2021年12月 8日
日本電信電話株式会社
日本電信電話株式会社(NTT)とCEA-Saclay、国立研究開発法人物質・材料研究機構は共同で、世界で初めてグラフェン量子ホール状態※1におけるスピン波発生過程を明らかにし、スピン波の電気的制御に関する知見を得ることに成功しました。スピン波とは磁性体中をスピンの揺れが伝播してく現象であり(図1)、ジュール熱が発生しないため低消費電力デバイスへの応用が期待されています。スピン波を制御することでデバイス応用をめざした技術をマグノニクス(マグノン:スピン波を粒子としての性質も持つ量子として扱ったもの)と呼びます。グラフェン量子ホール状態は、不純物や結晶欠陥がほとんどなく、スピン完全偏極から完全非偏極まで電気的に制御可能(図2)であることから、マグノニクス実現に向けた理想的な研究プラットフォームとして注目を集めています。共同研究グループは電子波干渉計を用いることにより、グラフェン量子ホール状態におけるスピン波の強度および揺らぎの検出に成功しました。これにより、スピン波の基礎物性を調べるための手段が得られたことになります。この系で得られた知見を応用研究へフィードバックすることで、マグノニクスデバイス実現に大きな波及効果を及ぼします。また、スピン波発生過程や電気的制御に関する知見が得られたことで、マグノン量子デバイスやマグノニクス新原理デバイスの創出も期待されます。
本研究は、12月7日英国科学誌 Nature Physics にオンラインで掲載されます。
エレクトロニクスデバイスでは、通常、電子の流れ(電流)を制御することで情報処理などを行っています。しかし、デバイスの小型化に伴い金属配線や半導体素子の抵抗が増大し、それによる熱エネルギー損失の増大が問題となっています。スピンの流れ(スピン流)を利用することで新規機能を持たせたスピントロニクスデバイスも実現されているものの、その大半がスピンを持った電子の流れを利用しており、熱エネルギー損失の問題は依然として残っています。このような状況で注目されているのが、スピン波を利用したマグノニクスです。スピン波はスピンの揺れが伝播していく現象であり、絶縁体中を伝播可能な電流を伴わないスピン流のため、熱エネルギー損失の発生しない超低消費電力デバイスへの応用が期待されています。
マグノニクスの研究は、様々な物質で異なる機能が実現され、メリット・デメリットが議論されている段階であり、実際のデバイス応用までにはまだ多くのブレークスルーが必要です。グラフェン量子ホール状態は、格子欠陥や不純物が極めて少なくスピンが完全に揃った絶縁体であるという点でクリーンかつシンプルな系であり、さらにスピン状態を電気的に変化させることが可能なことから、スピン波の基本的な性質を調べる基礎研究の理想的なプラットフォームとして注目されています。
共同研究グループは、グラフェンp-n接合を利用して作製した電子波干渉計により、スピン波を高感度に検出し、スピン波発生過程やスピン波の電気的制御に関する知見を得ることに成功しました。p-n接合を有するグラフェンに磁場を印加すると、電流チャンネルはp-n接合を取り囲むように形成されます。この時、p-n接合の入口と出口が電子のビームスプリッタとして動作し、電子のマッハ・ツェンダー干渉計となります(図3)。この干渉計を通して測定される電流は、干渉計の面積の僅かな変化に対して敏感に反応するという特徴があります(長さ1 μmの干渉計の幅が0.1 nm変化すると電流値は70%程度変化する)。実験はまず、スピンが完全に一方向に揃ったランダウ準位占有率※2ν = 1と呼ばれる状態に対して行いました。ν = 1状態に電子-正孔ペアを伴ったスピン波を生成し、それが干渉計に衝突することで起こる干渉計の面積変化を測定することでスピン波の特性を調べました。その結果、スピン波は1個ずつランダムに生成されていることを明らかにしました(図4)。これは、スピン波が単なる波ではなく粒子としての性質も持つ量子(マグノン)であることの証拠です。また、電子密度を調整することでスピンをν = 1状態から変化させると、スピン波のエネルギーが変化する様子を観測しました(図5)。これは、スピン波の電気的制御※3が可能であるということを示しています。
