2023年7月21日
日本電信電話株式会社
学校法人東京電機大学
日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と東京電機大学(本部:東京都足立区、学長:射場本 忠彦)は、電気信号でレーザー光の強度や位相を変調することで発生させる光周波数の物差しにおいて、その目盛りとなる周波数のさらなる安定化に成功しました。
本成果により、周波数間隔が25GHzで並ぶ狭い線幅の光源を得ることができ、次世代のデジタルコヒーレント伝送に向けた高速・大容量な光通信への応用が期待されます。また、位相ノイズが大幅に低減されたマイクロ波が生成でき、マイクロ波発生・評価装置の精度向上が期待されます。
本研究は、2023年5月30日、英国科学誌Scientific Reportsに掲載され、7月3日、光・電磁波・情報通信に関する国際会議PIERS2023の招待講演で発表されました。
図1. 本研究概要
光周波数コム(光コム)※1は、周波数軸上でくし(コム)状の輝線スペクトルを持つ光信号であり、光の周波数計測や光からマイクロ波への精密な周波数変換などに利用されます。光コムの周波数間隔をfrep、光コムの周波数間隔を仮想的に0まで掃引したときに0からもっとも近い周波数(キャリアエンベロープオフセット周波数、以下CEO周波数)をfceoと定義すると、光コムの周波数fnは自然数nを用いて、fn=fceo + n × frepと記述できます(図2)。
図2. 光周波数コム
周波数が安定化された光コムは、ファイバーコム※2やチタンサファイアレーザー※3を用いて実現されてきました。しかし、これらの光コムの典型的な周波数間隔(frep)は数十~数百MHzであり、コムモード一本一本を個別に分離・制御できないため、光通信への応用※4は困難でした。
この問題に対して研究グループでは、電気光学変調器(EO変調器)※5に種光源となるCWレーザー※6を入力して発生させる光コム(EOコム)※7の研究を行ってきました。EOコムは周波数間隔が数十GHz程度と大きいため、コムモードの分離・制御が可能なことから、光通信への応用に適しています。また、EO変調器に印加するマイクロ波周波数を選ぶことで周波数間隔が容易に変えられるため、応用範囲を広げられます。一方で、EOコムは周波数軸上で種光源から離れるにつれてマイクロ波のノイズが重畳し、周波数が不安定になるため、周波数を安定化する必要があります(図3)。
図3. 周波数安定化の必要性
NTTと東京電機大学はこれまでもEOコムの周波数を安定化する技術について研究してきました。※8従来の方法では周波数の異なる2つのレーザーを用いていますが、レーザー間での周波数ドリフト※9があるため、EOコムの安定性に対して改善の余地がありました(図4)。
図4. 各成果の比較
図5. SN比の高いEOコムの生成方法
EOコムでは1パルスあたりのエネルギーが小さいため、通常長い高非線形性ファイバーを用いて広帯域な光コムを発生させます。一方で、この方法を使用すると光コムのSN比が小さくなり、CEO周波数の検出が難しくなります(検出方法については技術の詳細1を参照)。今回、7台の位相変調器※10を用いてサイドバンドを広げた後に、短い高非線形性ファイバーを用いることで、広帯域でSN比の高いEOコムを生成しました。
図6. 自己参照干渉法
従来のf-2f自己参照干渉法では、光コムを周波数fから2fまで広帯域化し、周波数fの2倍波を生成し、周波数が2f付近での干渉信号を取ります。今回の2f-3f自己参照干渉法では、光コムを周波数fから3f/2まで広帯域化し、周波数fの3倍波と周波数3f/2の2倍波を生成し、周波数が3f付近での干渉信号を取ります。これにより、CEO周波数を検出するために必要な光コムの帯域幅を低減できます。研究グループでは、NTT独自の技術であるデュアルピッチPPLN導波路を用いた2f-3f自己参照干渉法を利用しました(図7、技術の詳細2を参照)。
図7. デュアルピッチPPLN導波路
今回、研究グループはレーザー1台を種光源として利用し、EOコムではこれまで難しかったCEO周波数を検出し、その値が一定となるようにEO変調器に印加するマイクロ波周波数へフィードバックすることによって、EOコムのさらなる安定化に成功しました(図4)。
CEO周波数の揺らぎを周波数カウンタ※11で見積もりました(図8)。実験の結果、CEO周波数の揺らぎが測定時間に反比例しました。これはEOコムでCEO周波数が安定化できている直接的な証拠です。
図8. CEO信号のアラン偏差※12
