療・治療用デバイスなどのバイオ分野での応用が広く期待されます。
本研究では、グラフェンを微細な三次元構造に組み立てる手法として、グラフェンと強く密着するパリレン高分子薄膜に転写し、基板から剥離するだけで三次元に変形させる非常にシンプルな方法を発見しました。パリレン表面に転写されたグラフェンは、材料の弾性係数の違いで厚み方向に歪みが誘起され、自己組織的に三次元構造に組み立てられます(自己組み立て)。今回、高分子薄膜の厚みを変えることで、グラフェンを最小4µmほどの曲率半径まで微細に折り曲げることが可能となりました(図1、動画1)。さらに、本技術で使用した素材はすべて生体にやさしく、柔軟性が高い材料である特長があります。そこで三次元に組み立てられたグラフェンを、生体試料の一種である細胞とのインターフェースとして用いました。自己組み立てと同時にグラフェンの三次元構造内に細胞を内包化し、その構造の内部で細胞を長期間、安定して閉じ込めて培養することが可能となりました。特に神経細胞を内包化することにより、三次元構造体を鋳型とした微小な神経組織様構造を人工的に再構成することに成功し、構造体内外にてネットワーク形成を行い、細胞間相互作用を示すことを確認しました。
自己組み立てされる最終的な三次元形状は、もとの薄膜の二次元パターン形状や薄膜の厚みに依存することが分かりました。例えばパリレン薄膜を薄くすることでより微細な構造を作製することができます。また二次元パターン形状をデザインすることで、例えば長方形のパターンでは筒状構造に、平行四辺形パターンではコイル状に、放射状パターンでは球状に自発的に組み立てられます(図2)。さらに、長方形の二次元パターンに穴をあけて細孔を施すことにより、外部からの物質透過性を高めることが可能となります。このような構造は、構造体内部に細胞を内包した場合、常に栄養や酸素を細胞に供給し、長期間の安定な培養が可能となるメリットがあります。
本技術で用いた三次元構造体の形成に必要な材料はすべて毒性がないことが知られています。そのため、グラフェンが曲がる自己組み立ての工程において、三次元構造体の内部に細胞を内包化することが可能となります(図3、動画2)。三次元構造体はグラフェンとパリレンの透明性の高い材料のみから構成されるため、内部の細胞を様々な顕微鏡を用いて観察・解析が可能となります。内包化する細胞は、培養株化細胞や生体から直接単離した初代培養細胞などさまざまな細胞に適用できます。また内包された細胞の密度や鋳型となる三次元構造の形状を制御することで、一週間ほどの培養後、任意の形状の細胞塊を作製することが可能です。例えば、海馬由来の神経細胞を筒状構造体内で培養すると、その過程で細胞体同士が結合し、ファイバ状の人工神経組織を形成することを確認しました。グラフェンとパリレンの薄膜から自己組立てされた三次元構造は堅牢性に優れるため、内部に細胞を内包化して培養すると、形状を長期間維持したまま崩壊することなく安定した細胞培養が可能となります。
本技術で作製した細孔を施したグラフェン三次元構造体に細胞を内包化すると、培養液に含まれる栄養分や酸素が透過しやすくなり、従来の細胞内包化技術と比較して長期に安定した細胞培養が可能となりました(図4、動画3)。さらに、構造体内部の神経細胞が細孔を通り抜け、構造体外部にまで神経突起を伸展させる様子を観測しました(図4)。この伸展した神経突起を介して構造体内部と外部との神経細胞同士が接続し、同期して自発発火する様子が観察されました。すなわち、神経細胞同士でネットワーク構造を形成し、三次元構造体の内外で細胞間相互作用を行っている様子が実証されました(動画4)。
本研究では二次元材料であるグラフェンを用いて、透明性と生体適合性に優れた三次元構造を自発的に、かつ任意の形状に形成する技術を提案しました。さらに、材料の高い生体適合性と堅牢性を利用することにより、自己組立てされた三次元構造の内部に細胞を内包化し、長期に安定して培養することが可能となりました。本手法は、再生医療分野や単一細胞の挙動解析のための足場構造としての応用だけでなく、グラフェンの導電性を活かして生体内埋め込み用電極素子などの新たなバイオインタフェースとしての応用が期待されます。
著者名 | T. F. Teshima, C. S. Henderson, M. Takamura, Y. Ogawa, S. Wang , Y. Kashimura, S. Sasaki, T. Goto, H. Nakashima, Y. Ueno |
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タイトル | Self-Folded Three-Dimensional Graphene with a Tunable Shape and Conductivity |
論文誌名 | Nano Letters |
掲載日時 | 2019年1月9日(米国時間) |
著者名 | K. Sakai, T. F. Teshima, H. Nakashima, Y. Ueno |
