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さまざまな障がいのある人たちが、当たり前に働く社会をつくる

NTTクラルティ(取材当時) 

小川 菜津

未来が拓けたOriHime-Dとの出会い

持株会社の大手町ファーストスクエアビルの受付には、来社されたお客さまをご案内するOriHime-Dという分身ロボットがいます。AIではなく、人間がリアルタイムで動かしているOriHime-D。そのパイロットの一人がNTTクラルティの小川さんです。

「自宅から遠隔操作をして、お客さまを受付から会議室や応接室までご案内したり、興味を持ってくださったお客さまと会話をすることで心地よい時間を提供したりするのが私たちパイロットの仕事です」(小川菜津、以下同)

以前は助産師をしていたものの、病気のために仕事を続けることが難しくなってしまった小川さん。検査を受けても最初は病名がはっきりせず、体調が悪くても「気のせいだ」と言われてしまうこともあり、「自分を理解してくれる人はいない」と思うようになっていったと言います。そんな辛い毎日を過ごす中、ハローワークで紹介されたのがOriHime-Dのパイロットという仕事でした。

「病気になってから、将来が不安になってSNSなどで情報を集めていた際に、難病の人たちがOriHimeのことをよく話題にされていました。興味はあったのですが、OriHimeのパイロットは話術が優れている方や特技がある方といった『選ばれし者の仕事』だと思っていたので、採用されたときにはとても嬉しかったです。OriHimeに関われることと、また仕事ができること、その二つの喜びがありました」

人と人、人と技術の在り方がサステナビリティにつながる

NTTグループでは、OriHimeを活用することで、病気や障がいによって外出が困難になった方々に新しい働き方を提供し、一緒に働く中で、障がいの有無を特別意識することもないほど当たり前な社会の実現をめざしています。

「OriHimeの開発者である吉藤オリィさんは、『孤独の解消』を開発のテーマにされています。私もいろいろなことを諦めて、引きこもっていたときには強い孤独感を味わっていました。しかし、環境や方法を整えれば自分らしく働くことができるし、社会とつながることで孤独は解消され、自分らしくいられるということを、この仕事を通じて実感しています」

情報通信技術を活用した新たな仕事や働く環境を社会に発信し、ノーマライゼーションを推進することをビジョンの一つとして掲げるNTTクラルティ。新たな技術はサステナビリティを実現するために非常に重要であり、有用です。しかし、この点について、小川さんは「人が動かすことの重要性」を強調します。
「最近はAIのロボットも多く活躍するようになっていますが、人間が操作しているからこその温かい声かけができることや、訪れるたびにさまざまな接客を提供できることなど、『人のぬくもり』が感じられることを私は大切にしていきたいと思っています」

その想いの裏側には、こんなエピソードがあります。小川さんが入社して間もないころに、「まだまだ寒い日が続くと思いますので、どうぞお体ご自愛ください」と伝えたところ、「小川さんも気をつけてね」と笑顔で返してくださったお客さまがいたそうです。小川さんの名前を呼んだこのお客さまの目に映っていたのは、ロボットではなく、その向こうにいる小川さん。「人として」そこに存在していることを認識し、受け入れてもらえたことに、感慨深い気持ちになったと言います。病気になったことで社会と断絶されてしまったように感じていた小川さんにとって、仕事は自分と社会をつなぐもの。そして、来社されるお客さまとのコミュニケーションは、人とのつながりを強く実感できるものになっていったそうです。

障がい者を取り囲むさまざまな壁

障がい者が活躍できる社会にするためには、まだまだ解決すべき課題はあります。たとえば、住宅。賃貸住宅の情報で、「バリアフリー物件」として紹介されているものもある程度の数がありますが、実際には室内に段差がないだけで、建物の入り口に段差があり、そこにスロープが設置されていないような物件も少なくありません。苦労して内見に行ってからその事実が判明することも多く、社会に出ていくための準備である家探しだけでも困難が待ち受けています。また、認識や知識における課題もあると小川さんは語ります。

「多くの人は『障がい者』を一括りで捉えています。でも実際には、障がいに起因する病気や事故、そしてその症状や程度、進行具合は千差万別です。そのため、できることと、できないことは人によって全然違います。『障がい者』として捉えるのではなく、一人の人として得意・不得意を見て、接してほしいです」

障がい者一人一人の能力をきちんと評価することで、今よりも活躍できるステージは増えるはずです。たとえば、病気や障がいで外出が困難な人の中にも一つの分野に特化し、研究者並みの深い知識を持っている方がいますが、OriHimeを活用することで、彼らが専門的な施設やお店などのガイドとして働くこともできるのではないかと小川さんは話します。一方で、障がい者の可能性を狭めてしまう行動もあります。

「すごく心苦しい話なのですが、良かれと思ってやってくださることが、障がい者にとっては複雑な気持ちになる場合もあります...。手伝ってくださるのは本当にありがたいのですが、『これできないと思うからやっておいたよ』と言われると、こちらも『頑張ればできます』と言えず、どんどん『自分は何もできない』という気持ちになっていってしまうんです。だから、いきなり先回りしてやってしまうのではなく、本人に確認したり、様子を見ながら少しずつお手伝いしていただけると助かります」

善意の行動でも、障がい者の可能性や、彼らが活躍する幅を狭めることになりかねない。小川さんも、自分が当事者になったからこそ気づけたことがたくさんあると言います。正しい知識を持ち、一人一人が理解し合うことで、自分とは異なる多様な考え方を受け入れる土壌ができていく。それがサステナブルな社会の実現には不可欠です。

周囲や社会との関係を、発信することで変えていく

「Self as We」という考え方は、「わたし」だけではなく、「わたし」以外も含んだつながりや関係性全体を指す「われわれ」を自己として捉えるというもの。これを阻害するものが「わたし」と「わたし」以外の間にある壁であり、障がいのある方々が社会に出ていくことを阻むさまざまな課題も、その壁の一つだと言えます。

「吉藤オリィさんが掲げる『孤独の解消』という言葉が、『Self as We』に当てはまると思っています。さまざまな理由があって外出が困難な人が何かを諦めざるを得ない状況をつくらないようにすることで、孤独を解消していく。そのためには、自分でできること、できないこと、挑戦してみたいこと、不安に思っていることなどを当事者自らが発信することが大事。そして、社会参加するために勇気を持って一歩踏み出すことで、さまざまな壁をなくしていくことが必要だと感じています」

発信をすることで反発を受けることもあり、迷いや不安もあると言います。しかし、それでもOriHime-Dのパイロットとして、障がいがあっても、持てる力を発揮しながら社会参加ができるということを、身をもって伝えていきたいと小川さんは語ります。また、障がいを抱える人たち自身が「Self as We」を実践するために日常の中でできることについては...

「私も苦手なのですが、時には『人に頼る』ことも大切だと感じています。自分が抱えている辛さや困難を、人に頼ることで伝えていく。声をかければいつでも手伝う用意ができている人は意外と周りにいます。声をかけてもらえるのを待つだけでなく、こちらからも勇気をもって話しかけていきたいですね」