検索パネルを開く 検索パネルを閉じる メニューを開く メニューを閉じる

2025年3月19日

日本電信電話株式会社

同じ速さのはずなのに、手で感じる速さが変わる新たな触覚錯覚を発見
~XRでの豊かな触体験につながる世界初の成果~

発表のポイント:

  1. 皮膚上をバーチャルに動く物体の速さの感じ方が変わる錯覚を発見しました。
  2. この発見は、独自に構築した、皮膚に対して情報を広範囲・高密度に提示できる実験専用の触覚インターフェース(触覚提示装置)を活用することで初めて得られたものです。
  3. この知見を活かすことで、XR空間における豊かな触体験の可能性が広がります。

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)は、手で感じる動きの速さが変わる錯覚を発見しました。この錯覚は手の広範囲に高密度で情報提示可能な実験専用の触覚インターフェースを活用することで、初めて確認されました。本成果は電気通信大学との共同研究によるものです。
 皮膚上の物体のバーチャルな動きを人に伝えるためには、触覚刺激を提示する箇所を皮膚上に離散的に配置し、順番にそれらの点を刺激し皮膚表面の動きを表現することが一般的な方法です。この離散点の空間間隔は情報提示の解像度に相当するものであり、動きの知覚速度に影響しないと考えられてきました。しかしこの考えに反して、空間間隔が大きい場合に、動きが遅く感じる錯覚を発見しました。この錯覚の発見は、VRにおける質感の表現や物体の器用な操作など、XR空間における豊かな触体験の実現に寄与します。

図1. 皮膚上を動く物体の速さの感じ方が、動きの提示の際の空間間隔によって変わる錯覚を発見。同じ速さで動く物体であっても、提示の空間間隔が大きい場合は遅く感じ、提示の空間間隔が小さい場合は動きを速く感じる。 図1. 皮膚上を動く物体の速さの感じ方が、動きの提示の際の空間間隔によって変わる錯覚を発見。同じ速さで動く物体であっても、提示の空間間隔が大きい場合は遅く感じ、提示の空間間隔が小さい場合は動きを速く感じる。

1. 背景

NTTコミュニケーション科学基礎研究所では、人を深く理解し究めるための人間科学の基礎研究に取り組んできました。これまで、視覚や触覚の錯覚を活用し人の感覚・知覚の仕組みを解明するとともに、その知見をもとに世界初となる高品質な感覚体験を実現してきました(※1、※2)。今回、新たに触覚による動きの速さの感じ方に関する錯覚を発見しました(図1)。この成果は、XRにおいて世界初となる豊かな触体験の実現に貢献できる可能性があります。
 私たちは日常生活において、物体を手で器用に操作したり、複数の物体を触って識別したりするなどさまざまな触体験を行っています。そのような触体験は、物体の質感・形状・動きの知覚など人間の基礎的な感覚・知覚機能が支えています。本研究では、これらの中でも特に「動き」の知覚に注目しました。
 これまでの触覚研究においても、動きを感じる速度(知覚速度※3)についての調査が行われてきました。しかし多くの先行研究では実物体を用いた実験が行われており、その状況では異なる複数の手がかり(皮膚のせん断変形や振動、位置の移動の手がかり)が混在し、切り分けられていませんでした(図2)。そこで本研究では、これらの手がかりを切り分けた上で人の知覚速度を精密に調査するために、実験専用の触覚インターフェースを構築しました。この実験専用の触覚インターフェースは広範囲かつ高密度な情報提示(※4)が可能です。皮膚上の離散的な複数の点を順番に対して情報提示することで、皮膚表面における位置の移動の手がかりのみを提示することができます。この実験専用の触覚インターフェースを用いて、動きの知覚速度を調査しました。
 XRなどの実応用を目的とした一般的な触覚インターフェースにおいても、物体の動きを人に伝達する際に位置の移動の手がかりのみを通常用います。そのため、本研究で得られた位置の移動の手がかりのみに基づく知覚速度に関する知見は、そのような応用においても重要な意義を持っています。

図2. 本研究の位置づけ。動きの知覚速度を調べた先行研究では主に実物体を用いており、その場合は複数の手がかりが混在する。本研究では独自に構築した触覚インターフェースを用いて、位置の移動の手がかりのみに基づく知覚速度を調査した。 図2. 本研究の位置づけ。動きの知覚速度を調べた先行研究では主に実物体を用いており、その場合は複数の手がかりが混在する。本研究では独自に構築した触覚インターフェースを用いて、位置の移動の手がかりのみに基づく知覚速度を調査した。

2. 成果の概要

本研究では、まず知覚速度の調査のために必須となる、広範囲かつ高密度な情報提示が可能な実験専用の触覚インターフェースを構築しました。この触覚インターフェースを活用し、動きの知覚速度を調べる実験を行うことで、位置移動の空間間隔により知覚速度が変わる錯覚を世界で初めて発見しました。

