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2024年8月20日

日本電信電話株式会社

光ファイバ伝送路の状態を測定器なしでエンドツーエンドに可視化できる技術を開発し、世界初、世界最高精度でのフィールド実証に成功
~光ネットワークのデジタルツインの実現へ前進、迅速な光接続/保守が可能に~

発表のポイント:

  1. 光ファイバ伝送路全長にわたる光信号パワーを、光ネットワークの端点に設置されている光トランシーバから、わずか数分で可視化する技術を開発
  2. 商用環境を模擬したフィールド実験にて世界初、世界最高精度の実証に成功
  3. 本技術により、専用測定器を用いずにお客さま拠点を含めた光伝送路全体の状態を遠隔から一括測定できるため、IOWN APNなどの光ネットワークの設計や保守にかかる時間が大幅に短縮され、超高速・高品質なサービスを迅速に提供可能に

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)は、光ファイバ伝送路の状態を測定器なしでエンドツーエンドに可視化する技術を開発し、商用環境を模擬した北米フィールド網にて世界初、世界最高精度の実証に成功しました。本技術は、光ネットワークのデジタルツイン(※1)の実現を大きく前進させ、IOWN(※2) APN(※3)におけるエンドツーエンド光接続の迅速な確立/保守への応用が期待されます。
 本成果は、2024年3月24日から3月28日に米国カリフォルニア州サンディエゴで開催された光通信技術に関する国際会議OFC2024(The Optical Fiber Communication Conference and Exhibition)の最難関発表セッションであるポストデッドライン論文[1]として発表されました。

1. 背景

NTTグループが展開を進めるIOWN APN(All-Photonics Network)は、光信号を電気信号に変換することなく、エンドツーエンドで光接続することで、大容量・低遅延・低電力な通信を可能にする次世代インフラです。この光ネットワークのデータ伝送容量を最大化するためには、光信号パワーなどの光ファイバ伝送路の状態を全長にわたって監視し適切に制御する必要があり、それらの実現に向け、光ネットワークのデジタルツインの適用が広く検討されています。
 光ネットワークのデジタルツインは、サイバー空間上に再現された仮想的な光ネットワークであり、その光伝送性能を分析/予測することで、現実の光ネットワークのデータ伝送容量の最大化や、障害予知などが迅速に実施可能になります。ただし、デジタルツインの実現には、現状2つの課題があります。1つ目は、現実のネットワークの状態を精緻に再現するには、多数の専用測定器を用いた全拠点での測定が必要となるため、測定に時間とコストがかかることです。ネットワーク異常が発生した場合には高度なスキルを持った作業者が光時間領域反射計(OTDR: Optical time domain reflectometer)(※4)などの専用測定器を用いて現地測定を行わざるを得ない場合もあります。2つ目はIOWN APNのように遠隔のお客さま拠点間を光のまま接続する場合、光ファイバ伝送路の監視範囲をお客さま拠点にまで拡大する必要があることです。このような複数組織にまたがる光ネットワークにおいては、セキュリティ上、管轄外のネットワークの状態(光信号パワーなど)へのアクセスが困難になります。

図1. 本成果:受信信号解析のみによる光ファイバ伝送路中の光信号パワーのエンドツーエンド可視化 図1. 本成果:受信信号解析のみによる光ファイバ伝送路中の光信号パワーのエンドツーエンド可視化

2. 研究の成果

本研究における主な成果は、以下3点です。

  1. 光ネットワークの端点に設置されている光トランシーバに到達する光信号のみから、光ファイバ伝送路のエンドツーエンドの光信号パワーを、専用測定器を用いずにわずか数分で可視化するDigital Longitudinal Monitoring(DLM)技術[2]の開発(図1)
  2. 光信号パワーの可視化を距離方向だけでなく、時間、周波数、偏波方向にまで拡張した4次元光パワー可視化技術の開発(図2)
  3. デューク大学、NEC Laboratories America, Inc.との共同実験のもと、商用環境を模擬した北米フィールド網[3]にて、世界初、世界最高精度の実証に成功(図3)

これらの成果は、光ネットワークの構築に必要な光ファイバ伝送路状態の測定が、DLM技術を用いることで光トランシーバのみで実施可能になることを示しています。これにより、専用測定器を用いずにお客さま拠点間のすべての光ファイバや光増幅器を一括測定可能になるため、光接続の設計や異常の特定にかかる時間を大幅に短縮可能になります[4]。

