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2022年4月 1日

慶應義塾大学
日本電信電話株式会社
名古屋大学
理化学研究所

論理量子ビット間での演算を可能にする極低温環境での量子誤り訂正手法を世界で初めて開発
~大規模量子コンピュータの実用化に向け大きく前進~

慶應義塾大学(東京都港区、塾長:伊藤 公平)、日本電信電話株式会社(東京都千代田区、代表取締役社長:澤田 純)、国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学(愛知県名古屋市、総長:松尾 清一)、国立研究開発法人理化学研究所(埼玉県和光市、理事長:五神 真)は、超伝導量子コンピュータが駆動する極低温環境で、実用的な規模の量子コンピュータを制御するのに必要な水準の消費電力、実装規模、速度、誤り訂正の性能などを満たしつつ、単一の論理量子ビットのみならず、相互作用する複数の論理量子ビットを復号する量子誤り訂正アルゴリズムを世界で初めて開発しました。本研究の成果により超伝導量子コンピュータのスケーラビリティおよび量子ビットのエラー耐性を向上でき、誤り耐性量子コンピュータの開発の進展に寄与することが期待されます。
 本研究成果は2022年4月2日から開催されるThe 28th IEEE International Symposium on High-Performance Computer Architecture (HPCA-28)で発表予定です。

1.本研究のポイント

  • 単一の論理量子ビットのみならず、相互作用する複数の論理量子ビットを復号する量子誤り訂正アルゴリズムを提案し、誤り耐性を持つ論理演算を可能としました。
  • 提案したアルゴリズムに基づく復号器を高速・低消費電力で動作する超伝導回路で実装しました。これにより、許容される消費電力の小さい極低温環境で動作し、論理ビット同士の演算を保護する量子誤り訂正手法を実現しました。
  • 本研究は誤り耐性量子コンピュータの開発の進展に寄与することが期待されます。

2.研究背景

量子コンピュータは、量子力学の重ね合わせの原理を活用して計算を行う技術で、素因数分解や量子化学計算などの問題を高速に解けることが期待されているため、その開発が世界で盛んに進められています。量子コンピュータにおいて、計算を行う素子である量子ビット(※1)にはエラーが生じやすく、そのエラーを訂正するために、図1左側に示すように複数の物理量子ビットを符号化して1つの論理量子ビットを構成する量子誤り訂正符号(※2)という枠組みが提案されています。代表的な量子誤り訂正符号の1つである表面符号(※3)は、規則正しく並んだデータ量子ビットと、観測用の補助量子ビットから構成されます(図1左側)。表面符号の復号処理はグラフのマッチング問題(※4)に帰着します。すなわち、復号器と呼ばれるマッチング問題を解く古典コンピュータと量子ビットを組み合わせることで、誤り耐性量子コンピュータを構成できます。また、実際の量子コンピュータにおいては、補助量子ビットの観測にもエラーが生じる可能性があります。そのような場合でも、補助量子ビットの観測を十分な回数行い、得られた観測値を時間方向に積み上げて構築された3次元格子上でグラフのマッチング問題を解くことで復号が可能です(図1右側)。

  • (図1) 左:表面符号

  • (図1) 右:表面符号の観測値を時間方向に積み上げた3次元格子

  • (図1) 左:表面符号 右:表面符号の観測値を時間方向に積み上げた3次元格子

表面符号で保護された論理量子ビットを用いて量子計算を行う手法として、格子手術(※5)という枠組みが提案されています。格子手術は表面符号で符号化された複数の論理量子ビットを結合・分離することで論理量子ビット同士の計算を行う手法で、この操作は任意の量子計算を実現する上で最も重要な操作の一つであることが知られています。格子手術を行う際の復号処理は、論理量子ビットの結合・分離により論理量子ビットの境界が動的に変化する複雑なグラフのマッチング問題を解くことに相当します(図2)。これまでの復号手法の多くは、単一の論理量子ビットの復号のみを対象としており、格子手術を用いた論理量子ビット同士の演算の誤り訂正を行うことはできませんでした。

