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2021年11月 8日

日本電信電話株式会社
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学

超伝導量子コンピュータ向けの極低温環境での量子誤り訂正手法を開発
~大規模量子コンピュータ開発の鍵となる技術を世界で初めて実現~

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:澤田 純、以下「NTT」)と国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学(総長:松尾 清一、所在地:愛知県名古屋市千種区、以下「名古屋大学」)と国立大学法人東京大学(以下「東京大学」)は、超伝導量子コンピュータが駆動する極低温環境で、実用的な規模の量子コンピュータを制御するのに必要な水準の消費電力、実装規模、速度、誤り訂正の性能などを満たす量子誤り訂正の手法を世界で初めて開発しました。

1.背景・経緯

量子コンピュータは、量子力学の重ね合わせの原理を活用して計算を行う技術で、素因数分解や量子化学計算などの問題を高速に解けることが期待されているため、その開発が世界で盛んに進められています。
 古典コンピュータを構成する素子である(古典)ビットは0または1の値をとります。一方、量子コンピュータを構成する素子である量子ビット(※1)は0と1に加えて、0と1の連続的な重ね合わせ状態をとることができます。この重ね合わせ状態を用いると、ビットの値が0の場合と1の場合の計算を同時に実行することができますが、量子ビットを観測するとその値は0または1に確定し、重ね合わせ状態が壊れてしまいます。
 量子ビットにはエラーが生じやすいため、量子コンピュータの計算を進めていくためにはそのエラーを訂正する必要があります。しかし、前述の量子ビットの性質により、通常の古典ビットのように量子ビットを直接観測してエラーの有無を調べることはできません。そこで、異なる役割を持つ複数の物理量子ビットを符号化して1つの論理量子ビットを構成する量子誤り訂正符号(※2)という枠組みが提案されています。代表的な量子誤り訂正符号の1つである表面符号(※3)は、図1のように規則正しく並んだデータ量子ビットと、観測用の補助量子ビットから構成されます。データ量子ビットは論理量子ビットの重ね合わせ状態を表すために用いられ、直接観測されることはありません。補助量子ビットの観測値は、隣接したデータ量子ビットに生じたエラーについてのヒントを与えてくれます。これらヒントから、実際にデータ量子ビットに生じているエラーの種類と箇所を特定することを復号と呼びます。

(図1)表面符号 (図1)表面符号

表面符号の復号処理はグラフのマッチング問題に帰着されることが知られています。すなわち、復号器と呼ばれるマッチング問題を解く古典コンピュータと量子ビットを組み合わせることで、誤り耐性量子コンピュータを構成できます。また、実際の量子コンピュータでは補助量子ビットの観測にもエラーが生じる場合があります。補助量子ビットの観測を複数回行い、得られた全ての観測値を元に復号処理を行うことで、観測エラーにも対処可能です。

量子ビットの実現方法はいくつか知られていますが、その中でも超伝導量子ビットは集積可能性と設計自由度が高く、量子コンピュータ素子の第一候補として有望視されています。超伝導量子ビットは極低温環境でのみ動作するという制約を持つため、極低温環境をつくりだす希釈冷凍機の中で動作するのが一般的です。一方、量子誤り訂正符号の復号器は一般に室温で動作します。そのため、量子ビットと復号器の間をつなぐ異なる温度環境間の膨大な配線がボトルネックとなり、超伝導量子コンピュータのスケーラビリティが制限されています(図2左側)。極低温環境で許容される消費電力は非常に小さいため、通常の復号器を極低温環境で動作させることは現実的ではありません。

(図2)超伝導誤り耐性量子コンピュータの構成(左:従来、右:提案手法) (図2)超伝導誤り耐性量子コンピュータの構成(左:従来、右:提案手法)

2.技術の概要

本研究グループは高速・低消費電力で動作する単一磁束量子(SFQ: Single Flux Quantum、※4)回路を用いて、極低温環境で動作可能な表面符号の復号器を設計しました。また、設計した復号器が十分高速に動作し、量子ビットにエラーが生じると即座に訂正を行うことでエラーの蓄積を防ぐオンライン復号を実行可能であることを示しました。この手法により異なる温度環境間の配線を減らし、量子コンピュータのスケーラビリティを飛躍的に向上できます(図2右側)。また、オンライン復号により量子ビットのエラー耐性も改善されます。こうした改善は、超伝導誤り耐性量子コンピュータ開発の進展に寄与すると期待されます。
 本研究では東京大学がアルゴリズムやチップ実装の設計や量子ビットとの配線の実現性に関する検討を行い、NTTは量子誤り訂正の理論面の整理や復号器の性能の評価に、名古屋大学はチップ実装および実装時の性能評価に貢献するという形で共同研究を行いました。

3.技術の特徴

本研究のアイデアの最も重要なポイントは、アルゴリズム・ハードウェアレベルの協調設計により、SFQ回路で復号器を構築した点にあります。SFQ回路を用いて大規模なランダムアクセスメモリを構築することは消費電力および回路面積の点からコストが高く、大規模なメモリを必要とする従来のグラフマッチングアルゴリズムを実行する復号器をSFQ回路で設計しても、希釈冷凍機内で動作可能なほど低消費電力・省面積となるとは限りません。そこで、表面符号の復号に必要な処理の局所性、およびSFQ回路の特性を考慮した分散処理方式のグラフマッチングアルゴリズムを考案し、それを実行する復号器を設計しました。設計した復号器は大規模なメモリを必要とせず、各補助量子ビットに対応するシンプルな処理ユニット同士が数ビットの信号をやりとりする構造になっており、低消費電力で動作可能で拡張性にも優れています。
 また、補助量子ビットの観測エラーが生じる場合の表面符号の復号については、補助量子ビットの観測を十分な回数行なった後に復号処理を行う「バッチ処理方式」が一般的でした。バッチ処理方式においては観測処理を繰り返している間に量子ビットのエラーに関する情報が蓄積し、量子コンピュータに追従した高速な復号処理が難しくなることが懸念されます。そこで本研究では、現実的な環境で動作可能な、補助量子ビットの観測と復号を同時に行う「オンライン処理方式」の復号方式と具体的な実装を初めて提案しました。超伝導量子コンピュータにおいて、補助量子ビットの観測処理は1マイクロ秒程度の間隔で繰り返されますが、我々の復号器は復号処理を1マイクロ秒以下で実行可能であり、オンライン処理に必要な高速性を備えていることを示しました。

