2024年7月22日
日本電信電話株式会社
発表のポイント:
日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)は、パルス幅として世界最短(1.2ピコ秒)となるグラフェンプラズモン(※1)波束(※2)を電気的に発生・伝搬制御することに成功しました。グラフェンプラズモンを利用することによりテラヘルツ信号の位相・振幅を電気的に制御可能であることを示した本成果は、従来のトランジスタを用いた電気回路技術とは異なる方法でのテラヘルツ信号処理を可能とするものであり、将来的に超高速の信号処理実現に貢献することが期待されます。
本研究は、国立大学法人東京大学(以下「東京大学」)及び国立研究開発法人物質・材料研究機構(以下「NIMS」)との共同で行いました。2024年7月17日に英国科学誌 Nature Electronicsに掲載されました。
図1:実験の概略図。チップ上でパルス幅が1.2ピコ秒のTHz電気パルスをグラフェンに印加し、グラフェンプラズモン波束を発生・伝搬させ、その実時間波形をサブピコ秒の時間分解能で計測した。図中のhBNは六方晶窒化ホウ素。
光波と電波の中間に位置するテラヘルツ(THz)領域(※3)は長年未開拓領域とされてきましたが、近年の発生技術や検出技術の飛躍的な発達により、自由空間を伝搬するTHz波を使った高速な無線通信やセンシング、イメージングは徐々に社会実装への道筋が見えつつあります。一方、回路中のTHz電気信号の制御技術は未だ発展途上にあり、一般的に集積回路が取り扱うことができる信号帯域はギガヘルツ(GHz)帯で律速されています。これは既存のエレクトロニクス技術の単純な延長には限界があることを示しており、より高速な信号処理を実現するには新しい方法論を模索していくことが必要不可欠です。
そこで本研究では、THz電気信号の新しい制御技術としてグラフェンプラズモンに着目しました。グラフェンプラズモンはTHz波を極めて小さい領域に閉じ込め、かつ外部から電気的に波長等の性質を制御することができるため、THz波のフィルターやセンサー応用を目指した研究が盛んに行われています。これらの特性を回路中のTHz電気信号でも扱えるようになれば、新しい超高速のエレクトロニクス技術を築くことが可能になります。しかし、そもそも電気的にTHz領域のグラフェンプラズモンを発生・制御できるのか、ということすら明らかになっていませんでした。
研究グループは、レーザーパルスを使って発生させたTHz領域の超短電気パルス(3.本研究における技術のポイント①および図2)をグラフェンデバイス(3.本研究における技術のポイント②および図3)に入射することで、グラフェンプラズモン波束の伝搬特性およびその制御性、プラズモン発生効率を評価しました。
図2(a):レーザーパルス及び光伝導スイッチを組み合わせたポンプ・プローブ分光によって導波路上でTHz電気パルスの発生・検出を可能にした。(b):実際に計測したTHz電気パルス。パルス幅として1.2ピコ秒、周波数成分として0∼2THzの帯域を有する。
図3(a):図2(a)の導波路上にグラフェンデバイスを挿入することで、THz電気パルスをグラフェンプラズモンに変換した。(b):グラフェンデバイスの断面模式図。金属ゲートによりグラフェンプラズモンの位相・振幅を制御し、ZnO(酸化亜鉛)ゲートにより、電気パルスとプラズモンの変換効率を高めた。
その結果、以下の3点が今回の実験で初めて明らかになりました。
図4(a):金属ゲート電圧が1.5Vときのグラフェンプラズモン波束の実時間波形。9ps以降に存在するピークは回路中の多重反射によるものである。(b):プラズモン波束のゲート電圧依存性。プラズモン信号の振幅が電圧により変化している。さらに、信号の伝搬時間が電荷中性点に近づくにつれて長くなっており、位相が電圧によって変化していることが分かる。
図5:異なる2種類のデバイスの模式図とそれぞれのプラズモン波束の性質の比較。4つの特徴がゲート電極の材料によって大きく変化している。
なお本研究は、NIMSが成長させた最高品質の六方晶窒化ホウ素(hBN)を用いて、東京大学の協力のもと、NTTでグラフェンの両面を保護し極めて清浄なデバイスを作製し測定を行いました。
