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2020年3月 9日

日本電信電話株式会社

世界初、モード多重光信号の太平洋横断級長距離伝送実験に成功
~5GやIoTサービス普及を実現する長距離大容量通信ネットワーク技術として期待~

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:澤田純、以下NTT)は、光ファイバを伝搬する複数の空間モードを利用した、世界初の太平洋横断級長距離光伝送実験に成功しました。
 近年、次世代光通信システムを実現する基盤技術として、空間分割多重技術の研究開発が進められています。その有望な一形態であるモード多重光伝送技術では、光ファイバ内の複数の空間モードに信号を多重して送ることができるため多重度の分だけ伝送容量の向上が期待できます。その一方、長距離伝送時には距離に応じて増加する信号波形の歪みが顕在化し、モード多重光伝送の長距離化を実現する上でボトルネックとなっていました。
 このたび、上記課題を解決しモード多重光信号の大幅な長距離伝送を可能にする伝送技術(巡回モード群置換)を新たに研究開発しました。本技術の適用により、既存のファイバの伝送容量を最大6倍に拡大可能な大容量長距離光通信システムの実現可能性を示すとともに、多重度を柔軟に制御することで、9000kmを超える太平洋横断級の長距離伝送が可能であることを世界に先駆けて実証しました。今後、本技術の応用検討を進めると同時に、関連技術分野と連携し、NTTが提唱するIOWN構想※1を支える大容量光伝送基盤の実現に貢献していきます。
 今回の成果は、米国カリフォルニア州サンディエゴで開催される光通信技術に関する国際会議(OFC2020)において、伝送部門の平均スコアが最も高かったトップスコア論文として採択され3月12日(現地時間)に発表します。

研究の背景

5Gサービスの開始やIoT(Internet of Things)デバイスの普及に伴い、通信需要は継続して増えており、情報通信インフラを支える既存のシングルモード光ファイバ(SMF)を用いた光通信システムが提供できる伝送容量の限界が近年見えつつあります。キャパシティクランチ※2と呼ばれるこの伝送容量の危機を回避するために、次世代の光通信システムを実現する基盤技術として、空間分割多重技術が注目を集めています。空間分割多重技術は、光の通り道となるコアや空間モードを複数利用できる新しい光ファイバを伝送媒体とすることで伝送容量を飛躍的に向上することができると期待されています。

空間分割多重技術の一つの形態として研究開発が進められているマルチモード光ファイバの空間モードを利用するモード多重光伝送技術では、ファイバ設計パラメータの調整によって空間チャネルの数を増やすことができ、その分だけ伝送容量を高めることができます。その一方で、情報を載せる信号パルスの伝わる速度が光ファイバ内を伝搬中に空間モードごとに異なる性質(この現象をモード分散と呼びます)を持ち信号歪みが発生するため、受信側で信号パルスから正しい情報を取り出す際に、信号処理によってこの歪みを取り除く必要があります。モード分散の総量は距離に比例して累積し、信号処理の負荷を増大させるため、モード多重光伝送の長距離化を困難にする主な要因となっていました。

研究の成果

図1に、マルチモード光ファイバを用いた長距離伝送の動向と本成果の位置づけを示します。このたび、NTTは、モード多重光伝送におけるモード分散の累積を大幅に低減する巡回モード群置換技術の研究開発を行いました。本技術を用いることにより、これまで長距離化が困難であったモード多重光伝送において、3250kmにわたる世界最長の6モード多重光伝送実験の実証に成功しました(図1中の「本成果①」)。これは超長距離陸上伝送システムの距離に相当します。さらに、多重度を柔軟に制御可能な空間モードダイバーシティ光伝送と組み合わせ、9000kmを超える太平洋横断級のモード多重光信号伝送の長距離化が可能であることを世界に先駆けて初めて実証しました(図1中の「本成果②」)。  上記の両成果において、1空間モードあたりの周波数利用効率※3は3.0bit/s/Hzとなります。特に6モード多重伝送の場合、モード多重光信号としての周波数利用効率は18bit/s/Hzに達し、光ファイバ1本あたりの容量を既存のSMFと比較して6倍に拡大できる可能性を示しました。

図1 マルチモード光ファイバを用いた長距離伝送の動向、および本成果の位置づけ 図1 マルチモード光ファイバを用いた長距離伝送の動向、および本成果の位置づけ

技術のポイント

1.モード多重光伝送の長距離化を可能にする巡回モード群置換技術の提案

図2はモード多重光伝送システムにおける従来の課題と本技術による効果を示しています。モード多重光伝送では、異なるデータを各空間モードに多重(マッピング)することで従来のSMFを用いたシステムと比べて伝送容量の向上が期待できます。その一方で、各空間モードの光学的性質は異なることからモード多重光信号の伝送特性のばらつきが発生するため、このばらつきを抑えることがモード多重光伝送システムの実現に向けて重要な課題となります。そのばらつきの発生要因となる一例がモード分散現象です。この現象によって信号パルスの伝搬速度が空間モードごとに異なり、信号波形を歪ませるため、単一の空間モードのみを用いるSMFを用いたシステムと比べて受信時の信号処理の負荷は格段に大きくなります。このモード分散現象の影響は、伝送距離、および利用するモード数に応じて増大するため、モード多重光伝送の大容量化・長距離化においてのボトルネックとなっていました。
 そこで本研究では、各空間モードの光学的性質を加味した空間モードの入れ替えを順次行う巡回モード群置換技術を提案しました。本技術の適用により、空間モード間で発生していたモード多重光信号の伝送特性のばらつきが低減され、結果として長距離伝送が可能になります。また、本技術は光増幅中継器内部の一機能部として簡易に追加することができ、光増幅部と組み合わせて設計することでモード合分波器等の過剰な挿入損失についても回避することが可能となります。

