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2025年2月13日

日本電信電話株式会社
ランカスター大学

光の「負」の屈折が格子状に並ぶ原子によって可能に
~光学迷彩や回折限界を超えるレンズの実現に向けた新たなプラットフォーム~

発表のポイント:

  1. レーザー光により格子状に配列された原子の協調応答が、光の負の屈折現象を引き起こすことを理論的に明らかにしました。
  2. 格子状に並んだ原子が光の負屈折を実現する新たな候補と成り得ます。
  3. 本成果は光学迷彩や回折限界を超えるレンズなど、負屈折がもたらす革新的応用の実現に向けた新たな道を切り拓きます。

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と英国ランカスター大学(所在地:英国ランカスター州ランカスター、総長:Alan Milburn)は、大規模シミュレータを構築することで、格子状に配列した原子の協調応答が、光学迷彩や回折限界を超えるレンズなどの技術に繋がる「光の負の屈折現象」を引き起こすことを見出しました。これまで、光の負の屈折現象を引き起こすためには、人工物質である「メタマテリアル」が必要だと考えられてきました。しかし、メタマテリアルは、光に対する散逸の大きさや製造上の欠陥に悩まされています。それに対し、正確に構造化でき容易に調整可能な格子状の原子は、光の吸収損失を持たず、光と物質の相互作用の高度な制御も可能なため、負屈折のもたらす革新的応用の早期実現へと繋がることに期待できます。
 本研究成果は、2025年2月12日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

格子状に並べられた原子による入射光の負屈折 格子状に並べられた原子による入射光の負屈折

1. 背景

光の屈折現象(異なる材料間を通過するときにその境界面で光が折れ曲がる現象)自体は日常でありふれた現象です。しかし、光の「負」の屈折は自然界で一般的に見られる方向とは反対方向に光が折れ曲がるという現象です(図1)。この現象は、回折限界を超えて光を集光するスーパーレンズや、物体を見えなくする光学迷彩技術などの、革新的応用に繋がる可能性があり、長年研究され続けてきました。

図1: 光の負の屈折 (左)媒質(灰色のボックス)の界面における光の屈折。正の屈折(緑)では、界面で屈折したビームは、法線(破線)に対して上方側を通過するのに対し、負の屈折(赤)では法線に対して下方側を通過する。(右)負の屈折を生じる媒質(灰色のボックス)中の魚の像。魚の像は、空気との界面において(赤線のように)負の屈折を起こすため、左側の猫の目に向けては集光する一方で、右側の猫の目には入らず、あさっての方向に向かう。比較のために、媒質が通常の正の屈折を生じる場合の屈折を図に緑点線で例示した。このように、負の屈折現象は日常的にみる正の屈折現象とはかけ離れており、それが光学迷彩技術や回折限界を超えたレンズという応用に繋がるとされている。 図1: 光の負の屈折
(左)媒質(灰色のボックス)の界面における光の屈折。正の屈折(緑)では、界面で屈折したビームは、法線(破線)に対して上方側を通過するのに対し、負の屈折(赤)では法線に対して下方側を通過する。
(右)負の屈折を生じる媒質(灰色のボックス)中の魚の像。魚の像は、空気との界面において(赤線のように)負の屈折を起こすため、左側の猫の目に向けては集光する一方で、右側の猫の目には入らず、あさっての方向に向かう。比較のために、媒質が通常の正の屈折を生じる場合の屈折を図に緑点線で例示した。このように、負の屈折現象は日常的にみる正の屈折現象とはかけ離れており、それが光学迷彩技術や回折限界を超えたレンズという応用に繋がるとされている。

人工物質であるメタマテリアルは、自然界の通常の物質が持つ制約を持たず、光の負の屈折を実現するための代表的なアプローチとなっています。メタマテリアルは通常、光の電場と磁場の両方と相互作用するように設計された共振器(※1)からなります。それらの共振器がナノスケールで正確に構成され配置できるなら、それらの結合された発光は、光の負屈折を引き起こします。しかし、メタマテリアルに基づく光周波数帯の負の屈折現象およびその応用は、光に対する散逸の大きさや製造上の欠陥のために制約を受けていました。

2. 研究の成果

今回NTTとランカスター大学の研究チームは、メタマテリアルに頼らずとも、格子状に並び協調的に応答する原子系を用いることで、光の負の屈折現象が生じることを理論的に見出しました。これらの精密に配置された原子「格子」は、光と物質の間の相互作用の高度な制御を可能にし、製造上の欠陥や吸収損失のない媒質となります。このようにメタマテリアルにはない性質を持ち合わせる原子格子は、スーパーレンズや光学迷彩技術などの負屈折現象の更なる探求や応用開発において重要な役割を担うと考えられます。