既存のエレクトロニクス技術を使ってTHz領域の電気パルスを発生・検出することは未だ困難です。そこで、フェムト秒(1000兆分の1秒)光パルスと光伝導スイッチを組み合わせたオンチップTHz分光法を応用することで、最大で2THzの帯域で電気信号の発生・検出を可能にしました。
金属ゲートを用いることで、閉じ込め効果の大きなグラフェンプラズモンの発生を可能にしました。さらに、THz信号に対して透明な酸化亜鉛(ZnO)ゲートをその上に追加することで、高効率プラズモン励起を可能としました。
本研究において①と②の技術を初めて同一デバイス上に統合することで、超短グラフェンプラズモン波束の電気的発生・伝搬制御・計測に成功し、さらにその特性を詳細に理解することが可能になりました。
今回の成果により、回路中でTHz領域の高周波電気信号の位相・振幅を電気的に制御可能なプラズモン素子を実現できることが示されました。これを発展させることで、より高度な信号処理素子、例えば周波数可変フィルター、増幅器、変調器等をTHz領域で実現することをめざします。また、本研究はグラフェンプラズモンが電気で扱えることを示したものですが、光によってもプラズモンを発生させられることを考えると、新しい光電融合技術の発展につながる可能性もあります。
THz領域での信号処理技術を突き詰めていくことで、将来的な情報通信や計算処理速度の大幅な向上に貢献できることを期待しています。
掲載誌:Nature Electronics
論文タイトル:On-chip transfer of ultrashort graphene plasmon wave packets using terahertz electronics
著者:Katsumasa Yoshioka, Guillaume Bernard, Taro Wakamura, Masayuki Hashisaka, Ken-ichi Sasaki, Satoshi Sasaki, Kenji Watanabe, Takashi Taniguchi, and Norio Kumada
DOI:https://doi.org/10.1038/s41928-024-01197-x
※1グラフェンプラズモン
プラズモンとは、電荷密度の振動であり、光のような波としての性質を有しながら、自由空間の光に比べて極めて小さな領域に電磁場を閉じ込められる特徴がある。特に、グラフェン中の自由電子の振動であるグラフェンプラズモンは、THz領域でロスが小さいことが知られており、さらに電子密度を変化させることにより波長や伝搬速度等を制御できる特徴がある。これまで電気的に発生されたグラフェンプラズモン波束の最短パルス幅は∼25ピコ秒であり(NTT調べ:Phys. Rev. Lett. 110, 016801 (2013))、初めてTHz領域に到達することができた。グラフェンプラズモンに関するさらなる詳細は別紙を参照。
【別紙】
※2波束
本研究では、0∼2THzの広帯域な周波数成分を持つ超短電気パルスを使っているため、多数の波数の異なる波の合成であるプラズモン波束が生成されている。波束とは、限られた範囲にだけ存在する波のことをいい、移動する1個の波動のかたまりのようにふるまう。波束のパルス幅と波束がもつ周波数成分の関係はフーリエ変換で結ばれている。本研究では、原理実証の上で有利な波束の伝搬計測を行ったが、振幅と周波数が一定の連続波を使っても同様にプラズモン信号の振幅と位相が制御可能なことを示している。
※3テラヘルツ(THz)領域
THz領域とは光波と電波の中間に位置する周波数領域であり、一般的に0.1THzから10THzの電磁波を指す。より低周波であるギガヘルツ(GHz)領域(< 100GHz)ではエレクトロニクス技術が、より高周波の領域(> 10THz)ではフォトニクス技術が発達しているのに対して、THz領域は取り扱いの難しさから未だ産業応用が十分に進んでいない。
※4変換効率
THz領域のグラフェンプラズモンはこれまで自由空間を伝搬する電磁場(あるいは光)を使って調べられてきたが、この場合には光とプラズモンの運動量ミスマッチによって変換効率が低下してしまうことが知られている。特に、伝搬するプラズモン波束への変換効率は∼0.005%に留まっている(NTT調べ:Nat. Photonics 12, 22 (2018))。
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