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Decoding the Humanity Report「わたし/わたしたちの仕事と健康のゆくえを追って」のサムネイル画像 Decoding the Humanity Report「わたし/わたしたちの仕事と健康のゆくえを追って」のサムネイル画像

Report

わたし/
わたしたちの
仕事と
健康の
ゆくえを追って

対談風景① 『WIRED』日本版編集長・松島倫明(左)とNTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部 上席特別研究員 渡邊 淳司(右) 対談風景① 『WIRED』日本版編集長・松島倫明(左)とNTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部 上席特別研究員 渡邊 淳司(右)

『WIRED』日本版編集長の松島倫明がホストとなり、2030年の人間らしさと社会像を読み解いていく対談企画『Decoding the Humanity』。
今回はNTTコミュニケーション科学基礎研究所・上席特別研究員の渡邊淳司をゲストに迎え、「未来の働き方と健康」を探っていった。
本稿ではその対話を振り返りながら、これからかたちづくられていくであろう未来の概念をデコード(復号)するための、鍵となる言葉を探ってみたい。

対談風景② 『WIRED』日本版編集長・松島倫明 対談風景② 『WIRED』日本版編集長・松島倫明

「できなさ」は、
他者との関わりしろになる

可能性も不可能性も広がる未来を象徴するかのように、そこには真っ白な空間が広がっていた。中央には円形のローテーブルがあり、それを挟むようにして2脚のラウンジチェアが置かれている。両者が腰掛けると、たちまちセッションは始まった。

対談冒頭、パンデミックによりリモートワークが常態化した生活のなかで、渡邊が感じたことを語った。人との定期的なコミュニケーションがとりやすくなったと感じる一方で、「外の世界に足を向けるにあたって、内発的な動機がより必要になった」のだという。

ウェルビーイングを考えるうえで、内在的なモチベーションは重要な論点だ。それをあえて意識づけなければならなくなったということは、その機会が欠けた状況であることでもある。リモートワークやオンライン会議によって、仕事のコミュニケーションコストを下げ、効率化が促進された反面、そこで失われたものがあるのではないか。松島は問いを投げかけている。
「リモートワークやZoomなどのオンライン会議は、仕事や目的を果たすための機能的なコミュニケーションとすこぶる相性がよい反面、それが社会的なコンセンサスを得たことも相まって、仕事や目的の外にある関わり合いの欠如を、意識できなくなってしまう可能性があるのではないでしょうか」

自己と身体・精神・社会との関係性をイラストでまとめた図 自己と身体・精神・社会との関係性をイラストでまとめた図
対談風景③ NTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部 上席特別研究員 渡邊 淳司 対談風景③ NTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部 上席特別研究員 渡邊 淳司

渡邊はこれに同意し、「身体(機能)」と「人格」のバランスの重要性を強調する。
「特に仕事の場合、パンデミックによって人が機能的な成果を求める道具的な存在(ヒューマンリソース)としてしか扱われなくなった傾向にあると感じます。人格的な関わり合いの余地が極端に減ってしまった。
健康に関していえば、自身の物質的な身体の機能性のみならず、人との関わりや自身の人格と向き合いながらケアすることが重要です。仕事も、対価であるお金と引き換えに自身の働きを提供する、ある種の機能的・契約的な繋がりに終始すると、数字的な自己・他者の評価に限定されたコミュニケーションに偏りがちになり、それ以外の逃げ場がなくなります。かたや人格的に関わりすぎると仕事を超えた濃い関係性が生まれる一方で、しがらみになることもある。

異なる基準で自分が評価される、関わることができる複数の場で自分を相対的にみつめ、どのコミュニティで誰とどのような自分でいるべきか、関係性を築くべきかを自己認識し、バランスをとることがとても大切だと感じます」渡邊がいう「人格的な関わり合い」とはどのようなものか。彼が提示したキーワードのひとつに、「インケイパビリティ」がある。

「ある特定のコミュニティだけで、かつ他者との人格的な繋がりが欠けてしまうと、仕事においては『ケイパビリティ(できること)』が互いの評価軸になってしまいます。『インケイパビリティ(できないこと)』が弱みになるんです。しかしそうした攻撃の対象にもなりかねない『弱み』を見せ合うことができる人格的な関係性がそこにあることで、相手への信頼としても機能します。

