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2023年5月30日

日本電信電話株式会社

世界初、環境負荷なく豊かな表現を可能にする情報提示インタフェースを実現
~マグネシェイプ:磁気作動式ピンディスプレイによる非電気的な情報提示技術~

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)は、マグネットシートに書き込まれた磁場パタンに基づいて非電気的に視覚情報、触覚情報を提示するピンディスプレイを考案しました(図1)。
 複数のピンを上下させ形状や点字などを表示する従来のピンディスプレイと異なり、ピンの駆動に電気的アクチュエータ(※1)を用いない制御手法を世界で初めて実現しました。NTTが掲げるIOWN構想では情報技術の発展による環境負荷削減を提唱しており、今回の研究はこれまで電気的に実装されてきたインタラクション技術の一部を非電気的機構に置換することで、豊かさと環境保全の両立をめざす情報提示インタフェースとして提案するものです。今なおレコードが歌や楽曲のコミュニケーションツールとして存在するように、磁性材料が身体性を伴うインタラクション発展の担い手となる将来が期待されます。
 本成果は、6月1日より開催される、コミュニケーション科学基礎研究所オープンハウス2023に出展いたします。

図1:マグネシェイプの実装例。磁場パタンを書き込んだマグネットシートを手回し機構で送り込むとピンが上下し、波長の異なる様々な波がサーファーを模した紙人形の下で連続的に提示される。 図1:マグネシェイプの実装例。磁場パタンを書き込んだマグネットシートを手回し機構で送り込むとピンが上下し、波長の異なる様々な波がサーファーを模した紙人形の下で連続的に提示される。

1. 研究の背景

ピン型形状変化ディスプレイ(英語:Pin-based Shape-Changing Display)と呼ばれるディスプレイは、多数のピンを作動させることでダイナミックな形状変化を提供します。しかしこれまで、ピンの動作にはモータなどのアクチュエータを利用することが一般的であり、多数のピンを制御するための電気的・機械的構造の複雑さから、構築には十分な経済的リソースや工学的知見が必要とされてきました(図2)。しかし、動的な形状提示という新たな次元のコミュニケーションを創発していくためには、数の限られたハイエンドモデルだけでなく、気軽に使えるコモディティ化された技術もまた重要です。
 これに対し、NTT コミュニケーション科学基礎研究所(NTT CS研)ではこれまでにマグネットシート上にS極・N極の磁場パタンを書き込む装置の開発や、マグネットシートを用いた触覚提示技術「マグネタクト」(※2)の研究を行ってきました。そこで培われた磁場を自在にデザインする技術を応用し、マグネットシート上の磁場分布に基づいてピンを上下させるピンディスプレイ技術「マグネシェイプ」を考案しました(図1)。

図2. ピン型形状変化ディスプレイは身体性を伴うインタラクションの可能性を広げてきたが、その構築には十分な経済的リソースや工学的知見が必要とされてきた。 図2. ピン型形状変化ディスプレイは身体性を伴うインタラクションの可能性を広げてきたが、
その構築には十分な経済的リソースや工学的知見が必要とされてきた。

技術のポイント

  1. シンプルな構成
    1. 基本構成はマグネットシート、磁性ピン、ハウジング(筐体)のみ
    2. 特別な工作環境がなくともマグネットシートや穴あけパンチなどを使い制作することも可能
  2. 配線や電源が不要
    1. 非電気的な機構のため、はんだ付けやプログラミングも不要
    2. 電池や配線も不要なためピン配列の自由度が高く、また低メンテナンスコストである
  3. 多様な表現
    1. マグネットシートに書き込む磁場パタンで提示内容が変化
    2. 磁場パタンは容易に書き換えることができ、文字、記号、波、形状など提示することが可能

図3. MagneShapeの基本構成 図3. MagneShapeの基本構成

2.マグネシェイプの構成及び特徴

マグネシェイプの基本構成(図3)において、磁性ピンの本体はプラスチック製のストローでできており、下端に小さな磁石が挿入されています。一般的に、同じ磁性材料であれば磁石は大きければ大きいほど強い磁力を示し、磁力が強ければ強いほど磁性ピンを浮上できると考えられます。しかし、磁力が強すぎると隣接する磁性ピンどうしが引っぱりあったり反発したりと干渉してしまうため、各ピンの独立した操作が難しくなります(図4 左)。これを防ぐには磁性ピン間に十分な距離を設ける必要がありますが、ピンピッチ(ピン配列におけるピン間の距離)を大きくするとピンの密度が低くなり、ディスプレイとしての空間分解能は低下してしまいます。
 そこで、磁性ピンにはポットマグネットを使用しました。ポットマグネットとは、鉄など透磁率の高い素材でできたポットと呼ばれる容器に永久磁石を固定したものです。ポットで覆われた部分から磁束(※3)が漏れ出すのを防ぎ、ポットの開口部である下方向に磁束を集中させることができます(図4 中)。これによって磁石の下方向の磁束密度を保ったままピンアレイの空間分解能を高めることに成功しました(図4 右)。