<開発技術に関する詳細>

① 光ファイバ伝送路の長手方向光パワー可視化(Digital Longitudinal Monitoring)技術

DLM技術は、光トランシーバに到達する受信信号波形に高度なデジタル信号処理を施すことで、光ファイバ伝送路の長手方向に分布する光パワーを可視化しています(図1)。一般に、システムの入出力波形から、システム内部の分布パラメータを求める逆問題は非適切問題と呼ばれ、通常解くことは極めて困難とされています。NTTは、光信号が光ファイバ中を伝搬する様子が非線形シュレディンガー方程式(※5)に従うことに着目し、世界で初めて光パワーを可視化する問題を逆問題として数学的に定式化し、解の導出に成功しました。これにより高速高精度に光パワーを可視化することが可能となりました。本技術は国際会議OFC2024の最難関発表セッションであるポストデッドライン論文[1]として発表されたほか、同会議の展示会におけるデモ環境「OFCnet」を用いて動態展示されました[5]。NTTはその後も継続して開発を進め、本技術を実用化に向けてさらに精錬しています。

② 4次元光パワー可視化技術

DLM技術により可能となった、光ファイバ伝送路中の距離方向に分布する光信号パワーの測定に加え、偏波、周波数、時間方向にまで拡張した4次元光パワー可視化技術の開発に成功し、これを同フィールド環境下で実証しました(図2)。この次元拡張技術により、光ファイバ伝送路中の複数の異常を位置特定することが可能になりました。
 偏波、周波数、時間方向の光パワー可視化技術の内容は以下のとおりです。

  • 偏波方向:光ファイバの伝搬方程式として偏波多重マナコフ方程式(※6)を採用することで水平偏波と垂直偏波それぞれの光信号パワー分布を独立に求めることができるようになりました(図2右上段)。これにより、従来の光ネットワークでは不可能であった偏波依存損失(PDL: Polarization dependent loss)(※7)の分布測定が可能になりました。[6]
  • 周波数方向:波長分割多重(WDM: Wavelength division multiplexing)(※8)伝送システムにおける複数の周波数の光信号を用いてDLMを実施することで、任意の距離における周波数方向の光パワー分布を取得することが可能になりました(図2右中段)。これにより、光増幅器の周波数特性の異常の位置特定や次世代の広帯域光伝送システムにおいて顕在化するラマン散乱(※9)による信号間の光パワー遷移を詳細にモニタできるようになりました[7]。
  • 時間方向:今回光トランシーバに高速波形取得機能を実装したことで、連続的に受信した信号波形から光信号パワーの時間変動を可視化できるようになりました(図2右下段)。これにより、人的作業による光ファイバの曲げ損失など、光ファイバ伝送路中で発生した光パワーの時間変動の発生箇所を特定することが可能になりました。

図2. 4次元(距離、偏波、周波数、時間)光パワー可視化技術 図2. 4次元(距離、偏波、周波数、時間)光パワー可視化技術

3.実証実験の概要

NTTは米国ノースカロライナ州ダーラムに実際に敷設されている光ファイバと商用光トランシーバを利用し、DLM技術のフィールド環境での実証実験を行いました[3](図3)。本実験は、NTTとデューク大学、NEC Laboratories America Inc.との共同実験であり、デューク大学によるフィールド敷設光ファイバ/実験設備の提供、NEC Laboratories America Inc.による実験装置の提供と最適化の協力のもと行われました。さらに今回の実証実験は、フィールド敷設光ファイバを用いたほか、800Gbpsの商用光トランシーバで高密度WDM伝送(※8)を行う、商用光ネットワークを模擬した条件で成功しており、本技術のフィージビリティを示すものとなっています。

図3. 本フィールド実証実験に使用した敷設光ファイバマップと高密度WDMスペクトル 図3. 本フィールド実証実験に使用した敷設光ファイバマップと高密度WDMスペクトル

4.今後の展開

本技術により、IOWN APNをはじめとした光ネットワークにおいて、専用測定器を用いることなく、わずか数分で簡易に光ファイバ伝送路の状態を把握することが可能になり、迅速な光接続の確立/保守の実現が期待されます。NTTは、IOWN APNのさらなる発展に向けて、独自の光ネットワーク可視化技術を深化させ、デジタルツインによる光ネットワークの自動運用の実現に向けた研究開発を進めていきます。

【参考】

[1] T. Sasai, G. Borraccini, Y. K. Huang, H. Nishizawa, Z. Wang, T. Chen, Y. Sone, T. Matsumura, M. Nakamura, E. Yamazaki, and Y. Kisaka, "4D Optical Link Tomography: First Field Demonstration of Autonomous Transponder Capable of Distance, Time, Frequency, and Polarization Resolved Monitoring," Optical Fiber Communication Conference and Exhibition (OFC), Th4B.7, 2024.