距離が縮まったり、弱みを見せられた側の主体的な行動を引き出すことができる。個人の弱みは互いが入り込む余白となり、そこに関係性が生まれていく。そういう意味で、できないことはひとの関わりしろであって、全体的に捉えると集団がうまく働くための潤滑油にもなり得るんです」
人格的な繋がりを損なってしまうと、例えば会社における仕事は「割り当てられたタスクをただこなすこと」へと転換し、「ケイパビリティ」のみが優先してしまうことになる。それはつまり、先に渡邊が挙げた「ひとがヒューマンリソースとしてしか扱われなくなった」状態であるということ。その処方箋として「インケイパビリティ」を前提とした人格的な関係性があるのかもしれない。できないことが余白となり、それがむしろわたしたちの繋がりを滑らかにしていたのだ。
リモートワークを前提としたわたしたちの「新しい働き方」において、何かが欠けていると感じることは多い。その何かが言語化され、概念となって立ち現れたといえる。

対談風景④ 『WIRED』日本版編集長・松島倫明(左)に語りかけるNTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部 上席特別研究員 渡邊 淳司(右) 対談風景④ 『WIRED』日本版編集長・松島倫明(左)に語りかけるNTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部 上席特別研究員 渡邊 淳司(右)

自立と調和を両立する「Self–as-We」の概念

とはいえ、わたしたちの社会や職場において、明文化されない余白(できないこと)をもち込むことは、なかなか難しい。渡邊は、仕事におけるインケイパビリティとウェルビーイングを接続する考え方として、NTTと共同研究を実施しており、「NATURAL SOCIETY LAB」(NTTが開発を進める次世代コミュニケーション基盤、IOWNに必要になるであろう哲学や思想を議論するためのフォーラム。新しい時代の人間らしさや社会について思索を深めている)にも参画している、京都大学大学院文学研究科教授の出口康夫による「Self-as-We」の概念を挙げる。
「『Self-as-We(我々としての自己)』という概念は、自立と調和を両立するためのフレームワークです。自分のコミュニティ、そこにいる他者、そこで起きている事象、そこにある物体──。すべてを自己である、あるいは『自分ごとである』と捉え、全体のなかで調和する存在としての自分と、自立的な存在としての自分を両立させようという考え方です。
仕事でいえば、すべては同じ目的のもとに、それぞれの行為(働くこと)を委ねられている存在であり、制御し合う関係でなく仲間だと捉えること。わたし、部下、同僚、上司、社長、仕事相手と、Weの範囲はどこまでも拡張する。家庭でのわたし、家族など、自分にとってのさまざまな『We』の構成要素を考え、それぞれとどのように関わり合うかのバランスをとることを主眼に置いています」

「従来の自己観」、「われわれとしての自己」をぞれぞれイラストでまとめた図 「従来の自己観」、「われわれとしての自己」をぞれぞれイラストでまとめた図

個人をコントロールしたり、最適化するために全体(組織)があるのではない。わたしたち(We)を束ねる単位(部署・会社・コミュニティ、あるいは規範や約束事など)の視座をもつことができたなら。例えば、仕事はただの「タスク」ではなく自律的に選択した、全体の調和のための行為となる。会社や部署や組織は仲間となり、仕事はわたし=わたしたちのウェルビーイングへと繋がっていくのかもしれない。

続けて、そのためにも大切なこととして語られたのが「セルフ・アウェアネス」という概念だ。機能的なわたし、匿名的なわたし、人格的なわたし──。さまざまな「わたし」のあり方を認識すること。そしてそれらが存在できる「We」の単位を複数もち、かつ移動可能であることだと渡邉は強調する。一方で松島はこのように続けている。

「過去に『WIRED』日本版でもインタヴューした東京大学先端科学技術研究センター准教授/当事者研究者の熊谷晋一郎さんは、『自立とは依存先を増やすこと』であるとおっしゃっていました。『We』の単位を複数もつということは、依存先と自立の関係性に通ずる視点をもっています。分散した『We』に属し、それぞれのわたしが存在することで、わたし自身の持続可能性と自律性を育んでいくのかもしれません」

対談風景⑤ NTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部 上席特別研究員 渡邊 淳司(右)に語りかける『WIRED』日本版編集長・松島倫明(左) 対談風景⑤ NTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部 上席特別研究員 渡邊 淳司(右)に語りかける『WIRED』日本版編集長・松島倫明(左)

