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2022年11月 3日

日本電信電話株式会社

世界初、光で液体の特性や液中の粒子を超高感度に検出する技術を実現
~液体中の所望の位置で計測できる化学・バイオセンサやレオロジー応用に期待~

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田明、以下「NTT」)は、液体中の所望の位置で粒子や粘性を計測できる光ファイバを用いた超高感度センシング技術を実現しました。
 液体の粘性や液中物質を高感度に検出・評価する技術の開発は、医療・材料応用に加え、レオロジー(※1)やバイオロジーといった幅広い分野において重要です。特に、機械振動子(※2)を用いたセンシング技術は、センサを直接液体に挿入して計測・評価できる簡便な技術として注目されます。これまで、直径1センチメートル程度の水晶振動子センサを用いた電気計測(※3)が広く用いられていますが、検出感度と空間分解能を抜本的に改善できる新しいセンシング技術の開発が期待されていました。
 本研究では、微細なガラス線から作製した髪の毛サイズの機械振動子を用いて、液体の特性や液中粒子の質量を超高感度に計測できる空間分解能の高いセンシング技術を実現しました。光ファイバによる読み取りを可能とするこの新しいセンシング技術は、液体中の所望の位置での高感度な分子検出や、不均一溶液の特性評価など、従来手法では困難な応用展開を可能とするIoTセンサへの応用が期待されます。
 本成果は、米国の科学誌「Science Advances」(米国東部時間11月2日付)に掲載されました。なお、本研究の一部は独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成金の助成を受けて行われました。

図1:作製したセンサ素子の模式図(左)、光学顕微鏡像(中)、液中での機械振動特性(右)。顕微鏡像は2つのボトルを見やすくするため緑と黄に色付けしてある。 図1:作製したセンサ素子の模式図(左)、光学顕微鏡像(中)、液中での機械振動特性(右)。顕微鏡像は2つのボトルを見やすくするため緑と黄に色付けしてある。

1.背景と成果の概要

液体中での高感度な計測を可能とするセンサの開発はバイオテクノロジーやナノテクノロジーなど幅広い分野において重要です。例えば、生体分子を高感度に検出することのできるセンサの開発は、バイオチップ(※4)を用いた高精度な医療診断応用に繋がります。また、液体の局所的な密度や粘性を測定することのできるセンサの開発は、液中における複雑な拡散・凝集過程の観測や機能性流体(※5)の創出など、物理現象の解明や新規材料の開発に繋がります。
 従来、液体に直接挿入できる簡便なセンサとして、水晶振動子センサが知られています。水晶振動子が液体に浸ると、液体の密度や粘性の影響を受けて振動特性が変化します。また、粒子などの物体が付着した場合も振動特性が変化します。従って、振動特性の計測により液中の情報を読み取ることができます。これまで、直径1センチメートル程度の水晶振動子を用いた電気計測手法が広く使われていますが、空間分解能と検出感度の抜本的な改善が課題として挙げられていました。
 本研究では、従来のセンサよりも断面サイズが100分の1ほど小さなガラス細線からなる機械振動子を用いて、液体の特性や液中粒子の質量を超高感度に計測できる空間分解能の高いセンシング技術を実現しました。本技術は、光ファイバを用いて機械振動子の微小振動を検出するオプトメカニカル手法に基づいており、NTTがこれまで培ってきた光技術と機械振動の極限検出技術を組み合わせることにより、今回初めて実現しました。

2.実験の概要

2.1 センサ素子の構造・特性

今回作製したセンサ素子は、2つのボトルが連結した形のガラス素子(※6)から構成されます(図1左、図1中)。各ボトルの長さは720ミクロン、最大径は125ミクロン、連結部の直径は115ミクロンです。2つのボトルの機械共振(膨張・収縮運動)は連結部を介して互いに結合しています。上方ボトルに光ファイバを近接させることにより、上方ボトルを周回する光共振を励起できます。この光共振と上方ボトルの機械共振は空間的に重なるため、機械振動を光で読み取ることが可能となります。また、上方ボトルと下方ボトルの機械振動は結合しているため、下方ボトルの機械振動も上方ボトルの光共振を介して光ファイバで読み取ることができます。この連結ボトル構造を下方ボトルのみ液体に浸すことにより、光を液体にさらすことなく液中の情報を高感度に検出することが可能となります。測定では、下方ボトルの振動が支配的な低周波モードと上方ボトルの振動が支配的な高周波モードが観測されます(図1右)。