(図2)格子手術により演算を行う際にマッチング問題を解く格子の形状 (図2)格子手術により演算を行う際にマッチング問題を解く格子の形状

3.研究内容・成果

本研究では、量子ビットのエラーの発生に追従してリアルタイムでエラーの推定を行うことでエラーの蓄積を防ぐ「オンライン復号」という以前に本グループが提唱した復号方式[1]に基づく、格子手術に対応可能な復号アルゴリズムを提案しました。これにより、論理量子ビット間で量子演算を行っている最中に生じるエラーを高速に訂正できると期待されます。
 また、集積可能性と設計自由度の高さから量子コンピュータ素子として有望な超伝導量子ビットは、極低温環境でのみ動作するため、極低温環境をつくりだす希釈冷凍機の中に設置されることが一般的です。その一方復号器は、一般に極低温環境で許容されるだけ消費電力を小さくすることができず、室温で動作します。そのため、それらをつなぐ室温-極低温間の膨大な配線が、超伝導量子コンピュータのスケーラビリティを制限していました(図3左側)。
 本研究では単一磁束量子(SFQ: Single Flux Quantum、※6)回路という高速・低消費電力で動作する超伝導回路を用いて、極低温環境で動作する、前述の提案アルゴリズムに基づく復号器を設計しました。これにより、量子コンピュータの有用性およびスケーラビリティを飛躍的に向上できます(図3右側)。さらに、本研究グループの復号器は復号処理を1マイクロ秒以下で実行可能であり、エラーの有無を調べるための観測処理と復号処理とを同時に行えるだけの高速性を備えていることも示しました。こうした改善は、超伝導誤り耐性量子コンピュータ開発の進展に寄与すると期待されます[2]。

(図3)超伝導誤り耐性量子コンピュータの構成(左:従来、右:提案手法) (図3)超伝導誤り耐性量子コンピュータの構成(左:従来、右:提案手法)

4.今後の展開

本研究は論理演算を行う複数の論理量子ビットの誤り訂正を極低温環境で高速に行う手法を提案するもので、それにより超伝導量子コンピュータのスケーラビリティおよび量子ビットのエラー耐性を向上することができます。また、本研究が世界中で盛んに行われている誤り耐性量子コンピュータの開発に大きく貢献することが期待されます。

<謝辞>

本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(課題番号JPMJMI17E1)、JST戦略的創造研究推進事業CREST(課題番号JPMJCR18K1)、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ(課題番号JPMJPR1916)、JST戦略的創造研究推進事業ERATO(課題番号JPMJER1601)、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(課題番号JPMXS0120319794, JPMXS0118068682)、JST ムーンショット型研究開発事業(課題番号JPMJMS2061)、およびANRI基礎科学スカラーシップの助成を受けたものです。

<参考文献>

[1]Yosuke Ueno, Masaaki Kondo, Masamitsu Tanaka, Yasunari Suzuki, Yutaka Tabuchi, "QECOOL: On-Line Quantum Error Correction with a Superconducting Decoder for Surface Code", The 58th Design Automation Conference(DAC'21), 2021.

[2]プレスリリース「超伝導量子コンピュータ向けの極低温環境での量子誤り訂正手法を開発~大規模量子コンピュータ開発の鍵となる技術を世界で初めて実現~」(2021年11月8日)
https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/11/08/211108b.html

<原論文情報>

Yosuke Ueno, Masaaki Kondo, Masamitsu Tanaka, Yasunari Suzuki, Yutaka Tabuchi, "QULATS: Quantum Error Correction Methodology toward Lattice Surgery", The 28th IEEE International Symposium on High-Performance Computer Architecture (HPCA), 2022.
doi:(未定)

<用語説明>

※1:量子ビット
量子コンピュータを構成する基本要素です。通常のコンピュータのビットは0か1のどちらかの状態をとりますが、量子ビットは0と1の「重ね合わせ状態」をとることができます。重ね合わせ状態は量子力学特有の状態で、量子コンピュータはこの重ね合わせ状態を活用して高速な計算を実現しています。

※2:量子誤り訂正符号
1つ1つの量子ビットにエラーが生じる場合、計算を長く続けるとそのエラーが積み重なり誤った計算結果が出力されてしまいます。これを防ぐためには量子ビットに生じたエラーを検出し、必要に応じてエラーを訂正する機構が必須です。量子誤り訂正符号はこれを実現するための方法の1つであり、複数の物理量子ビットを組み合わせて1つの論理量子ビットの状態を冗長に表現することで、物理量子ビットにある程度のエラーが生じても論理ビットの状態を元の状態に復元できるようにします。複数量子ビットの情報を冗長な表現にうつすことを符号化、論理量子ビットの冗長な情報から元の状態を復元することを復号化と呼びます。