また、フィードバックされたマイクロ波の位相ノイズ※13を測定することで、EOコムの安定度を評価しました(図9)。実験の結果、マイクロ波(周波数:frep=25GHz)の位相ノイズが高精度な位相雑音測定器※14の測定限界以下まで低減しました。特に、2016年の報道発表時と比べると、ノイズレベルが10分の1以下に低減しました。これら一連の測定結果から、マイクロ波の安定度が市販の高精度水素メーザー※15に匹敵すると見積もられました。
図9. マイクロ波の位相ノイズ
さらに、波長1397nmにおける狭線幅レーザーと周波数安定化されたEOコムとの干渉信号を取ることによって、EOコムの線幅を評価しました。実験の結果、種光源(周波数:fs)から数えて811本目のEOコムの線幅が300Hzであり、デジタルコヒーレント通信で必要なレーザー線幅よりも3ケタ程度小さい値が得られました。本結果により、通信のさらなる高速化に対しても十分対応可能な光通信用の光源が得られたと考えられます。
今回、周波数間隔が大きいEOコムでもCEO周波数の安定化が可能なことを実証しました(表1)。また、EOコムの線幅がデジタルコヒーレント通信で必要なレーザー線幅よりも十分に狭いことを示しました。通信のさらなる高速化に伴い、より緻密なレーザー線幅の制御が求められています。本研究では複数台の光通信用光源を1台の実験系で提供することが可能となり、EOコムを活用した高速・大容量な光通信への応用が期待されます。
さらに、マイクロ波の位相ノイズを高精度な位相雑音測定器の測定限界以下まで低減化することに成功しました。これにより、マイクロ波発生・評価装置の精度向上やGPS信号が届きにくい場所でのタイムキーピング※16への活用が期待されます。
今後、NTTではEOコムのさらなる周波数安定性や利便性の向上をめざします。また将来的には、高精度なマイクロ波信号を配信する技術を開拓し、位置測定やタイムスタンプの誤差を減らすことで、リアルタイムで正確なデータが求められる分野(例:交通制御・航空管制や金融取引など)に資するテクノロジーの実現をめざします。
表1. 安定化された光コムの周波数間隔
一般的に用いられているf-2f自己参照干渉法によるCEO周波数の検出方法を図10に示します。
図10. CEO周波数の検出方法
光コムのn本目の周波数fnの2倍波(SHG)を取ると、その周波数は2fnになります。これと光コムの2n本目の周波数f2nとの干渉信号を取ると、その周波数が2fn-f2n=fceoとなり、CEO周波数が検出されます。したがって、この方法では光コムがfnからf2nまで広帯域に広がっている必要があります。
デュアルピッチPPLN導波路は、ピッチ長が2種類のPPLN(periodically poled lithium niobate)導波路であり、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)が持つ非線形性を利用して波長変換を行います。デュアルピッチPPLN導波路の前段では、波長1800nmから波長900nmの2倍波(SHG)を発生し、後段で波長1800nmと波長900nmの和周波(SFG)を発生することで、波長600nmの3倍波を生成します。またこの導波路の後段では、同時に波長1200nmから波長600nmの2倍波(SHG)を生成します。したがって、2/3オクターブ帯域のEOコムをこの導波路に入射するだけで、2f-3f自己参照干渉法によるCEO信号の検出が可能です。
安定化されたEOコムのアプリケーションとして、光周波数の絶対計測技術に着目し、種光源の光周波数fsを決定しました。光周波数の測定には、通常、高精度な波長計※17を用いて8~9桁の精度で光周波数を計測することができます。また、高精度な波長計と光コムを併用した場合には、11~12桁の精度で光周波数を計測することができます。一方で、波長計は較正用として周波数が既知の光源が必要です。本手法では、周波数が既知の参照光源を用いることなく、光周波数を12桁の精度で決定できることを示しました。種光源の光周波数fsはコムモードナンバーs(s:自然数)を用いると、fs=fceo+s×frepと記述できます。未知の定数であるfsとsを決定するために、異なる2条件におけるfceoとfrepの関係性を調べました。なお、周波数間隔frepが小さいファイバーレーザーなどを用いると、sの値を決定するために必要な有効数字が増えてしまい、この方法でコムモードナンバーsを求めることは困難です。今回、周波数間隔の大きいEOコムを用いることで、従来の問題点を回避し、周波数が既知の光源を用いることなく、光周波数fsを12桁の精度で計測できることを実証しました。
