つなぐコラム
第2弾 "地球にちょうどいい暮らし方
市川 大悟
皆さん、年末年始はどのように過ごされたでしょうか?
クリスマスにお正月と、何かと楽しいイベントが盛り沢山のこの時期は、身の回りの生活が華やぐ時でもあります。
美味しいご飯にプレゼントなど、われわれの生活を彩る多くのものは、自然界からの恵みによりもたらされていることは、みなさんご存知かと思います。例えば、海産物は海から、普段つかうコスメには植物由来の素材が使われています。また物的な恵みだけでなく、観光やレジャーのシーンでは、われわれは自然から癒しを受けるなど、さまざまな形で恩恵を享受しています。
さて、こうした豊かな暮らしを支える自然資源、生き物の恩恵ですが、もしわれわれが今のまま、地球1個分を超える"地球にちょうど良くない暮らし"を続ければ、果たしてどうなるのでしょうか?※1
大量消費による資源の過剰利用が枯渇を招き、こうした資源の享受は続けられなくなるかもしれません。
そしてなにより、化石燃料(石油や石炭など)の大量消費に伴う温室効果ガス排出による気候変動問題が、生き物への最大の脅威になるかもしれないことをご存知でしょうか?
産業革命以降、世界ではすでに平均気温が約1℃上昇。それに伴い、海面上昇や海氷の融解などのさまざまな環境変化が起きており、そこに棲む生き物にも影響が表れ始めています。比較的よく知られるものとしては、海水温上昇によるサンゴへの影響があげられます。2016年に確認された世界最大級のサンゴ礁であるオーストラリアのグレートバリアリーフで起きた大規模白化現象は、大々的にニュースで報じられたため、知っている方も多いのではないでしょうか※2。
当然、影響は人間の手が入っている自然にも及んでいます。IPCC※3による知見では、過去50年間の気候変動が、世界の小麦やトウモロコシなどの主要作物の収穫量に与えた影響について紹介しています(図1参照)。
例えば小麦では、10年あたり約0~5%の範囲(図1の白帯の上下端の幅)で、収穫量を減少させている可能性が高いことを示しています。また、トウモロコシも同様に減少傾向が見て取れます※4。なお、これら主要作物の気候変動による収穫減少の傾向は、昨今発表された国立環境研究所などによる最新研究でも、同様に指摘されています※5。
図1 主要4作物の気候変動による収穫量変化[出典:IPCC AR5 WG2 環境省訳より]
なお、自然界においては、気候変動による環境変化が原因で、すでに絶滅の危機に瀕している種も少なくありません。IUCN(国際自然保護連合)によれば、世界の絶滅危惧種のうち、気候変動がその一因となっている種は年々増加(図2参照)。絶滅の恐れのある野生生物のリスト(レッドリスト)全体では、約10種に1種が、気候変動が一因で絶滅の危機に晒されているとしています(2017年8月確認時点)※6。この数字は、多くの果物や野菜の受粉を媒介するミツバチなどの無脊椎動物では全種の32%に、鳥類に至っては33%の種に達します(図2参照)。
図2 温暖化が一因となっている絶滅危惧種の割合[出典:WWFジャパン]
このように、すでに現れている影響を見るだけでも、われわれの便利な暮らしがもとで起きている気候変動の生き物への影響が、決して小さくないことが分かります。しかし、われわれが暮らしを、ひいては社会の在り方を変えない限り、将来における影響はもっと甚大になるかもしれません。
2018年3月にWWF(UK)※7が発表した研究報告がそれを示唆しています。この研究では、世界でも特に生物多様性が豊かで保全を要するとWWFが考える35の「優先的保全地域」(アマゾンなど)を対象に、気候変動が進んだ場合に、どの程度、そこに生息する種が減少する可能性があるかを評価。
報告では、これら35の地域全体では、最大で生物種の約5割が絶滅の危機に晒される可能性があるとしています。このリスクは地域や動植物相によって異なり、例えばみなさんが知る有名なアマゾンでは、気候変動に起因する絶滅の危機は、最も低いリスクの爬虫類でも62%、両生類では74%の種にも及ぶとされています。
世界でも有数の生物多様性を誇るアマゾン[出典:WWFジャパン]
こうした気候変動による生物への影響予測は他でもなされています。科学的知見をもとに生物多様性の状況を評価する国際的な機関であるIPBES ※8 が、同年に初めて発表した影響評価報告書です。そこでは、例えば、われわれの住むアジア・オセアニア地域は、気温の上昇を2℃未満に抑えたとしても、2050年までにサンゴ礁の90%が激しく劣化してしまうとの評価がなされています※9。