※3:表面符号
図1左側のように、論理量子ビットの状態を表すデータ量子ビットと観測用の補助量子ビットを格子状に規則正しく並べて論理量子ビットを構成します。同様の構造を繰り返し、格子のサイズを大きくすることで符号の冗長性を増し、エラー耐性を向上できるという拡張性も持っています。
表面符号において、各補助量子ビットの観測値は「隣接する3〜4つのデータ量子ビットのうち奇数個にエラーが生じているかどうか」(パリティ)を表す1ビットの値です。各補助量子ビットの観測値からエラーの箇所を特定し、エラーを訂正することで論理量子ビットを元の状態に復元、すなわち復号する処理は、グラフのマッチング問題に帰着できることが知られています。

※4:グラフのマッチング問題
グラフとは頂点と頂点間の接続関係を表す辺で構成されるデータ構造であり、グラフのマッチングとは、頂点を共有しない辺の集合のことを言います。グラフの全ての頂点を覆うようなマッチングのことを完全マッチングと呼び、あるグラフについて完全マッチングを求めることをマッチング問題を解くと言います。また、各辺に重み(コスト)が付いているグラフを重み付きグラフと呼び、その上でマッチング問題を考えることができます。特に、含まれる辺の重みの合計を最小にするような完全マッチングを求める問題を最小重み完全マッチング問題(Minimum weight perfect matching: MWPM)と呼びます。MWPMを解くことは、全体のコストを最小にするような重複のない頂点のペアを見つけることに相当します。 表面符号においては、補助量子ビットの観測により連続したエラーの端点の候補の位置がわかります。それらを頂点とし、各頂点間の距離を重みとする辺を持つグラフを考えると、そのグラフの上でMWPMを解くことは、距離の合計が最小になるようにエラーの端点の候補同士を重複なく結ぶことに相当します。これにより、短いエラーが発生しているという想定のもとで、生じているエラーの位置を推定する、すなわち復号することができます。

※5:格子手術
表面符号で符号化された論理量子ビット同士の演算を行う手法の一種です。計算の途中に動的に補助量子ビットのパリティ検査の対象を切り替えて複数の表面符号を結合・分離し、それにより所望の論理演算を実現します。例えば、図2のように隣り合う2つの表面符号の格子手術を考える場合、ある時刻から2つの表面符号に挟まれた位置にある補助量子ビットの観測を行うことで2つの表面符号を1つの横長の表面符号へと結合します。その後、挟まれた位置の補助量子ビットの観測をやめることで元の2つの表面符号へと分離します。この場合、得られる補助量子ビットの観測値を図1右側と同様に時間方向に積み上げると太字のHのような形の格子が得られ、この上でマッチング問題を解くことで格子手術の復号ができます。隣り合う2つの表面符号の結合・分離を合計2回行うことで論理量子ビット同士のCNOT演算が実現可能であることが知られています。

※6:単一磁束量子(SFQ: Single Flux Quantum)回路
量子力学特有の重ね合わせ状態を用いる量子コンピュータとは異なり、従来のコンピュータと同様に、0と1を用いた通常のデジタル計算を、超伝導素子を用いて実現する回路です。超伝導体で構成されたリングの中を通る磁束は量子化されるという性質があります。そこで、量子化された磁束の有無をビットの0/1に割り当てることで情報処理を行う、というのがSFQ回路の動作原理です。CMOS(通常のコンピュータで用いられている半導体)回路と異なり、ビットの表現に電荷の充放電現象を伴わないため、CMOS回路に比べて高速かつ低消費電力で動作します。超伝導現象を利用して動作するため、超伝導量子ビットと同様に極低温環境で動作し、消費電力も十分小さいので量子計算における信号処理に適しています。

研究内容についてのお問い合わせ先

慶應義塾大学 理工学部 情報工学科
教授 近藤 正章(こんどう まさあき)
https://www.acsl.ics.keio.ac.jp/当該ページを別ウィンドウで開きます

本件に関する報道機関からのお問い合わせ先

慶應義塾 広報室(澤野)
TEL:03-5427-1541
FAX:03-5441-7640
Email:m-pr@adst.keio.ac.jp
https://www.keio.ac.jp/当該ページを別ウィンドウで開きます

日本電信電話株式会社
サービスイノベーション総合研究所
企画部広報担当
Email:randd-ml@hco.ntt.co.jp

国立大学法人東海国立大学機構
名古屋大学管理部総務課広報室
TEL:052-789-3058
FAX:052-789-2019
Email:nu_research@adm.nagoya-u.ac.jp
https://www.nagoya-u.ac.jp/当該ページを別ウィンドウで開きます

理化学研究所 広報室
E-mail:ex-press@riken.jp

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