3. 研究の詳細

この新しいアプローチでは、最先端の実験でみられるように、レーザーを用いて、完全に秩序化した「結晶」のように整列させられる原子を利用します。ここでは、各原子が放射と吸収の両方を可能とする振動電気双極子(※2)として機能します。近接して配置された原子は、それらが放射する光を介して互いに強く相互作用するため、集団的な光学応答を引き起こします。格子と入射するレーザーを調整することで、これら原子の累積放射によって、光の負の屈折を実現することができます(図2)。

図2: 原子媒質を用いた光の負の屈折現象の実現 (左)交差するレーザーは周期的な光のパターンを作り出し、原子を閉じ込めて、原子の構造化された格子を形成する。(中)レーザーを照射すると、近接した原子同士が光の双極子放出と吸収を介して強く相互作用し、集団的な応答を引き起こす。(右)これらの互いに相互作用する原子からの放射により、原子格子で光の負の屈折が生じる。 図2: 原子媒質を用いた光の負の屈折現象の実現
(左)交差するレーザーは周期的な光のパターンを作り出し、原子を閉じ込めて、原子の構造化された格子を形成する。
(中)レーザーを照射すると、近接した原子同士が光の双極子放出と吸収を介して強く相互作用し、集団的な応答を引き起こす。
(右)これらの互いに相互作用する原子からの放射により、原子格子で光の負の屈折が生じる。

今回、原子が入射光によってどのように励起され、どのように光を放射するかを含め、レーザー光に対する原子の応答を正確に予測する大規模シミュレータを構築しました。これは、光によって誘起される全ての原子間相互作用を正確に取り込んで、そこで起きる現象を微視的に記述するものです。このようなシミュレータを用いて、原子媒質中の光ビームの伝搬を解析し、広範なビームや格子構成に対し、その媒質が負の屈折現象を示すことを発見しました(図3)。これは、様々な条件下で光の負屈折現象が実現し、制御されたアナログプラットフォーム上で光の負屈折の研究が可能であることを示しています。

図3: 原子媒質での負の屈折を示すシミュレーション結果 (左)各層に625個の原子が含まれる5層の原子の立方格子を通過するビームの光強度のシミュレーション。緑色の点は個々の原子を表しており、数百ナノメートル離れている。負の屈折は、出射ビームを下方にシフトさせる。(右)25層の大きな格子での負の屈折のシミュレーションでは、原子媒質(緑点線ボックスの内側)に出入りするときにビームがどのように偏向するかが分かる。 図3: 原子媒質での負の屈折を示すシミュレーション結果
(左)各層に625個の原子が含まれる5層の原子の立方格子を通過するビームの光強度のシミュレーション。緑色の点は個々の原子を表しており、数百ナノメートル離れている。負の屈折は、出射ビームを下方にシフトさせる。
(右)25層の大きな格子での負の屈折のシミュレーションでは、原子媒質(緑点線ボックスの内側)に出入りするときにビームがどのように偏向するかが分かる。

4. 今後の展望

今回の成果は、制御技術が高まっている原子格子を活用することで、光学迷彩技術やスーパーレンズなど、負屈折技術の更なる探求や開発に導く新たなアプローチを提供しています。原子格子はまた、現在のメタマテリアルの理論的枠組みを超え、光学の可能性を広げる強力なプラットフォームになります。強い相互作用や単一光子レベルの非線形性(※3)を持ち得る原子格子系は、量子シミュレーションや量子インターフェースのツールとしても優れており、量子情報処理技術の開発に対しても影響を及ぼす可能性があります。

論文情報

掲載誌:Nature Communications
論文タイトル:Negative refraction of light in an atomic medium
著者:Lewis Ruks (NTT Basic Research Laboratories); Kyle Ballantine, and Janne Ruostekoski (Lancaster University).
DOI:10.1038/s41467-025-56250-w
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-025-56250-w当該ページを別ウィンドウで開きます

【用語解説】

※1共振器:光を内部で繰り返し反射させて閉じ込め、特定のパターンを作り出す構造。2つの平行ミラーが基本的な例です。

※2振動電気双極子:正電荷と負電荷の周期的な往復運動で、電磁場を変化させます。原子では、これは原子核に対して相対的にシフトする電子雲によって実現されます。

※3単一光子非線形性:1個の光子の存在によって原子の他の光との相互作用法が変化し、通常は相互作用しない2つの光子間の相互作用を生み出します。

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