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文化(集団・社会~国) 仲間を集めて共に挑む「世界初」IOWN時代の光暗号技術 NTT社会情報研究所(取材当時) 高橋順子

持続可能な社会の実現に向けて、NTTグループではSelf as We (「われわれ」としての「わたし」)という考え方を掲げています。自分だけでなく周囲の人間もSelfとして考える。人間だけでなく自然も文化もSelfと捉える一「自己」の視点だけでは解決できない社会課題を「利他」の視点を持つことで解決していけるのではないか。特集Team Self as Weでは、そんな思いを共有し、プロジェクトに取り組む社員たちをご紹介します。今回ご登場いただくのは、世界初の光暗号回路の開発に挑戦するNTT社会情報研究所(取材当時)の高橋順子さんです。

誰も挑戦していない、光の暗号化技術に挑む

最先端の光技術を使い、豊かな社会をつくるための構想「IOWN (Innovative Optical & Wireless Network)」。IOWNでは、ネットワークから端末まで全てに光(フォトニクス)ベースの技術を導入した「オールフォトニクス・ネットワーク」を実現することで、現在の電子ベースの技術では困難な、圧倒的な低消費電力、高品質・大容量、低遅延の伝送が可能になると考えられています。

「IOWNでは、光ベースにすることで低消費電力を実現するのに加え、エンドツーエンドの遅延を200分の1にしようとしています。そうなると自動運転や遠隔手術などの精度も上がり、未来のサービスとされていたものが、より一般的になっていくでしょう。6Gやその先の世界ですね」(高橋順子、以下同)
しかし、全てを光技術に置き換えようとしている中、通信の暗号化の部分だけは長らく光にすることが難しいとされていました。15年以上セキュリティの研究に携わってきた高橋さんは、そこに注目。
「電子であれ光であれ、通信の安全を守るのに、暗号化の技術は必須です。でも、暗号演算部分が電子回路のままだと、そこがボトルネックになってしまうと考えたんです。『オールフォトニクス』と言っているのだから、やはり暗号部分も光で実現しないと」

暗号化は基本的にデジタル演算で行われるので、一般的にはアナログ的な性質を持つ光との相性が悪いと考えられていました。そのため、光で暗号回路を実装しようとした人はこれまでいなかったのです。高橋さんはあえてそこに挑むことにしました。
「デジタルとアナログの間には大きなギャップがあると考えられていて、あまり研究が進んでいない分野でした。でも、そこのギャップを埋めない限り何も前に進まない。そこで、光で複雑なデジタル演算を実現する手法はないか、考えてみようと思ったんです」

自ら働きかけて仲間を集め、アイデアを形にしていく

高橋さんはこれまで、研究のアイデアが浮かぶとそれをすぐに論文化して学会などで発表し、「この指とまれ」方式で研究仲間を集めてきました。
「熟考する前に行動するタイプなんです。研究者としてはどうなのかな、と思うこともありますが(笑)」
3年ほど前まで取り組んでいた自動車のセキュリティに関するプロジェクトでは、ドイツまで赴いて研究発表を行いましたが、そこに来ていた自動車関連会社が高橋さんの研究内容に興味を示し、共同研究が始まりました。それがきっかけで、現在はNTTグループ事業会社も含めた実ビジネス展開が始まっているそうです。
「小さなスタートアップみたいなものかもしれません。『これはまだ世の中にないものだから、一緒に世界初をめざしましょう』と誘って、力を貸してくれる人を集めるんです。自分の専門分野の領域だけで進めようとしても話に乗ってもらえることは少ないので、できるだけ相手のめざすものも共有しながらWin-Winの関係を築けるような説明をします」

光回路が動く様子を目の当たりにして感動

思いついた研究のアイデアが全て実現するわけではありません。今回の「光技術の暗号回路」という研究テーマも半年ほどは「本当にそんなことが可能なの?」と周囲から半信半疑の目で見られていたそうです。しかし、自身の所属研究所とはロケーションの異なる厚木研究開発センタまで足を運び、光デバイスの研究をしているチームにアイデアを話すなど自ら働きかけているうちに、「それは面白そうだね」と話にのってくれる人が増えてきました。
他の研究者から出たアイデアなども総合して、徐々に研究の概要を固めていき、2021年11月にはNTT技術ジャーナルに「光論理ゲートで構成する暗号回路技術」という論考を発表。そして、2022年9月にはついに光回路の試作品が完成し、暗号方式の関数の一部を動かすことに成功しました。
「動作検証の際、事前に『チップの製造の問題でうまく動かないかもしれない』と言われていたのですが、赤外線カメラでしっかり光回路が動くところを映像で捉えることができました。私たちが世界で初めて、光回路で暗号方式の関数の演算を行った瞬間でした。それを見た時は本当に感動しましたね」

課題は山積み。それを乗り越えて、宇宙へ

今回高橋さんのチームが作成した光回路は、今はまだ回路の一部に電気を使っていますが、今後は全く電気を使わず、光だけで完結する回路方式の実装、光回路の作成に挑戦しようとしています。
「これがなかなか難しくて。今は暗号のデジタル演算を光で実装しているんですけど、いっそ光のアナログ的な性質を生かした、これまでにない暗号アルゴリズムを自分で作ってしまおうか、と考え始めています」
光演算素子の研究自体もまだ発展途上なため、思うように応用研究が進められないというジレンマ。それを抱えつつも、光技術を使った暗号の研究は壮大な展開を見据えています。
「いずれは開発した光回路を人工衛星に搭載して、宇宙で暗号回路を動かそうと考えています。IOWNスペースコンピューティングといって、宇宙でコンピューティング環境を支える取り組みが、今、進んでいます。その暗号部分で私たちが開発した光回路を動作させるのが一番の目標です。10年後くらいには実現したいですね」

研究は一人では成り立たない。チームの一部としての「わたし」

今回の光回路も、その前に取り組んでいた自動車のプロジェクトも、高橋さんにとって、セキュリティというテーマは一貫しているものの、応用領域は全く未知の世界。だからこそ、一人では絶対にやり遂げられなかったと言います。
「研究者は自分の専門領域を突き進むイメージがあるかもしれませんが、私はさまざまな人の専門技術を組み合わせて一つのプロジェクトにしてきたタイプです。今回のプロジェクトでも、私自身は実際に回路を作ったことはありませんし、回路を設計する方、実装する方など、たくさんの人が関わっています。さまざまな専門を持つ人たちが、力を発揮し合うことで一つの研究が形になっていくんです。
未知の分野の方々と仕事するのは本当に楽しくて----価値観が違ったり、意見が対立したりすることもたびたびありますが、それも含めて暗号やセキュリティの世界に閉じこもっていた自分の世界を広げてくれる存在なんです。この全ての人が私にとっての『われわれ』であり、私はその一部なのかな、と思います」