4年ぶりのオフライン開催となった「オープンハウス2023」。このイベントは、NTTコミュニケーション科学基礎研究所(以下、CS研)による最新の研究を一挙に公開するものです。CS研の研究によって、私たちの生活はどのように変わるのか?この記事では、イベントで公開した講演の内容をダイジェスト版でお届けします。
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登壇者:静岡県立総合病院きこえとことばのセンター長 高木 明氏
インターネットやSNSが普及し、コミュニケーションツールが急増するなかで、最も効率がいいコミュニケーション手段は音声言語だと言われています。音声言語を獲得するために必要となるのは聴力です。しかし、生まれつき聴力がない場合はどうすればいいのでしょうか。
日本では、生後1週間以内に行う新生児スケーリング検査や大学病院での検査で難聴と診断された場合、補聴器を装用することとなり、補聴器でも不十分な場合は人工内耳という手段があります。
人工内耳とは音を電気信号に変換して聴神経に刺激を与えるもので、聴覚を補助する補聴器とは異なり、国内でも約1万人以上が装用している人工臓器です。メンテナンスは不要で、手術後に取り替える必要がないというメリットがあります。
講演のなかで、静岡県立総合病院きこえとことばのセンター長である高木 明氏は、「たとえ先天性難聴があったとしても、1歳くらいまでに人工内耳で聴覚刺激を与えることができれば、健聴者と同様の音声言語を獲得できる」と言います。しかし、米国では生後半年ほどで人工内耳手術を受けられるのに対して、国内において1歳未満で手術を受ける割合はたったの2.1%。人工内耳そのものの認知不足もあり、普及するためにはいくつかの課題も残っています。
また、人工内耳と脳の仕組みについては、いまだ解明されていない部分も多くあります。具体的には、音を脳に伝えるための細胞は約3,500個と言われている一方で、人工内耳はたった22個の電極しかありません。少ない情報であったとしても、脳は正確な音声を抽出する回路を形成できているのです。高木氏は「少ない情報で回路を形成できる理由はわかっていない。その仕組みを解明できたなら、聴覚音声を伸ばすより良い方法が見つかるはず」と今後の研究に期待感をにじませました。
登壇者:上田特別研究室(現在、協創情報研究部)田中 佑典氏
機械学習技術が目覚ましい発展を遂げている昨今。CS研は、機械学習を活用して物理現象を予測する研究を続けています。最新の研究では、物理現象を観測したデータをもとに、物理現象を高精度にシミュレーションできる機械学習技術を考案しました。
この研究のどこに意味があるのか。そもそも、機械学習とはコンピューターが大規模なデータをもとに学習して、特定のパターンを発見する技術です。それにより、予測や検知、識別などの処理を自動化することができます。では物理現象はどうなのかというと、通常では方程式をもとに一定の予測が立てられます。とはいえ、物理現象は地形や環境要因などの影響を受けるため、方程式では表現できないような挙動をします。さまざまな要素が絡み合った結果として起こる物理現象を既存の機械学習モデルで読む解くことは、困難だと見なされていました。
しかし今回の講演では、物理法則を事前知識として学習させるというアイデアをもとに研究を重ねた結果、物理現象を高精度にシミュレーションできることが判明したと発表。
研究者の一人である田中佑典氏は、「まだ発展途上ではあるものの、研究が進めば気象予測などの物理現象に関するものだけではなく、さまざまな領域に活用できるだろう」と語りました。さらなる進化に期待したいところです。
登壇者:メディア情報研究部 竹内 勇貴氏
高速な計算を可能とし、世界中で研究が進められている量子コンピューター。それに対して、私たちの日常生活で使われているデスクトップパソコンなどは、古典コンピューターと呼ばれています。
両者の違いは計算能力の高さです。古典コンピューターでは年単位の時間がかかる問題でも、量子コンピューターなら短時間で答えを導き出せます。科学シミュレーションや複雑な問題にも対応可能であり、実用化が進めば、既存テクノロジーの進化が急激に加速することが予測されます。
とはいえ、量子コンピューターにも弱点はあります。それは「エラーに弱い」という点です。このことにより、全く異なる最終計算結果が導かれているという可能性がある上、計算結果が合っているかどうかを検証するのは難しいといった課題があるのです。もちろん、既にそうしたエラーに対処する技術も研究されていますが、これをクリアするのは非常に難しいとされています。
しかし、メディア情報研究部の竹内 勇貴氏らが提案する手法を活用すれば、既存手法よりも効率よく検証できることが判明。竹内氏は「現時点で実用は難しい」と指摘しながらも、「世界中の誰もが量子コンピューターの利用が可能になるような社会の実現を目指して、今後も研究を続けたい」と未来への展望を力強く語りました。
登壇者:人間情報研究部 堀川 友慈
深層学習などのAI技術と脳情報の解析技術を組み合わせ、夢や想像などの心的イメージの情報が、どのように脳内で表現されているのかについて研究を行う人間情報研究部の堀川 友慈氏。
同氏の研究によると、現在の技術を活用すれば、睡眠中の夢の内容を解析したり、心的イメージを画像として具体化したりできるようになっていることがわかっています。
さらに、心的イメージの研究分野で近年注目されているのが「アファンタジア」という特質です。これは知覚機能に異常がないものの、心的イメージの生成ができない、もしくは困難である状態を意味しており、出現率は2~3%ほど。より多くの割合の人が心的イメージを見ることができない可能性も指摘されており、現在、堀川氏が研究を進めている分野のひとつです。
そのほかに、心の状態を映像や音声、言語として顕在化するAIモデルの技術開発も行っている堀川氏。同氏の研究および開発が進めば、言語の壁や身体の制約に縛られない、新たなコミュニケーションの形が生まれるかもしれません。
登壇者:人間情報研究部 藤野 正寛
コロナ禍を経て、心身ともに満たされた状態を意味する「ウェルビーイング」への注目度が高まっています。マインドフルネス瞑想の生理・心理・神経メカニズムの解明を進めている人間情報研究部の藤野 正寛氏は、講演のなかで「マインドフルネス瞑想によってウェルビーイングを高められる」と述べました。
ちなみにマインドフルネス瞑想とは「ありのままに気づいている状態」を実現するための方法で、「集中瞑想」と「洞察瞑想」という二つの技法で構成されています。それらを実践することで、うつ状態や不安感情などの緩和が進むと考えられています。しかし一方で、実践者の状態によっては逆効果となる可能性も指摘されています。
藤野氏は「マインドフルネス瞑想による神経メカニズムに関する研究を続けることによって、逆効果となるような事象を減らしつつ、人々のウェルビーイングを高めることに貢献できると考えている」と語り、講演を締めくくりました。
CS研では「こころまで伝わるコミュニケーション」を実現するべく、人間を深く理解する研究領域を柱として、革新技術の創出に取り組んでいます。人や社会、地球の多様性に関する理解を深め、立場や状況に関係なく全ての人が活躍できる包摂的な未来社会の実現に向け、今後も研究を進めていきます。
オンラインでは、各講演をご視聴いただけます。展示内容も掲載しているので、興味のある方は、ぜひご確認ください。
講演動画一覧
https://www.kecl.ntt.co.jp/openhouse/2023/archive_lecture.html
研究展示
https://www.kecl.ntt.co.jp/openhouse/2023/archive_exhibition.html
NTT コミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス2023
https://www.kecl.ntt.co.jp/openhouse/2023/
2023/5/30 更新
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