本研究は東京電機大学との共同研究であり、一部文部科学省の科学研究費補助金科研費・基盤研究(B)の研究課題「電気光学変調器ベース光周波数コムを用いた超高精度周波数変換技術の創出(研究代表者:石澤淳)」(No.17H02803)の支援を受けて行われました。
掲載誌:Scientific Reports
論文タイトル:"Optical-referenceless optical frequency counter with twelve-digit absolute accuracy"
著者:Atsushi Ishizawa, Tadashi Nishikawa, Kenichi Hitachi, Tomoya Akatsuka & Katsuya Oguri
国際会議:PIERS 2023
発表タイトル:"Low-phase-noise Frequency-tunable Microwave and Millimeter-wave Generation Using an Electro-optic-modulation Comb"
※1光周波数コム(光コム)
周波数軸上では、くし(コム)状のスペクトルを持つ光信号ですが、時間軸上では、繰り返し周波数frepのパルスレーザーです。パルスの中では、電場は高周波で振動しています。パルスごとの電場の位相のずれがキャリアエンベロープオフセット位相であり、CEO周波数と線形の関係にあります。周波数(fceoとfrep)が安定化された光コムは、2005年にノーベル物理学賞を受賞した革新的な光技術です。
※2ファイバーコム
共振器がすべて光ファイバーで構成されている光コムです。
※3チタンサファイアレーザー
共振器内のレーザー媒質に人工的に造られたチタンサファイア結晶を使用した光コムです。
※4光通信への応用
ここでは、高密度に波長多重な光伝送用の光源としての利用を想定しています。EOコムは、国際電気通信連合が勧告している25GHzなどの周波数間隔に合わせることができます。
※5電気光学変調器(EO変調器)
電気(マイクロ波)によって、光の強度や位相などを変調するために使われる光学デバイスです。
※6CWレーザー
レーザーの出力が時間で変化せずに一定の値のまま出力されるタイプのレーザーで、単一の周波数をもつレーザーです。
※7EOコム
EO変調器を用いて発生される光コムです。EO変調器にCWレーザーを入力すると、EO変調器の電気光学効果によりCWレーザーに強度変調や位相変調を加えることができます。これらの変調により、CWレーザーを中心としてサイドバンドが生成され、光コムが生成されます。
※82016年の報道発表
周波数の異なる2つのレーザー(種光源と参照用光源)を用い、マイクロ波のノイズが重畳したコムモードと参照用光源との周波数差(fbeat)が一定値になるようにマイクロ波へフィードバックすることで、frepの周波数安定化を実現しました。詳細は以下をご覧ください。
https://www.brl.ntt.co.jp/J/2016/05/latest_topics_201605171837.html
※9周波数ドリフト
一定時間内における周波数の緩やかなシフトまたは変化のことです。
※10位相変調器
マイクロ波によって光の位相を変調させるEO変調器です。なお、図5の強度変調器はマイクロ波によって光の強度を変調させるEO変調器です。
※11周波数カウンタ
マイクロ波の中心周波数を計測する測定器です。
※12アラン偏差
中心周波数の揺らぎを光の周波数で規格化した値です。
※13位相ノイズ
マイクロ波の純度を表す尺度です。中心周波数から一定値離れた位置(オフセット周波数)における周波数成分で表現し、値が小さいほどノイズ成分の少ない優れた信号といえます。
※14位相雑音測定器
マイクロ波の位相ノイズを測定する測定器です。
※15高精度水素メーザー
中性の水素原子の原子線を用いたメーザーです。スペクトルの線幅が狭いので10-13程度の周波数安定度が得られ、周波数標準として使われています。
※16タイムキーピング
GPS信号がない状態で時刻を正確に保持することです。
※17波長計
光の波長(または周波数)を計測する装置です。
本件に関するお問い合わせ先
日本電信電話株式会社
先端技術総合研究所 広報担当
nttrd-pr@ml.ntt.com
学校法人東京電機大学
総務部企画広報担当
keiei@jim.dendai.ac.jp
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