[2]T. Sasai, M. Nakamura, E. Yamazaki, S. Yamamoto, H. Nishizawa, and Y. Kisaka, "Digital Longitudinal Monitoring of Optical Fiber Communication Link," Journal of Lightwave Technology, vol. 40, no. 8, pp. 2390-2408,2022.

[3]デューク大学 ニュースリリース「Pushing the Limits and Advancing the Capabilities of Fiber-Optic Networks」 https://pratt.duke.edu/news/2024-ofc-paper-awards/当該ページを別ウィンドウで開きます

[4]ニュースリリース「データセンタエクスチェンジの実現に向けAPNを活用した光波長パス設定技術を確立し実証」 https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/10/13/231013a.html

[5]ニュースリリース「光電融合技術とオープン標準を用いた複数社製品による400Gbps/800Gbps IOWN APNをOFC2024で動態展示~光のまま低遅延・低電力で分散型データセンタを接続~」 https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/03/26/240326a.html

[6]M. Takahashi, T. Sasai, E. Yamazaki and Y. Kisaka, "Monitoring PDL Value and Location Using DSP-Based Longitudinal Power Profile Estimation," Journal of Lightwave Technology, (early access).

[7]R. Kaneko, T. Sasai, F. Hamaoka, M. Nakamura, and E. Yamazaki, "Fiber-Longitudinal Monitoring of Inter-band-SRS-induced Power Transition in S+C+L WDM Transmission," Optical Fiber Communication Conference and Exhibition (OFC), W1B.4, 2024.

【用語解説】

※1デジタルツイン
ヒトやモノなどを、現実の世界から収集したデータによって、サイバー空間上に再現する技術。サイバー空間上に再現された個々の対象に対して分析・予測を行い、その結果を現実の世界に活用することを目的とする。
https://www.rd.ntt/iown/0003.html当該ページを別ウィンドウで開きます

※2Innovative Optical and Wireless Network(IOWN)
あらゆる情報を基に個と全体との最適化を図り、光を中心とした革新的技術を活用し、高速大容量通信ならびに膨大な計算リソースなどを提供可能な、端末を含むネットワーク・情報処理基盤。NTTニュースリリース「NTT Technology Report for Smart World:What's IOWN?」
https://group.ntt/jp/newsrelease/2019/05/09/190509b.html

※3All Photonics Network(APN)
IOWN Global Forumにてオープンにアーキテクチャ策定が行われているフォトニクス技術をベースとした革新的ネットワーク。IOWNのユースケースを支えるネットワークとして、必要なときに必要な地点間を光でダイレクトに接続可能にする。
https://www.rd.ntt/iown/当該ページを別ウィンドウで開きます

※4光時間領域反射計(OTDR: Optical Time Domain Reflectometer)
光ファイバの片端から試験光を入射し、光ファイバ内で光が反射して戻ってくるまでの時間を計測することで、光ファイバの損失を分布的に測定する機器。

※5非線形シュレディンガー方程式
単一偏波の光が光ファイバ中を伝搬する際に従う偏微分方程式。

※6マナコフ方程式
2つの直交偏波成分を持つ光が光ファイバ中を伝搬する際に従う偏微分方程式。

※7偏波依存損失(PDL: Polarization Dependent Loss)
光の偏波状態によって異なる損失を引き起こす現象。偏波多重光伝送において、PDLは信号品質を劣化させ、データ伝送の誤り率の増加を引き起こす。

※8波長分割多重(WDM: Wavelength Division Multiplexing)
異なる波長は互いに干渉しないという性質を利用して、一つの光伝送路に異なる複数の波長を同時に伝送する方式。WDMにおいて波長を高密度に多重化して超大容量光伝送を実現するものを特に高密度WDM(DWDM: Dense WDM)と呼ぶ。

※9ラマン散乱
光が物質に入射した際に生じる非線形散乱現象。光ファイバ通信では、長距離伝送を実現するラマン増幅器へ応用されている一方、広帯域な光信号伝送においては、短い波長の光信号から長い波長の光信号へ光パワーが遷移するため、伝送システムの設計が複雑化する懸念がある。

本件に関する報道機関からのお問い合わせ先

日本電信電話株式会社
先端技術総合研究所
企画部 広報担当
nttrd-pr@ml.ntt.com

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