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タイトル | Graphene-based neuron encapsulation with controlled axonal outgrowth |
論文誌名 | Nanoscale |
掲載日時 | 2019年7月28日(英国時間) |
本研究で用いる薄膜の材料として、炭素一層からなるグラフェンシートと、厚さが50nm~500nm程度のパリレンの2種類の材料を用いました。これらとともに、基板との接着剤となるアルギン酸カルシウムゲル(※4)の薄膜を加えた3種類が積層された多層薄膜を基板上に作製しました。この多層薄膜は、グラフェン層およびパリレン層の膜厚を変化させることが可能であり、またリソグラフィ技術を用いて任意の二次元パターン形状に成型加工することも可能です。
アルギン酸カルシウムゲルは、エチレンジアミン四酢酸(※5)やクエン酸ナトリウム溶液などを用いて瞬時に溶解することが可能です。この細胞毒性のない反応によって、基板からグラフェンとパリレンを張り合わせた二重膜の薄膜を遊離することができます。エチレンジアミン四酢酸を添加した後、薄膜の外周から徐々にアルギン酸カルシウムゲルが溶解されていき、それと同時に薄膜が三次元構造に変形していく様子を観察しました。この三次元の筒状構造への変形の場合、グラフェンは筒状構造の外側に存在し、内側にパリレンを巻き込む形で構造を形成することを確認しました。
図1:単層グラフェンの転写による高分子薄膜の三次元自己組み立て
パリレンからなる高分子薄膜にグラフェンを転写することにより、お互いに高密着性を有する二重膜が形成されます。犠牲層(アルギン酸カルシウムゲル)の除去により基板から二重膜が剥離され、同時にグラフェンが外側、パリレンが内側になるように自発的に三次元の筒状構造に組み立てられます。最終的な三次元構造は、薄膜の厚みや二次元パターン形状、グラフェンの結晶方向などのパラメータにより制御できます。
図2:さまざまな二次元パターン形状から形成される三次元自己組み立て構造
図3:エチレンジアミン四酢酸(EDTA)添加による犠牲層の除去と細胞の内包化プロセス
EDTAによるアルギン酸カルシウムゲル層の除去に伴い、グラフェン/パリレン薄膜が筒状構造体へと変形します。それと同時に表面付近に存在していた細胞を取り込んで内包化します。
図4:細孔を有する薄膜の三次元化と神経細胞の内包化
(a)細孔を有するグラフェン薄膜の自己組立てに伴う神経細胞の内包化と神経突起の伸長、(b)細孔を介した神経突起の伸長の時間変化、(c)伸長した軸索の蛍光観察像
※1...グラフェン
グラフェンとは、炭素原子が1原子分の厚さで共有結合したシート状の二次元材料です。 炭素原子が六角形格子状のハニカム網目構造をとってシート状の分子を形成しています。鉛筆に使用されているグラファイトはグラフェンが層状に三次元的に積層したものであるため、グラファイトを剥離することでグラフェンを得ることが可能です。また高い電子移動度を示すだけでなく、半導体を超える電気的特性や透明性、柔軟性などから、近年トランジスタ、センサ、フレキシブル電子回路などへの応用が期待されています。
※2...ポリパラキシリレン(パリレン)
直鎖状の結晶構造を持つパラキシリレン系高分子で、高い絶縁性に加え湿気や化学物質のバリア性を有します。さらに耐熱性、耐紫外線性に優れるだけでなく、高い生体適合性を有することから、コーティング剤として、医療をはじめとした幅広い産業分野で利用されています。
※3...細胞間相互作用
多細胞生物では、それを構成する細胞同士がお互いに相互作用を示しながら様々な組織を形成して、恒常性を保っています。そのような細胞間相互作用は、大きく分けて、細胞同士の直接的な結合、液性因子を介した相互作用、神経同士の電気的な相互作用に分類され、本研究で示した筒状構造体の内部での細胞間相互作用は、神経同士の電気的なシグナルのやり取りのことを指します。
※4...アルギン酸カルシウムゲル
アルギン酸は昆布やわかめなどの海藻から取れる多糖類で、マンヌロン酸とグルロン酸の2種類の単糖が直鎖状に結合した高分子です。アルギン酸カルシウムゲルは、カルシウムイオンにより架橋した状態で、ゲルとして水を含んで膨潤することができます。この材料をグラフェンとパリレンが積層した薄膜とガラス基板の間に形成し、エチレンジアミン四酢酸を用いて除去することによって、細胞毒性がない方法で薄膜をガラス基板から遊離させることが可能になります。
※5...エチレンジアミン四酢酸
エチレンジアミン四酢酸は通称EDTA 又はエデト酸と呼ばれるキレート剤であり、特にカルシウムなどの二価イオンと強く結合して錯体を形成する特徴をもちます。重金属の錯化除去を目的として繊維パルプや医薬食品など工業的に広く用いられている他、カルシウムの除去や酵素の不活化を目的として生物学分野で用いられています。本研究ではアルギン酸カルシウム層(※3)中のカルシウムの除去することで、層の溶解と薄膜の遊離化を行うために用いられています。
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