2.2 特性評価

図2:シグナルノイズ比に対する振動周波数の揺らぎ量と質量検出感度の関係 図2:シグナルノイズ比に対する振動周波数の揺らぎ量と質量検出感度の関係

今回作製したセンサ素子で粒子(質量)を検出する場合、質量の検出限界は振動周波数の揺らぎ量によって決まります。すなわち、周波数揺らぎが小さいほど、小さな質量まで検出することができます。この周波数揺らぎは振動測定のシグナルノイズ(SN)比に依存するため、機械振動を強く励振してSN比を稼ぐほど、検出感度は向上します。実験では波長の異なる2種類の光をファイバに導入し、一方の光で振動を励振し、もう一方の光で振動を検出することにより、SN比と周波数揺らぎ量の関係を調べました(図2)。SN比が大きくなると周波数揺らぎ量が減少し、より小さな質量(7.6 x 10-12g)まで検出できることが分かります。この検出感度は、従来の水晶振動子センサよりも3桁程度良い値であり、単一のバクテリアを検知できるレベルに相当します。
 更に、水と油が相分離した液体での実験により、所望の位置における液体の特性を評価できることを確認しました(図3)。水と油の密度と粘性の違いを反映した変化が見られています。

図3:水と油に相分離した液体(左)と其々のドメインにおける低周波モードの周波数シフト(中)と線幅変化(右)。プロットは実験値、点線は理論フィット。 図3:水と油に相分離した液体(左)と其々のドメインにおける低周波モードの周波数シフト(中)と線幅変化(右)。プロットは実験値、点線は理論フィット。

3.技術のポイント

光を用いた高感度な計測を可能とするために本実験で用いた技術のポイントは、以下の2点となります。

(1)液体への光の染み出しを回避する工夫

今回作製したセンサ素子では、ボトル間の連結部分をサイズ調整することにより、光が一方の(空気中の)ボトルに閉じ込もり、液中には染み出さない構造を取っています。2つのボトルの機械振動は相互作用しているため、空気中のボトルの機械振動を光で読み取ることにより、液中ボトルの振動を検出することができます。これにより、光学特性の劣化を回避した高感度な計測が可能となります。

(2)ボトルへの強い光閉じ込めの実現

光閉じ込めの指標は光共振周波数を半値幅で割った値(=Q値)として与えられます。今回のセンサ素子における光学Q値は1.65 x 107であり、一般的な光共振器と比べて高い値が実現しています。一方、機械共振についても、Q値が高いほど小さな振動を容易にとらえることが可能となります。今回のセンサ素子の大気中における機械Q値は2.8 x 103であり、一般的な振動子と比べて高い値が実現しています。

4.今後の展開

今回実現したセンシング技術は、液体中の所望の位置での高感度分子検出、不均一溶液の濃度分布マッピング、ゲルなどの複雑液体における局所粘性評価など、従来センサでは困難な応用展開を可能とする新しい技術として期待されます。また、液体に挿入するボトルの表面を金属や自己組織化膜でコーティングすることが可能ですので、特定のウイルスや生体分子を選択的に検出するなど、バイオセンサとしての利用が期待できます。さらには、通信波長帯の光ファイバを用いた検出が可能ですので、IoTセンサとしての応用が期待されます。

論文情報

"Free-access optomechanical liquid probes using a twin-microbottle resonator",
Motoki Asano, Hiroshi Yamaguchi, and Hajime Okamoto, Science Advances 8, eabq2502 (2022).

用語解説

※1レオロジー
物質の変形と流動を扱う科学の総称であり、物質に力が作用したときにその物質がどのように変形したり、どのように動いたりするのかを明らかにする学問のことを指します。固体と流体の両方の性質を併せ持つような物質で研究されることが多くあります。例えば、ゴムやハチミツ、血液や生体組織など、対象とする系は幅広く存在します。

※2機械振動子
弾性変形によって機械的な周期振動を生じる構造を指します。ギターの弦や太鼓の膜も機械振動子の一種です。周期振動(共振)の周波数は材質や構造に依存しますが、測定環境にも影響されます。

※3水晶振動子を用いた電気計測手法
板状の水晶薄膜を電極で挟んだ構成を取ることにより、水晶板の水平方向ずり振動を電気的に励起・検出することができます。この振動子を液体に挿入すると、粒子の付着や液体の特性に応じて、ずり振動の周波数が変化します。この周波数変化を電気的に検出することにより、液中での計測が可能となります。

※4バイオチップ
タンパク質やDNAなどの生体分子をチップ上に固定したものであり、チップ上の生体分子と選択的に相互作用する分子などを検出するためのものを指します。

※5機能性流体
外部刺激や電界、磁界、光、などにより、特定の性質や機能が創出される流体を総称して呼びます。代表的なものとして、磁性流体や液晶などが挙げられます。

※62つのボトルが連結した形のガラス素子
ガラス細線を微細加工することにより、図1に示すような上下がくびれたボトル形状の構造を作製することができます。このような構造では、ボトルが動径方向に伸縮運動する機械共振が現れます。また、ボトルの側壁に沿って光が周回する光共振も現れます。ボトルの機械共振と光共振は空間的な重なりによって相互作用するため、光による振動の検出や励振が可能となります。このようなボトル構造を2つ連結させたものを用意することにより、2つのボトルの連動した機械振動を1つのボトルの光共振を用いて検出することが可能となります。

本件に関する報道機関からのお問い合わせ先

日本電信電話株式会社
先端技術総合研究所 広報担当
nttrd-pr@ml.ntt.com

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