2023年5月20日
日本電信電話株式会社
有限会社ダンディライアン
日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と、有限会社ダンディライアン(以下、ダンディライアン)は、サーキットを高速周回中のレーサーの瞬目が極めて再現性高くコース上の特定位置で生じることを世界で初めて発見しました。そしてこの瞬目パターンの背後にドライバーの生理学的要因と運転行動に伴う認知状態変化が関与していることを明らかにしました。
これは、自然行動中の瞬目パターンがヒトの認知状態変化を読み取るための重要な生体指標になることを示しており、ヒトのデジタルツイン(※2)構築に向けた個人の内面のデジタル表現や高度なスキルの伝承などに貢献します。
なお、本研究はダンディライアンが運営するカーレーシングチーム「DOCOMO TEAM DANDELION RACING」(※1)の協力の元、実際にサーキットを高速周回するドライバーの瞬目を直接観測することによって解明しました。
本研究の詳細は、米国東部時間2023年5月19日、米国科学誌「iScience」にオンラインで掲載されました。
NTTコミュニケーション科学基礎研究所では、誰しもが持てる力を存分に発揮できるような社会の実現に向けて、心身をコントロールする脳のメカニズムを深く理解するための研究を推進しています。トップアスリートが試合で発揮する卓越した技とメンタルは、格好の研究対象となります。しかし、その背後にある脳の働きは、アスリート自身がほとんど自覚できないため、それを捉えるには、パフォーマンスを実環境で多面的に観測し、科学的な分析を重ねる必要があります。そこで、レーシングチーム「DOCOMO TEAM DANDELION RACING」の協力のもと、全日本スーパーフォーミュラ選手権(※2)に参戦する3名のトップドライバーを対象に、フォーミュラカーでサーキットを実走行中の心身の状態を多面的に観測し、その高度なドライビングスキルの背後にある無自覚的な脳機能の一端に迫る研究を実施しました。
これまで、人が自動車を運転する時にどこを見ているかについては数多く研究されていますが、瞬目(まばたき)の存在は、考慮されないか、ランダムに発生していると考えられてきました。この無自覚的な瞬目は1分間に約20回発生し、1回につき約0.2秒の視覚情報を喪失するといわれています。つまり、視線を適切にコントロールしても、瞬目のタイミングが適切でないと運転に大きな影響を与えることが考えられます。特に、ラップタイムの0.1秒の差を争うフォーミュラカードライバー達には、この影響は甚大です。
そこで、フォーミュラカーでサーキットを実走行中のドライバーの瞬目を、車両の挙動と同時に計測しました(図1)。その結果、ドライバーはコース上の特定の位置付近で集中的に瞬目し、周回を重ねてもその位置の再現性が非常に高いことを発見しました(図1右下)。
図1.フォーミュラカー実走行中の瞬目パターン
さらに、この瞬目のパターンが、①ドライバーの瞬目頻度、②ドライバーのラップタイムの速さ、③車両の前後左右の加速度、と強く関連することが明らかになりました(図2)。ドライバー毎に瞬目頻度が大きく異なるにも関わらず(図2左)、コース上の瞬目位置はドライバー間で類似しており、車両加速度が小さい時に偏っていました(図2右)。逆に、車両が大きく減速、または横方向に加速しているときには瞬目が強く抑制されていました。たとえば、時速300km近い速度から急減速してコーナーに侵入していくフェーズで瞬目が止まり、コーナーを抜けて次のセクションに向かうところで集中的に瞬目が発生することを示しています。つまり、コーナーリング時の急峻な認知状態の変化が瞬目の抑制/発生に反映されていることが示唆されます。
さらに、ラップタイムが早い時ほど瞬目パターンは明確であり(図2中央)、ドライバーの運転への集中度が瞬目パターンに反映されていることも示唆されます。
図2 運転中の瞬目パターンを決める3つの要因
NTTコミュニケーション科学基礎研究所とレーシングチームが密接に協力し、車の挙動とドライバーの眼の動きの同時観測を実現することで、時速300km近いフォーミュラカーの運転中という過酷な環境下でも、瞬目パターンを通してヒトの認知・心理状態変化を捉えることが可能であることを示しました。
また、従来から眼球運動、特に視線行動や瞳孔径の変化を通して、人の注意状態や心理状態を読み取る試みはありますが、屋外環境や自然行動中にこれらの指標は計測自体が非常に困難な側面がありました。これらと比較して瞬目は明瞭な動作であり、激しい振動や大きな照明環境変化のあるフォーミュラカー運転中に撮影された目の映像からも検出可能であることも示されました。本成果は、瞬目パターンという新たな生理指標が、実環境で身体情報から認知状態を読み取るために新たな道を拓くものといえます。
NTTはIOWN構想(※3)の中でデジタルツインコンピューティング(※4)を提唱し、その研究開発を進めています。本研究の成果は、ヒトの意識や思考のデジタル表現を可能にするために、ヒトの外面に表出する情報から内面を読み解くマインドリーディング技術としての発展をめざします。
また、ヒトの非常に高度なスキルを構成する心身の潜在能力を解明し、そのデジタル表現を通してスキル向上や技能伝承に繋げることをめざします。
Nishizono, R., Saijo, N., and Kashino, M. (2023). Highly reproducible eyeblink timing during Formula car driving. iScience DOI: 10.1016/j.isci.2023.106803
(※1)DOCOMO TEAM DANDELION RACING
https://www.dandelion-racing.com/team/
(※2)全日本スーパーフォーミュラ選手権
アメリカの『インディカーシリーズ』などと並び、F1直下のトップフォーミュラカテゴリーとして日本を代表するモータースポーツカテゴリーのひとつ。
(※3)IOWN構想
革新的な技術によりこれまでのインフラの限界を超え、あらゆる情報を基に個と全体との最適化を図り、多様性を受容できる豊かな社会を創るため、光を中心とした革新的技術を活用した高速大容量通信、膨大な計算リソース等を提供可能な、端末を含むネットワーク・情報処理基盤の構想。
https://www.rd.ntt/iown/0001.html
(※4)デジタルツインコンピューティング
モノやヒトをデジタル表現することによって、現実世界(リアル)のツイン(双子)をデジタル上に構築すること。これまで総合的に扱うことができなかった組合せを高精度に再現し、さらに未来の予測ができるようになる。
https://www.rd.ntt/iown/0003.html
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先端技術総合研究所 広報担当
nttrd-pr@ml.ntt.com
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