「Well-being to Earn」
の可能性

対談の終盤には、「Self-as-We」という概念と新しいテクノロジーの関係性へとトークテーマは移っていく。『WIRED日本版』の最新号(3月14日発売号)でも特集した「Web3」にヒントがあるのではないか、と松島は語る。

「中央集権化された全体にコントロールされず、自立と調和を両立できる複数の『We』の間を移動可能な状態にしておくこと。それは、近年『WIRED』が取り扱ってきたメタヴァース/Web3/ブロックチェーンといったテクノロジーとの思想と非常に近似しています」

渡邊は、分散化された「We」の在りどころとして、デジタルテクノロジーと現実が重なり合う、もうひとつの場所が担う役割、そしてこれからの仕事のありかたについて思考を巡らせていく。

「VRやアバターは普段の属性や役割、距離感をとっぱらった会話の可能性が広がりますよね。普段は会議室で顔を合わせないような上層部とも場を共有しやすいですし、アバターによって異なるマインドでコミュニケーションをとることも可能になる。さらに、YouTubeやオンラインゲームの世界が数十〜数十万人の同時接続者を生んでいるように、一元的なテレビとは異なる多様な空間においてもシェアできる人の数が増え、コラボレーション規模の拡張が起こっている。

バーチャル空間で遠隔に居る人とコラボレーションする様子をイラストでまとめた図 バーチャル空間で遠隔に居る人とコラボレーションする様子をイラストでまとめた図

会議室に参加者が何万人いてもいいですし、偉い人たちが自分の預かり知らないところで何かが決まるのではなく、参加することで共在感覚をもちながらものごとが決まっていく。例えば、ある社会課題が『We』を束ねたとき、もしかすると1000万、1億人のコラボレーションすらも生まれる可能性があります」

人間と複数台のアバターとのコミュニケーションの様子をイラストでまとめた図 人間と複数台のアバターとのコミュニケーションの様子をイラストでまとめた図
対談風景⑥ 『WIRED』日本版編集長・松島倫明(左)と、NTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部 上席特別研究員 渡邊 淳司(右) 対談風景⑥ 『WIRED』日本版編集長・松島倫明(左)と、NTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部 上席特別研究員 渡邊 淳司(右)

こうしたコラボレーションの拡張は、ブロックチェーンの技術が社会実装フェーズに入り、Web3をはじめとした分散型自律社会の実現に向けた動きの加速と合流することで、自身のウェルビーイングな在り方が誰かにとって意味をもつ可能性をもつ。松島が示唆するのは、その先に生まれるウェルビーイングと仕事の新たな可能性だ。

「これまで画一的だった『Work to Earn(働いて稼ぐ)』のWorkが分解され、健康のための運動がゲーミフィケーションを介して対価となる『Move to Earn』などの試みがなされています。

もちろん、すべてが数値化・データ化されることがいいわけではないですが、あらゆるアクティビティの価値が顕在化することで、人格と向き合うこと、あるいはウェルビーイングの在り方そのものが仕事の価値として積極的にすくいあげられていくかもしれない。分散化する『わたし』のライフストーリーや、これまで指標化されてこなかった主観的な価値がテクノロジーによって記録され、「わたしたち」に共有可能となれば、『Well-being to Earn』というような、働くことを通してわたしやわたしたちのウェルビーイングを実現する、という仕事のあり方も現実的に立ち上がってくるかもしれません」

これを受け、渡邊は次のように対談を締めくくった。

「もちろん、何をどの範囲で共有するか、あるいは記録も共有もしないという選択が可能であることがもっとも重要です。分散化した『わたし』の情報が自分の手の中にあるためのプロトコルは必ず考えていかなければなりません。

その前提のもと、常に成長してきた社会のなかで固定化されていた仕事の定義が、これまでに語ったかたちで拡張されていく。こうした社会像は、決して非現実なものではないと思います。数値化可能な成果に対して対価が生まれる仕事以外の仕事を、どう積極的に定義していくか。そこに自己認識とウェルビーイングをどう繋げるかが、2030年の仕事と健康を考えるひとつの入り口になるはずです」