4.今後の展開

本研究は量子ビットの誤り訂正を極低温環境で高速に行う手法を提案するもので、これにより超伝導量子コンピュータのスケーラビリティおよび量子ビットのエラー耐性を向上することができます(図2右側)。配線の複雑さや電力の問題を軽減しつつ、量子化学や機械学習などの実応用に利用できる規模の量子コンピュータを設計するかは、これまでの量子コンピュータを構築するうえで最大の課題でした。その中でも特に今回発表する誤り訂正の復号器は、量子コンピュータの規模の増大に対して複雑になっていくアルゴリズムを高速に処理するよう設計しなければならないため、量子コンピュータ全体の中でも設計が最も困難な個所の一つでした。従って、本成果は世界的に競争が激化している誤り耐性量子コンピュータ開発に大きく貢献することが期待されます。今後は本研究成果の設計を具体的にチップ実装することで、量子コンピュータの量子誤り訂正が実験的に可能であることを実証していく予定です。また、本成果の設計を土台として、表面符号により構成された論理量子ビットで演算する機構に対応できるよう拡張するなどの課題に取り組みます。こうした研究を基軸として、将来的な量子コンピュータを構成する核となる技術の基礎の確立を目指します。

本研究成果は、The 58th Design Automation Conference(DAC'21)にて、以下の論文タイトルと著者にて米国東部時間12月7日に発表されます。
論文タイトル:"QECOOL: On-Line Quantum Error Correction with a Superconducting Decoder for Surface Code"
著者:Yosuke Ueno, Masaaki Kondo, Masamitsu Tanaka, Yasunari Suzuki, Yutaka Tabuchi

用語解説

※1量子ビット
量子コンピュータを構成する基本要素です。通常のコンピュータのビットは0か1のどちらかの状態をとりますが、量子ビットは0と1の「重ね合わせ状態」をとることができます。重ね合わせ状態は量子力学特有の状態で、量子コンピュータはこの重ね合わせ状態を活用して高速な計算を実現しています。

※2量子誤り訂正符号
1つ1つの量子ビットにエラーが生じる場合、計算を長く続けるとそのエラーが積み重なり誤った計算結果が出力されてしまいます。これを防ぐためには量子ビットに生じたエラーを検出し、必要に応じてエラーを訂正する機構が必須です。量子誤り訂正符号はこれを実現するための方法の1つです。複数の物理量子ビットを組み合わせて1つの論理量子ビットの状態を冗長に表現することで、物理量子ビットにある程度のエラーが生じても論理ビットの状態を元の状態に復元できるようにします。複数量子ビットの情報を冗長な表現にうつすことを符号化、論理量子ビットの冗長な情報から元の状態を復元することを復号化と呼びます。

※3表面符号
代表的な量子誤り訂正符号の1種です。図2のように、論理量子ビットの状態を表すデータ量子ビットと観測用の補助量子ビットを格子状に規則正しく並べて論理量子ビットを構成します。同様の構造を繰り返し、格子のサイズを大きくすることで符号の冗長性を増し、エラー耐性を向上できるという拡張性も持っています。
表面符号において、各補助量子ビットの観測値は「隣接する高々4つのデータ量子ビットのうち奇数個にエラーが生じているかどうか」を表す1ビットの値です。各補助量子ビットの観測値からエラーの箇所を特定し、エラーを訂正することで論理量子ビットを元の状態に復元、すなわち復号する処理は、グラフのマッチング問題に帰着できることが知られています。実際の量子コンピュータにおいては、補助量子ビットの観測にもエラーが生じる可能性があります。そのような場合でも、補助量子ビットの観測を十分な回数行い、得られた観測値の時系列に対してグラフのマッチング問題を解くことで復号が可能です。

※4単一磁束量子(SFQ: Single Flux Quantum)回路
超伝導素子を用いて通常のビットに基づく計算を行う論理回路の1種です。図3のように超伝導体で構成されたリングの中を通る磁束は量子化されるという性質があります。そこで、量子化された磁束の有無をビットの0/1に割り当てることで情報処理を行う、というのがSFQ回路の動作原理です。CMOS(通常のコンピュータで用いられている半導体)回路と異なり、ビットの表現に電荷の充放電現象を伴わないため、CMOS回路に比べて高速かつ低消費電力で動作します。超伝導現象を利用して動作するため、超伝導量子ビットと同様に極低温環境でのみ動作するという物理的な制約を持っています。

(図3)単一磁束量子(SFQ)回路 (図3)単一磁束量子(SFQ)回路

本件に関する報道機関からのお問い合わせ先

日本電信電話株式会社
サービスイノベーション総合研究所
企画部広報担当
randd-ml@hco.ntt.co.jp

東海国立大学機構 名古屋大学
管理部総務課広報室
nu_research@adm.nagoya-u.ac.jp

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