このように、気候変動が生き物に与えうる影響は、"今も将来も"決して小さいものではありません。われわれの暮らしが求める先にある社会が、環境への負担の大きなものであれば、いまは暮らしの中で当たり前に享受している自然からの恵みも、当たり前ではなくなるでしょう。
正月を過ぎた1年のはじめ、これから1年をどのように過ごすかを考える機会も多い時期、日々の暮らしを見直すチャンスでもあります。あらためてわれわれの"いまの暮らしの在り方"が、長期的に見て、いかに"将来の暮らし"に影響を及ぼすか思いを巡らせたうえで、今年1年の暮らしを"地球にちょうどいい"ものに、ぜひシフトしていきましょう!
※1本コラム『第1回 人の暮らしと地球の「収支」~エコロジカル・フットプリントの掲載』時点では、世界のエコロジカル・フットプリントは地球1.6個分に相当すると記載。ただし、その後発表された、最新の報告書(日本のエコロジカル・フットプリント 2017最新版)では、この数字は1.7個分に悪化している。
※2グレートバリアリーフで過去最大規模の白化現象(WWFジャパン)
※3IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)は、1988年に世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)によって設立された国際機関。概ね5年に1度、気候変動に関する世界中の専門家の科学的知見を集約した報告書を公表しており、気候変動問題の国際交渉でも基礎資料として参照されている。
※4図1では、米(コメ)への影響幅も約+0.5~約-3.5の範囲であり、一見すると減少傾向側に振れているように見えるが、その統計上の中央値がゼロ近辺であるため、必ずしも収穫が減少傾向にあるとは限らないことに注意(IPCC AR5 WG2 SPM p6を参照)。
※5地球温暖化による穀物生産被害は過去30年間で平均すると世界全体で年間424億ドルと推定(農研機構、国立環境研究所、気象庁気象研究所による研究発表)
※7WWF, Wildlife in a warming world
※8IPBES(Intergovernmental science-policy Platform for Biodiversity and Ecosystem Services)は、2012年4月に設立された政府間組織。生物多様性と生態系サービスに関する動向を科学的に評価(アセスメント)する機関で、生物多様性版のIPCCとも呼ばれる。
※9IPBESが、2018年3月に公表した評価報告書の記載を、環境省が日本語訳した「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)第6回総会の結果について~アジア・オセアニア地域の評価報告書、土地劣化と再生に関する評価報告書が公表されました~(環境省) 」では、"控えめの気候変動シナリオでも、2050年までにサンゴの90%は激しく劣化する"と記載されている。なお、報告書のフルレポートでは、これはRCP2.6に沿って気温上昇が2℃程度となる場合を想定しているとの記載がある(出所: IPBES, Asia Pacific resional assessment report, p496 Box5.5)。なお、アジア・オセアニア地域以外にも、アフリカ、南北アメリカ、ヨーロッパ・中央アメリカ、の計4地域を対象として、地域ごとの生物多様性および生態系サービスの状況を評価している。
市川 大悟(いちかわ だいご)
公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)気候変動・エネルギーグループ オフィサー。
企業のエネルギー部門で機械エンジニアとして従事したのち、WWFジャパンに入局。主に、地域での再生可能エネルギーの普及支援に係るプロジェクトを担当。気候変動問題解決に向けた再生可能エネルギーの開発が、地域の社会・自然環境に大きな負荷を与えず進められるよう、立地適正化(ゾーニング)プロジェクトを、自治体などを協力して進めている。
地球にちょうどいい暮らし方