① 広範囲かつ高密度な情報提示が可能な実験専用の触覚インターフェースの構築

知覚速度の調査に向けて、人の皮膚上に提示する情報を広範囲において柔軟に操作可能とする必要がありました。そこで過去に構築した、指先へ高密度に情報提示を行う触覚インターフェース(※5)を拡張し、手全体に対して情報提示が可能な触覚インターフェースを構築しました。一般的な触覚インターフェースでは、駆動部と提示部が一体化しており、広範囲かつ高密度な情報提示が可能な触覚インターフェースの構築が困難です。それに対して今回構築した触覚インターフェースは空気圧によって圧覚を提示するシステムで、空気を圧送する駆動部と、送られた空気で皮膚表面に圧覚を引き起こす提示部の2つから構成されます。この2つを別パーツに分けることで、提示部における情報提示位置の自由度を向上させ、広範囲(指先から手のひらまで)かつ高密度(3mm間隔)な情報提示を実現しています(図3)。このインターフェースを使うことで、広範囲において、情報提示の空間間隔などのパラメータを柔軟に操作できます。

図3. 広範囲・高密度な情報提示が可能な実験専用の触覚インターフェース。このインターフェースを使うことで、情報提示の空間間隔などのパラメータを柔軟に操作可能できる。 図3. 広範囲・高密度な情報提示が可能な実験専用の触覚インターフェース。このインターフェースを使うことで、情報提示の空間間隔などのパラメータを柔軟に操作可能できる。

② 動きの知覚速度に関する錯覚の発見

この触覚インターフェースを活用した実験において、動きの知覚速度に関する錯覚を発見しました。実験では、離散的に配置した点で順番に皮膚に刺激を与えて、皮膚表面の物体のバーチャルな運動を参加者に伝えます(図4A)。参加者は、2つの運動(基準運動と比較運動)を提示され、どちらの運動が速く感じたかを回答しました。基準運動における離散点の空間間隔は3mmもしくは6mmです(図4B)。一方、比較運動の離散点の空間間隔は3mmに固定されています。参加者の回答に基づき、基準運動と同じ速度に感じられる比較運動の速度を特定しました。これにより、基準運動の知覚速度を定量化し、離散点の空間間隔による知覚速度への寄与を調べました。
 離散点の空間間隔は情報提示の解像度に相当するものであり、動きの速さと無関係に決めることができるため、空間間隔は動きの知覚速度に影響しないと考えられてきました。しかし実験の結果、空間間隔が広くなるほど、動きが遅く感じられる錯覚が生じることが確認されました(図4C)。具体的には空間間隔が2倍になると遅く感じられる(0.75倍程度)ことがわかりました。

図4. 実験条件および結果。(A)実験で参加者に伝達した動き。情報提示する皮膚位置を離散的に移動させて、指先から手のひらにかけての物体のバーチャルな等速運動を伝達。(B)情報提示する空間間隔の条件。(C)実験結果。 図4. 実験条件および結果。(A)実験で参加者に伝達した動き。情報提示する皮膚位置を離散的に移動させて、指先から手のひらにかけての物体のバーチャルな等速運動を伝達。(B)情報提示する空間間隔の条件。(C)実験結果。

3. 今後の展開

本研究の結果は、動きを触覚で伝える際に空間間隔を意識した情報提示設計を行うことで、一般的な触覚インターフェースにおける動きの知覚速度を最適に制御できる可能性を示しています。今後は触体験を支える他の基礎的な感覚・知覚機能(形状知覚など)に関する研究も進め、XRにおける世界初の触体験の実現に貢献します。

【論文掲載情報】

雑誌名:iScience
題名:Spatiotemporal motion features resulting from tactile interface layouts influence tactile speed perception
著者:Yusuke Ujitoko, Yuko Takenaka, and Koichi Hirota
DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2024.110803当該ページを別ウィンドウで開きます

【用語解説】

※1報道発表「世界初、錯覚利用で複数モニタの枠を超えて飛び出す巨大3D空中像の提示システムを実現~透明視錯覚を活用した映像の欠損補完により3D映像を汎用的なデバイスで提示可能~」 https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/06/17/240617d.html

※2報道発表「触覚の錯覚現象を応用した触り心地提示の新原理を発見~様々な触り心地を体験できる、触覚のバーチャルリアリティ技術の創出に期待~」 https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/05/31/210531b.html

※3知覚速度:人が対象の動きの速度に対して感じる大きさ

※4情報提示:皮膚に対して物理的な接触を与えること

※5Ujitoko, Y., Taniguchi, T., Sakurai, S., & Hirota, K. (2020). Development of finger-mounted high-density pin-array haptic display. IEEE Access, 8, 145107-145114.

本件に関する報道機関からのお問い合わせ先

日本電信電話株式会社
先端技術総合研究所
企画部 広報担当
問い合わせフォームへ当該ページを別ウィンドウで開きます

ニュースリリースに記載している情報は、発表日時点のものです。
現時点では、発表日時点での情報と異なる場合がありますので、あらかじめご了承いただくとともに、ご注意をお願いいたします。