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2025年4月24日

世界トップレベルを誇るNTTの光通信技術が量子コンピュータの世界に進化をもたらす

<光量子コンピューター特集 全2回の第2部/第1部へ>

※ 本記事は、2025年2月28日 日経クロステックに掲載された特集記事です。

これまでできなかった計算ができるという期待から、世界中で開発競争が加熱している量子コンピュータの世界で、日本が画期的な進化を遂げたことが発表された。日本電信電話(以下、NTT)、東京大学、理化学研究所などの技術を結集し、光量子コンピューティングを実行するプラットフォームを実現、さらに、量子コンピュータ実現の鍵となる"量子もつれ"を従来の1000倍上の速さで生成する技術を実現した。いま、量子コンピュータの世界で何が起きているのか、それがどんなインパクトを持つのか、研究者たちに話を聞いた。

量子の実用化を加速する光量子計算プラットフォームの開発

量子コンピュータは、量子力学の理論を応用した全く新しいコンピュータだ。これまでのコンピュータとは一線を画すもので、開発者たちは、これまでのコンピュータを"古典コンピュータ"と呼ぶ。
 量子コンピュータは量子と呼ばれる物理的な媒体に情報を載せて、"量子重ね合わせ"と"量子もつれ"という量子の状態を使うことで古典コンピュータにはできない計算を実現する。"量子重ね合わせ"により複数の量子状態を同時に存在させて、さらにそれらが相互に関係した"量子もつれ"状態に操作を加えることで、古典コンピュータでは逐次操作が必要な演算を一度に実行させることが可能となる。コンピュータの処理能力を高めるための並列処理を飛躍的に進化させるものだ。

画像:NTTが開発した光量子コンピュータの心臓部「量子光源」のデモンストレーション。室温で安定して量子状態が実現されている。NTTが開発した光量子コンピュータの心臓部「量子光源」のデモンストレーション。
室温で安定して量子状態が実現されている。

量子コンピュータを実現するにはいくつかのアプローチが存在する。超伝導回路、中性原子などだ。超伝導回路は極低温で抵抗がゼロの電気回路中の電流を利用し、中性原子はレーザー冷却された原子を利用する。すでにいくつかの量子コンピュータが開発されているが、実用化に向けては多くの課題が残されている。それらの中でいま、最も有望な候補と目されているのが、光を利用した光方式の量子コンピュータ、光量子コンピュータだ。
 NTT先端集積デバイス研究所上席特別研究員の橋本俊和氏は「光方式は光のパルスを使って時間分割多重化し、パルス間の相互関係で計算を行うもので、量子コンピュータの計算のもとになる量子ビットに相当するものを無制限に配置できます。しかも、室温で稼働させることができるので、大掛かりな冷却装置が不要でスペースをとりません」とメリットを語る。

画像:NTT先端集積デバイス研究所上席特別研究員橋本 俊和(はしもと・としかず)氏NTT先端集積デバイス研究所
上席特別研究員
橋本 俊和(はしもと・としかず)氏

NTTがいま取り組んでいる光方式の研究開発を始めたのは2015年である。 世界で初めて完全な形で量子テレポーテーションを実現し光量子コンピュータの研究を進めてきた東京大学の古澤明教授の研究に加わって実用化に向けた開発が始まった。この光量子コンピュータの開発プロジェクトチームは、2024年11月8日、世界で初の汎用型光量子計算プラットフォームを始動させた。さらに、同チームは2025年1月17日、万能な量子計算に必須の非線形操作などのもとになる世界初となる量子性の強い光パルスを量子コンピュータに適用、同1月29日、従来の1000倍以上高速なリアルタイムな光量子もつれ生成など、矢継ぎ早に革新的な光量子コンピューティング技術を生み出し、いまも世界初・世界最高性能の挑戦を続けている。
 これを可能にしたのが、NTTの光通信の研究開発の中で培った特殊なデバイス技術だ。

画像:NTTが開発した量子光源モジュールで、量子光源や広帯域の光アンプ技術として量子コンピューティングにおいて中心的な役割を担っている。NTTが開発した量子光源モジュールで、
量子光源や広帯域の光アンプ技術として量子コンピューティングにおいて中心的な役割を担っている。