仕事はこれまで数値化ができなかった価値や余白が「to Earn」へとつながるように。わたしはさまざまな集団の中で自律的に調和させる「わたしたち」へ。これからの仕事と健康が豊かな関係を結ぶ、つまりウェルビーイングな状態となるとしたら、そのようなテクノロジーの実装と思考の転換がきっかけになるのかもしれない。
2030年。
そう遠くない未来のひとつの可能性は、かくして見通されたのだった。

対談風景⑦ 対談終了後の様子 対談風景⑦ 対談終了後の様子

Let’s Discuss the Humanity みんなで未来の人間らしさを議論しよう

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KEYWORD

Self-as-We

Self-as-Weをイラストで表した図

「わたし」も「わたし以外」も含まれるつながりや関係性全体を指す「われわれ」こそが自己である、というNATURAL SOCIETY LABにとって大切な概念の1つ
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IOWN

IOWN構想とは

NTTが2030年頃の実用化に向けて推進している、光を中心とした革新的技術を活用した次世代コミュニケーション基盤の構想
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Self-as-We

Self-as-Weをイラストで表した図

「わたし」も「わたし以外」も含まれるつながりや関係性全体を指す「われわれ」こそが自己である、というNATURAL SOCIETY LABにとって大切な概念の1つ
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「わたし」も「わたし以外」も含まれるつながりや関係性全体を指す「われわれ」こそが自己である、
というNATURAL SOCIETY LABにとって大切な概念の1つ
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IOWN

IOWN構想とは

NTTが2030年頃の実用化に向けて推進している、光を中心とした革新的技術を活用した次世代コミュニケーション基盤の構想
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Introduction/ 鍵となる概念 ”Self-as-We”

Self-as-We
とは何か

Self-as-Weという言葉は、あまり聞き慣れないかもしれませんが、NATURAL SOCIETY LABとこのディスカッションにとってとても大切な概念ですので、はじめにかんたんにご説明させていただきます。Self-as-We、日本語では
「われわれとしての自己」と表現します。

一般的に、自己とは、個人(Individual)、すなわちそれ以上細分化できない存在としての「私」のことを指すというのが従来の認識ではないでしょうか。
ところが、Self-as-Weの自己観は、それとは異なる考え方をします。
「わたし」も「わたし以外」も含まれるつながりや関係性全体を指す「われわれ」こそが自己である、というのがSelf-as-Weの自己観です。

自転車から考えるSelf-as-We

具体的な例で考えてみましょう。
「自転車に乗って通勤する」という行為を想定した場合、従来の自己観では、私が、道具である自転車を使いこなして移動すると考えます。
ところが、Self-as-We、「われわれとしての自己」では、「わたし」や自転車、道路、それを管理してくれている人たち、交通ルール…等々、出勤という行為を支える
すべての人・モノ・コトを含むシステムを「われわれ」=自己と捉えます。
そして、「わたし」を含む「われわれ」のすべての要素は、「われわれとしての自己」から行為の一部を委ねられている(この場合、「わたし」は、サドルに腰かけ、ハンドルを握り、足を交互に動かして自転車を前進させる…ということを委ねられている)と考えます。

「従来の自己観」、「われわれとしての自己」をぞれぞれイラストでまとめた図 「従来の自己観」、「われわれとしての自己」をぞれぞれイラストでまとめた図

チームスポーツから考える
Self-as-We

チームスポーツを例に考えると、もっとわかりやすいかもしれません。チームという「われわれとしての自己」に委ねられて「わたし」はプレイをしています。
「わたし」が得点をあげた場合、それは「わたし」の活躍であると同時に「われわれとしての自己」=チームの活躍でもある。
こうした感覚は多くの方にとって比較的なじみ深いものではないでしょうか。この考え方を広げて、「わたし」の所属するチームだけでなく相手チームも審判も観客も、コートやゴールなどのモノも、ルールも、ゲームを支えるすべての人・モノ・コトを含むシステムを「われわれ」=自己と考える。そのときに、「わたし」と「われわれ」のよりよいあり方とはどういう状態か。

よりよい
社会のために

「われわれとしての自己」という、たくさんの行為主体(エージェント)が含まれるシステムのなかに、AIやデジタルツイン、ロボットなど、新たなエージェントが参加してきたときに、
「われわれ」のあり方はどう変わるのか。
そうしたことを議論し、よりよい未来社会のための技術を構想しようというのが、このラボとディスカッションの目的です。

※Self-as-Weに関する京都大学とNTTの共同研究に関するリリースはこちらをご覧ください。

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