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2023年5月25日

日本電信電話株式会社
国立大学法人 東京大学 生産技術研究所

環境と経済活動の相互影響を考慮した地球規模シミュレーションによる、長期間に渡る環境負荷の観察を実現
~地球規模の包摂的なサステナビリティ※1の実現をめざす~

国立大学法人東京大学(本部:東京都文京区、総長:藤井 輝夫、以下「東京大学」※2と日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)は、地球規模の水循環に関する環境と経済活動の相互影響を再現することで、包摂的サステナビリティを実現するさまざまな政策検討が可能な地球規模シミュレーション環境の実現をめざします。
 この最初の取り組みとして、共同研究契約「大気陸面経済水利用の循環モデルに関する共同研究」にて、経済活動が変化することに伴い年々変わる土地の利用形態(森林、草地、農地など)が水の流れと環境負荷にどう影響するかを地球規模で再現するシステムを構築しました。これにより、長期に渡る環境と経済の相互影響を考慮した環境負荷(水ストレス注1)の観察を実現しました※3
 この研究では、東京大学 生産技術研究所 芳村 圭 教授の研究チームが開発した地表面水循環過程を再現する統合陸域シミュレータ(ILS)※4と、Joint Global Change Research Institute(JGCRI)により開発された経済活動に関する統合評価モデル(IAM)の一つであるGCAM※5を用いています。これらの異なる分野のシミュレータをNTTが開発した連成シミュレーション技術※6で相互に連携することで実現しています。

1.背景

現在、地球では、温暖化に代表される地球規模の大きな気候変動が生じており、氷河の崩壊による海面上昇、ならびに局所的な豪雨の増加、激甚化による水害といった形で、自然環境のみならず人々の活動にさまざまな影響を及ぼしています。このような背景を受け、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)では、各国政府の気候変動に関する政策に対し、科学的な知見を与えるために、世界中の科学者によって執筆された論文などの文献に基づいた定期的な報告書を作成し、公表しています※7
 東京大学 生産技術研究所 芳村教授の研究チームでは、地球規模での地表面水循環過程およびその気候変動による影響に関する研究に取り組んでいます。本研究では、将来気候を予測する次世代の地球システムモデルの一部として、地表面における蒸発、浸透、河川への流出等に伴う水とエネルギーの複雑な挙動をシミュレーション可能な統合陸域シミュレータ(ILS)を開発し、将来の水循環の変化や水災害のリスクの予測に役立てています。
 NTTでは、さまざまなICTサービスを安心して多くのお客様にお使いいただけるよう大規模な計算処理技術の開発に取り組んでいます。また、地球上の環境や人々の暮らしにかかわる諸問題を解決するために、個々の問題を部分的にとらえるのではなく、地球全体を循環システムとして包摂的にとらえる必要があるとのビジョンを掲げ、「地球と社会・経済システムの包摂的な平衡解の導出」に取り組んでいます(2020年11月13日「地球・社会・個人間の調和的な関係が築かれる未来社会の実現に向けて~デジタルツインコンピューティングの4つの挑戦~」にて報道発表※8済み)。
 そのため、東京大学とNTTでは、地球全体を循環システムとして包摂的にとらえる必要があるとのビジョンを共有し、地球上のあらゆる生命の活動や人の経済活動に欠かすことができない水循環に着目し、環境と経済活動の相互影響を再現する本共同研究を開始しました。
 これまで、気候・気象、経済、社会の各分野のさまざまな専門家によって、複雑な事象を再現するモデルの研究と予測シミュレーション技術の開発が取り組まれてきました。地球の環境はそれ自体が自律性を持っていますが、人間の経済的・社会的活動が地球の環境に負の影響を与え、その結果として変化した環境が人間にとって好ましくない状況であるときに環境問題が発生します。この複雑な連鎖反応を起こすシステムは、地球規模でみれば環境と経済・社会を含む包摂的な循環システムとしてとらえることができます。しかし、一つ一つの複雑な事象を再現するシミュレーションは計算量が多く、また相互影響を再現しながら組み合わせて実行することは容易ではありませんでした。
 そのため、地球を循環システムとして捉え、異分野のモデルを連携し、簡易的な計算の仕組みでありながらも必要なシミュレーション精度を担保する手法を開発し、環境と経済活動の相互作用を捉えることが本共同研究の目的です。

2.研究成果の概要

地球を循環システムとして捉えるために、従来の異分野モデルの連携では、一方をシミュレーションして得られた結果を他方の制約条件として用いることが多く、環境と経済の複雑な相互影響の再現には限界がありました。そのためNTTでは、異分野で独自に開発されたシミュレータを同時に計算実行し、時系列的に相互連携させる連成シミュレーション技術を開発しました。

図1 環境シミュレータと経済活動シミュレータ連携の図 図1 環境シミュレータと経済活動シミュレータ連携の図

本共同研究の第一段階として、経済活動の変化による土地利用形態の変化が水循環に影響を与え、その影響が経済活動に影響を与えるとの仮説を立てました。この仮説を確認するため、統合陸域シミュレータ(ILS)と統合評価モデル(GCAM)を、連成シミュレーション技術にて経済活動の変化による年毎の土地利用形態を考慮して連携させて計算処理できるようにし、より細かな時空間解像度にて水ストレスを算出できるようにしました(図1)。GCAMは、社会経済シナリオ(SSP)注2の作成にも使われる統合評価モデル(IAM)の一つです。
 2つのシミュレータでは、地球全体の土地利用形態の表現方法が空間解像度、時間解像度、土地利用パラメータの3つの面で異なっており、そのまま連携させて計算処理させることはできません。そのため、この差異を無くすために土地利用形態変換技術を開発し、連携を実現しています。
 この連携したシミュレータを用い、ILSが算出する土地からの水の流出量とGCAMが算出する水の消費量を比較して、長期間に渡る経済活動の変化による水に関する環境負荷(水ストレス)の変化を観察することで、従来では予測できなかった時期や場所にて大きな環境負荷が生じうる可能性があることを示しました。
 今回の実験では、5つの社会経済シナリオの一つ(SSP126)を用い、異なる2つのシミュレータを相互に連携させて地球規模にて計算処理する仕組みの実装に取り組んでいます。一例として、2020年~2044年に草原から耕作地に変化していく地域が多いと予測されているニジェール河川流域について、気候変動によって水ストレスは大きくなっていく傾向があるものの、耕作地への土地利用変化を考慮することで水ストレスの増加が少なからず緩和される可能性があることがわかりました(「生産研究」2023年5月号に掲載※3)。