図4.磁力が干渉するようす(左)、ポットマグネットと一般的な磁石の周辺磁場の比較(中)、およびポットマグネットを使用したピンの一例(右) 図4.磁力が干渉するようす(左)、ポットマグネットと一般的な磁石の周辺磁場の比較(中)、およびポットマグネットを使用したピンの一例(右)

しかし、市場で購入可能なポットマグネットはサイズや種類が非常に限られており、また1個あたり数百円以上してしまう価格も大きな課題でした。そこで、ポットマグネットのような働きをする代替磁性ピンを構築する2つの方法を考案しました。ひとつは、市販の鉄製部品を組み合わせてポット状の構造体を作る「ポットライク式」。もう一つは、マグネットシートと穴あけパンチを使う「パンチシート式」です。これらの代替方式には、組み立てや工作が必要ですが、大きさや重さ、磁力の強さなど、さまざまなバリエーションの磁性ピンを作ることができるという利点があります。
 また、ピンの重さを軽量化することによって、ハウジングを特定の速度(80mm/sec)で移動させたときに、瞬間的な最大浮上高さが約16~20mmに至ることを明らかにしました(図5)。これはポットマグネットを使用したときの約2~3倍の高さです。

図5. 代替ピンによる動的最大浮上高さの測定結果 図5. 代替ピンによる動的最大浮上高さの測定結果

さらには、ポットライク式は磁力の強さを活かして力触覚の提示に用い、パンチシート式は材料の入手し易さを活かして大量のピンによる表現に用いるなど、それぞれの特徴を使い表現のバリエーションを増やすことができます。

3.応用と今後の展望

これらの知見を基に、提示したい情報に応じた磁場パタンを自動生成する磁場パタン生成プログラムを実装しました(図6 (a)。)本プログラムは提示したい情報を入力すると、その入力から磁場パタンを生成するため、機械による自動着磁も可能です。
 また、磁性ピンの動きをシミュレートするツールも実装しました(図6 (b)。ピンの配置や磁場パタンのピッチを変えることでどのような動きが提示されるのかを事前に確認することができます。これらの磁場パタンデザインツールを使いこなすことで、簡単なアニメーション、文字や図形、波、ハート型や円形の波紋も表現可能です(図6 (c))。

図6. ピンの挙動のデザインを助けるデザインツールとその実施例 図6. ピンの挙動のデザインを助けるデザインツールとその実施例

これらの磁場パタンはネオジム磁石(※4)を使えば手でも簡単に書き換えることができるため、提示する内容は即座に修正することができます。このような特徴を生かし、例えば教育現場での活用、小型ロボットのアクセサリとしての利用、または電源を要しない触覚ディスプレイへの応用などが考えられます。本研究は電力を要しない情報提示技術として持続可能性の向上だけでなく、多様な児童や生徒に対する情報提示の選択肢となること、また比較的廉価な価格の新しい表現メディアとなる可能性も見据えています。今後は、これらピンの出力をよりインタラクティブに制御する手法や、より長いピンストロークの提示、およびより細かいピン解像度の実現などに取り組んでいきたいと考えています。

用語解説

(※1)電気的アクチュエータ:
与えられた電気エネルギーを機械の物理的な運動に変換する機器。モータや電磁石などにより回転運動や上下運動などに変換します。

(※2)マグネタクト:
磁石のパタンでさまざまな凹凸触覚刺激を提示する触覚提示技法。
https://www.rd.ntt/research/CS0038.html当該ページを別ウィンドウで開きます

(※3)磁束:
磁極から出ている磁力の描く曲線で、単位面積当たりの本数を磁束密度と呼び、これが大きいほど磁力が強いことを示しています。

(※4)ネオジム磁石:
ネオジム(Nd)、鉄(Fe)、ホウ素(B)を主成分とし、市販されている磁石の中で最も高い磁気特性を持つ種類の磁石。小型で強力な磁力が得られるので、精密機械によく利用されます。

本件に関する報道機関からのお問い合わせ先

日本電信電話株式会社
先端技術総合研究所 広報担当
E-mail: nttrd-pr@ml.ntt.com

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