グラフェン量子ホール状態というクリーンでシンプルな系におけるスピン波物性研究のツールを与える本成果は、スピン波の理解・制御に向けた大きなステップです。スピン波物性研究の成果を、デバイス応用研究へフィードバックすることにより、マグノニクスの発展に寄与します。また、スピン波のマグノンとしての性質や電気的制御に関する知見が得られたことで、マグノンを使った量子情報伝送やスピン波の屈折などを制御するマグノニクス新原理デバイスへの創出も期待されます。
グラフェンと六方晶窒化ホウ素、金属電極を積層し、微細加工することでp-n接合および電気測定用電極を作製しました(図6)。特に、p-n接合の入口と出口に作製した微小なゲート電極の電圧を制御することで、ビームスプリッタの透過/反射率を制御し、電子波干渉計のスピン波検出感度が最大となるように調整しました。
グラフェン量子ホール状態というクリーンかつシンプルな系でのスピン波研究が可能となったことで、スピン波の速度や減衰メカニズムなどスピン波の基本的性質を明らかにできると考えています。また、マグノンの生成を制御することで、マグノンによる量子情報の伝送等への応用が期待されます。
掲載誌: | Nature Physics |
論文タイトル: | "Unveiling excitonic properties of magnons in a quantum Hall ferromagnet" |
著者: | A. Assouline, M. Jo, P. Brasseur, K. Watanabe, T. Taniguchi, T.Jolicoeur, D.C. Glattli, N. Kumada, P. Roche, F.D. Parmentier and P. Roulleau |
1.量子ホール状態
二次元電子系に低温で垂直に強い磁場を印加することで、ホール伝導度がe2/hを単位とする整数値(整数量子ホール効果)、または分数値(分数量子ホール効果)に量子化した電子状態(hはプランク定数)。二次元内部は絶縁化し、電流は試料端に沿って一方向へ流れる。
2.ランダウ準位占有率
磁場(磁束密度)に対する電子密度の比。電子と磁束量子の数が等しいときがν = 1であり、スピンは一方向に揃っている。電子の数が磁束量子の2倍のときν = 2となり、スピンは完全非偏極となる。
3.スピン波の電気的制御
スピン波のエネルギーが電子密度と共に変化することが示されたが、これはスピン波の分散関係が変化していることに対応している。分散関係を制御することにより、屈折や伝播速度を制御可能であり、スピン波の導波路やスイッチ、モジュレータ等への応用が期待される。
研究概略図:グラフェンp-n接合に沿って形成された電子波干渉計によるスピン波の検出
図1:スピン波の概念図。局在したスピンの揺れが波のように伝播していく。
図2:グラフェン量子ホール状態。(左)ν = 1量子ホール状態では、スピンが完全に一方向に揃った絶縁体となる。(右)電子密度を変えることで、スピン偏極状態から非偏極状態まで変化させることができる。
図3:(左)光のマッハ・ツェンダー干渉計。試料を通過する際の位相の変化により、透過してくる光の強度が変化する。(右)グラフェンp-n接合を利用した電子のマッハ・ツェンダー干渉計。干渉計を貫く磁束量子の数により、透過してくる電流の大きさが変化する。そのため、磁場および干渉計の面積変化を高感度に検出可能。
図4:(上)実験セットアップ概略図。金属電極(黄色)に電圧VEを印加することでスピン波を生成。干渉計を透過した電流を測定することでスピン波を検出する。(左下)電子波干渉計の透過電流。印加電圧VEがスピン波を励起するための最低電圧EZ/eを超えた時、干渉パターンが変化している。(右下)位相、および干渉強度のVE依存性。干渉強度が印加電圧に対して指数関数的に減少するというポアソン分布の特徴を示している。ポアソン分布は離散的な事象がランダムに起こるときに現れる確率分布であり、スピン波が粒子のように1個ずつランダムに生成されていることを示している。
図5:電子密度を変えた時の干渉強度の変化。電子密度を下げると干渉強度が変化し始める電圧が減少している。これはスピン波のエネルギーが減少していることに対応している。
図6:(左)測定に用いた試料の顕微鏡写真。六方晶窒化ホウ素(hBN)に挟まれたグラフェンに多数の金属電極が取り付けられている。(右)試料の断面図。グラフェン、hBN、金属電極が積層された構造となっている。
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