光の通り道を磨き上げて量子ビットの安定供給を

超伝導や中性原子を用いた量子コンピュータでは量子ビットを担う超伝導量子ビット回路や中性原子を並べる必要があるため、実現可能な量子ビット数はそれらを並べられるチップサイズや空間の広さによって制限を受ける。現在、実現されているものは1000量子ビット程度であるが、そのままの技術を延長して規模を拡大するのには限界が近づきつつある。橋本氏は「価値の高い一般的な量子計算を行うためには100万量子ビット程度が必要といわれている。現状の量子コンピュータの規模ではまだまだ不十分」だと指摘する。現在の1000倍のスケールだ。
 量子ビットを空間的に並べるタイプの場合、いまの技術で1000倍を実現しようとすると、大掛かりな冷却装置や制御装置を1000台つなぎ合わせてシステムを構成する必要があるため、物理的に広いスペースや大規模な設備が必要になり、消費される電力も膨大なものになる。なにより、量子的な状態をつなぎ合わせるにはノイズを抑制して量子的な状態を正しく伝えるための大がかりな装置が必要となり、技術的に相当な困難が予想される。
 それに対して、光パルスで量子状態を実現して時間領域に光パルスを並べる光方式であれば、空間的な広さの制限を受けないので、無制限にスケールすることが可能だ。NTTの研究開発マーケティング本部研究企画部門担当部長の白井大介氏は「超伝導など他の方式よりも先に100万量子ビットに到達できる可能性があります」と光方式に注力する理由を語る。
 しかし、当然、難しさもある。NTT先端集積デバイス研究所特別研究員の梅木毅伺氏は「光量子コンピュータの最大の課題は高品質なスクイーズド光の実現であり、それを作り出す光デバイス技術が光量子コンピュータを実現する上で鍵となります。スクイーズド光作り出す量子光源モジュールの中には光のチップが入っています。光の通り道をチップ上に作り込んでレーザー光からスクイーズド光を発生させますが、その光の通り道をどれだけ精度よく作るかという微細加工技術が重要です。我々はそれを追求し、どこにも負けない技術を実現していると自負しています」と語る。スクイーズド光とは、量子性を持った光のこと。NTTは効率のよいニオブ酸リチウムという物質を使い、さらに髪の毛の太さの10分の1程度の細長い通り道に加工して、そこに光を閉じ込め強い相互作用を発生させる技術を開発。世界最高性能を誇る量子光源モジュールを実現している。

NTT先端集積デバイス研究所
特別研究員
梅木 毅伺(うめき・たけし)氏

研究開発マーケティング本部
研究企画部門
担当部長
白井 大介(しらい・だいすけ)氏

この技術の背景にあるのが、NTTの持つ高度な光通信技術だ。大陸間をつなぐ海底ケーブルから家庭に引き込まれる光ファイバー通信まで、NTTではさまざまな光通信を実現してきた。いまNTTは最先端の光技術を使って、豊かな社会を創る「IOWN構想」を強力に推進している。今回発表された量子光源モジュールもNTTの光通信用の光増幅器技術として生み出され、その特性を極限まで高めてきたものを、量子光源技術に発展させたものである。NTTコンピュータ&データサイエンス研究所主席研究員の寺本純司氏は「真に意味のある計算をするには量子ビットの数を増やさなければなりません。そこにこれまで培ってきたデバイスの光回路の技術が生かされています。一方で、ハードウェアを使って有用な計算を実行させる必要もあります。NTTグループの強みはハードウェアからソフトウェア、ユースケースまで、一気通貫で量子コンピュータの能力を提供できることです」と話す。

画像:NTTコンピュータ&データサイエンス研究所主席研究員寺本 純司(てらもと・じゅんじ)氏NTTコンピュータ&データサイエンス研究所
主席研究員
寺本 純司(てらもと・じゅんじ)氏

大規模計算が可能になって実用化への道が開かれた

今回、開発された高機能な汎用型光量子計算プラットフォームにより光量子コンピュータの実現に向けた大きな一歩を踏み出すことができた。さらにクラウド経由でも利用することができるという。
 橋本氏は「実際に使うことができる光量子計算プラットフォームができましたが、現在は簡単な計算しかできません。今後は、非線形演算や誤り訂正などの機能を付加し、汎用的な大規模計算ができるようにしていきます。併せて、光量子計算プラットフォームという実物があるので、それを求心力に、今後は量子計算に対するニーズがあるユーザーとの議論や連携が進められれば」と実用化にむけた向けた取り組みが加速することを期待する。
 量子コンピュータの適用が最も期待できるのは、創薬や素材など化学の分野だ。圧倒的な計算速度が実現されることで、個々人に合わせた副作用の少ない薬の実現や、新たな分子の組み合わせによる新素材の合成など、可能性が大きく広がる。「量子コンピュータは古典コンピュータでは解けない課題を提供するアクセラレータ的な存在です。問題を解くためのソフトウェアと性能を高めるデバイスを開発するとともに、IOWNと接続するための仕組みを整えていきたい。グループの力を集約して、社会の課題解決に貢献していきます」と白井氏。今後のNTTグループとしてさらなる広がりが期待される。

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