図2 モード多重光伝送システムにおける従来の課題と本技術による効果 図2 モード多重光伝送システムにおける従来の課題と本技術による効果

図3に巡回モード群置換部の機能ブロック図を示します。巡回モード群置換技術では、まずモード多重光信号を一度、複数の基底モードの光信号に変換します。次に、これら複数の光信号を、変換前の光学的特性に応じてモード群としてグループ分けし、このモード群の単位で入れ替えを行います。最後に、これらの光信号を再びモード多重光信号へと変換を行います。この入れ替えは中継スパンごとに順次行われるため複数回の中継伝送後に信号パルスはあらゆる空間モードで搬送されることになります。またこの入れ替えによって光ファイバ伝搬中の空間モード間の結合が新たに発生するため、光信号の伝送特性のばらつきが低減されることが期待できます。

図3 巡回モード群置換部の機能ブロック図 図3 巡回モード群置換部の機能ブロック図

2.モード多重光信号の世界最長伝送

最大6つの空間モードを多重することができるモード多重光伝送の周回実験系を構築し、本技術をモード多重光伝送実験に適用し効果を検証しました。伝送路ファイバとして、グレーデッドインデックス型の屈折率分布を有し、モード分散係数70.5p秒/km(@1500nm)、損失係数>0.29dB/km(@1500nm)の6モード光ファイバを用い、10波長チャネルを多重したモード多重光伝送実験を行いました。巡回モード群置換技術を適用することにより、モード分散累積に起因する信号パルス拡がりの低減効果を確認することができました。特に1000km以上の距離を伝送した後には、従来伝送と比較して70%以上の信号パルス拡がりの低減効果が得られました。この結果は同時に、受信側の信号処理の規模を従来と比較して70%以上低減できる可能性を示唆します。また、3250km伝送後にすべての波長チャネルにおいて誤り訂正復号閾値を上回る良好な信号特性を確認しました。この結果により、既存のファイバの伝送容量を最大6倍に拡大可能な大容量長距離光通信システムの実現可能性を示したものと言えます。

また、本研究ではモード多重光伝送のさらなる長距離化を図るため、空間モードダイバーシティ光伝送を検討しました。図4に空間モードダイバーシティ光伝送のコンセプトを示します。N個の空間モードを用いるNモード多重伝送では、一般にN種類の異なるデータを多重することで、容量を最大でN倍に拡大できます。一方、空間モードダイバーシティ光伝送では、N以下のデータ数で柔軟に多重度を制御しダイバーシティ利得を得ることで、同じ光ファイバを用いながら信号伝送距離をさらに延ばすことが可能になります。

図4 空間モードダイバーシティ光伝送の諸元 図4 空間モードダイバーシティ光伝送の諸元

本研究では、空間モードダイバーシティ光伝送を用いることで、伝送路として同じ6モード光ファイバを用いながら、6多重(1波長チャネルあたり225Gbit/秒)、3多重(1波長チャネルあたり113Gbit/秒)、2多重(1波長チャネルあたり75Gbit/秒)の3通りの多重度を変えた光信号伝送の評価を行いました。空間モードダイバーシティ光伝送を用いて多重度を柔軟に設計することによりモード多重光伝送の飛躍的な長距離化が可能になり、それぞれ4000km、6600km、9000kmのモード多重長距離光伝送を達成しました。特に9000kmにわたるモード多重光伝送実証の成功により、太平洋横断級のモード多重長距離光伝送が可能であることを世界に先駆けて実証しました。

今後の展開

本成果の技術詳細は国際会議OFC2020の伝送部門におけるトップスコア論文として、現地時間3月12日に発表します。またNTTでは、光ケーブル構造の最適化により空間モード特性の制御性を世界で初めて実証しており、同じ国際会議の光ファイバ部門におけるトップスコア論文として、現地時間の3月9日に発表します※4。  今後、今回実現した技術の応用検討を進めるとともに、線路技術や光増幅技術などの光通信システムを構成する上で重要となる関連技術分野と連携し、NTTが提唱するIOWN構想を支える大容量光伝送基盤の実現に貢献していきます。

用語解説

※1IOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)
スマートな世界を実現する最先端の光関連技術および情報処理技術を活用した未来のコミュニケーション基盤。

※2キャパシティクランチ
通信需要が光通信システムの提供できる容量の物理的限界を上回る事象を指します。SMFを用いた長距離光通信システムの場合、この限界値は光ファイバ1本あたり概ね毎秒100Tbit程度と見積もられています。

※3周波数利用効率
1Hzあたりの情報伝送の効率を表します。この周波数利用効率に信号帯域を乗じた値が、信号の正味の情報伝送速度となります。

※4世界初、光ケーブル構造により光ファイバ内の伝送特性を制御
https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/03/09/200309a.html

本件に関する問い合わせ先

日本電信電話株式会社

先端技術総合研究所 広報担当
TEL:046-240-5157
E-mail:science_coretech-pr-ml@hco.ntt.co.jp

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