<主な共同研究内容>

  1. 水循環に着目したILSとGCAMの連携方法の検討
  2. 算出された水ストレスに関する検討・考察

<東京大学 生産技術研究所 芳村教授の研究チームの役割>

  1. 水文学(すいもんがく)および水循環に関する知見の提供
  2. 統合陸域シミュレータIntegrated Land Simulator(ILS)に関する実行条件の検討

<NTTの役割>

  1. 連成シミュレーション技術に関する知見および連携環境の構築と実験実行
  2. 土地利用形態変換技術の開発

3.今後の展開

環境と経済活動の相互影響を再現しさまざまな政策を検討する際には、大きな課題が2つ存在します。一つは、環境分野のシミュレーション計算量が過多であるため、他のシミュレーションと連携するために計算量を削減(軽量化)する必要があることです。もう一つは、現在の科学計算では社会経済的な要素(人口、経済成長、技術開発の速度等)の変化(将来の社会経済シナリオ)についてさまざまな仮定に基づきシナリオ化しシミュレーションするため、それ以外の柔軟性のある社会経済シナリオに基づいたシミュレーションが困難であることです。東京大学とNTTは引き続き共同研究に取り組み、地球規模シミュレーションの精度向上や、計算量の削減による試行回数の増加実現などによる利便性の向上に努めます。また、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)にて議論されている諸問題について、新たなモデルの組み合わせにより、より詳細な科学的分析を可能にし、社会が科学的な根拠をもって持続的な経済発展を継続できるよう貢献していきます。

参考文献

※1丸吉 政博,六藤 雄一,徳永 大典:"環境と経済社会の循環を可視化する連成シミュレーション技術,"NTT技術ジャーナル,Vol.34,No.1,pp.43-46,2022.
https://journal.ntt.co.jp/article/16966当該ページを別ウィンドウで開きます

※2本件に関する東京大学からの発表
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4220/当該ページを別ウィンドウで開きます

※3伏尾 佳悟・六藤 雄一・福田 哲也・塚田 洋平・新田 友子・吉兼 隆生・山崎 大・芳村 圭・丸吉 政博:"統合陸域シミュレータ(ILS)と統合評価モデル(IAM)の連成シミュレーションによる水ストレス評価," 生産研究,75巻,2号,2023
https://doi.org/10.11188/seisankenkyu.75.135当該ページを別ウィンドウで開きます

※4Nitta, T., Arakawa, T., Hatono, M. et al. Development of Integrated Land Simulator. Prog Earth Planet Sci 7, 68 (2020). https://doi.org/10.1186/s40645-020-00383-7当該ページを別ウィンドウで開きます

※5Calvin, K., Patel, P., Clarke, L., Asrar, G., Bond-Lamberty, B., Cui, R. Y., Di Vittorio, A., Dorheim, K., Edmonds, J., Hartin, C., Hejazi, M., Horowitz, R., Iyer, G., Kyle, P., Kim, S., Link, R., McJeon, H., Smith, S. J., Snyder, A., Waldhoff, S., and Wise, M.: GCAM v5.1: representing the linkages between energy, water, land, climate, and economic systems, Geosci. Model Dev., 12, 677-698,
https://doi.org/10.5194/gmd-12-677-2019当該ページを別ウィンドウで開きます, 2019.

※6福田 哲也,丸吉 政博:"包摂的サステナビリティの実現に向けた連成技術の研究開発,"NTT技術ジャーナル,Vol.35,No.2, pp.30-33, 2023. https://journal.ntt.co.jp/article/20945当該ページを別ウィンドウで開きます

※7AR6 Synthesis Report: Climate Change 2023 https://www.ipcc.ch/report/ar6/syr/当該ページを別ウィンドウで開きます

※8地球・社会・個人間の調和的な関係が築かれる未来社会の実現に向けて~デジタルツインコンピューティングの4つの挑戦~, NTTニュースリリース 2020/11/13
https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/11/13/201113c.html

用語解説

(注1)水ストレス
水需要に関するひっ迫の程度を評価する指標。本共同研究では、月毎・年毎に「水消費量/流出量(水賦存量)」として算出し、20%を超過する場合を水ストレスが発生したと判定した。

(注2)Shared Socio-economic Pathways(SSP)
「共通社会経済経路」と呼ばれる、社会経済的な要素(人口、経済成長、教育、都市化、技術開発の速度等)が次の100年間にどのように変化するか、5通りにシナリオ化したもの。

本件に関する報道機関からのお問い合わせ先

日本電信電話株式会社
サービスイノベーション総合研究所
企画部広報担当
nttrd-pr@ml.ntt.com

〈研究に関する問合せ〉
東京大学 生産技術研究所
教授 芳村 圭
E-mail:kei@iis.u-tokyo.ac.jp
Tel:04-7136-6965

〈報道に関する問合せ〉
東京大学 生産技術研究所 広報室
E-mail:pro@iis.u-tokyo.ac.jp
Tel:03-5452-6738

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