NTTのサステナビリティ活動
近年、児童虐待は社会問題として深刻化しており、こども家庭庁によると、2022年度の全国の児童虐待相談対応件数は21万9170件に達し、32年連続で過去最多を更新しています。このような中、江戸川区児童相談所「はあとポート」は、2020年4月に開所されました。開所後から児童虐待相談は急増し職員の業務が逼迫、この問題に関する相談がNTTテクノクロスに届きました。
この課題に取り組んだNTTテクノクロス デジタルトランスフォーメーション事業部の角 尚明さんは最初に相談を受けた当時をこう振り返ります。
「江戸川区児童相談所の総合窓口への電話相談は、2020年度は5216件、そのうち虐待に関する相談は2042件。これは全国でも特に多い件数です。1日に200~300件の電話相談を総合窓口の相談員で一次対応し、その内容に応じて各担当部署に対応を振り分けます。相談内容は、虐待や非行に加え、母子保健、育児、不登校、心身障害など多岐にわたり、相談する方や相談内容もさまざまです。総合窓口では、これらの内容を正確に把握し、適切にエスカレーションをしていく必要がありました」(角 尚明、以下同)
電話での一次対応をする相談員は、人名や地名、専門用語を的確に聞き取る必要があります。また、電話の向こうの相談者が興奮や疲労状態であることも多いため、ヒアリングに差が生じるという課題がありました。相談員は本来の業務である面談や子どもたちの直接ケアを優先しているため、相談内容や対応履歴の記録の整理業務は夜間や休日に行うことが多くなり、長時間労働が常態化していました。
このような状況の改善に向けて、角さんは、音声認識や感情分析、言語解析といったNTTの研究所技術を活用したコールセンターAIとして多くの実績を持つ「ForeSight Voice Mining」プロダクトが、これらの課題を解決する鍵となると考えました。
「江戸川区児童相談所では、電話相談後の記録業務を削減し、面談やクレーム対応、子どもたちの心のケアに十分な時間を確保したい中で、職員の長時間労働がメンタルヘルスに影響を与えることを懸念していました。この課題を解決するために、AI技術を活用して電話応対と記録業務の効率化を図ることが検討されました。そして、児童福祉の専門家である獨協大学の和田 一郎教授から『児童相談所の業務効率化にAI技術を活用できないか』との相談を受けました。ここから、児童相談所、児童福祉の専門家、IT専門家の3者が一体となって課題解決に取り組む、コールセンターAIプロダクトを活用した日本初のプロジェクト(NTTテクノクロス調べ)が動き始めました」
江戸川区児童相談所「はあとポート」の課題
(第11回NTTグループ サステナビリティカンファレンスでの投影資料より抜粋)
このコールセンター向けAI技術での音声テキスト化や応答マニュアルの自動表示機能は、主に金融機関や通信会社、ガス・電気などのインフラサービスを担う企業に導入されてきました。何百人規模で電話応対をするオペレーターがいる大規模なコールセンターの業務効率化や経費削減、応対品質などの課題を解決をする技術です。本プロジェクトのように、児童相談所はもとより、自治体に導入することは初めてのケースでした。角さんは、当初、このシステムの導入にあたって「不安があった」と語っています。
「まずは児童相談所の実情を把握するために、現場に通い、その切迫した状態を目の当たりにしました。職員の皆さんは、子どもたちの命を守るために全力で取り組んでいらっしゃる。しかし、子どもたちと向き合うことが本来の業務であるにも関わらず、電話応対の記録入力やその他煩雑な業務にも対応しなければならない。そして、児童の虐待件数は、全国で年々増えている状況でした。このような深刻な課題を抱えている現場に、私たちの技術を導入して効果を得ることができなかったら、あるいは、操作に時間がかかり職員の皆さんの業務を増やすことになってしまったら、子どもたちの命に危険が及ぶことになってしまいます。このようなことが起こらないよう、導入に向けては実証実験を兼ね試験運用を綿密に行い、その過程で効果的な活用方法を見出していくことにしました。万が一、実証実験でうまく機能しないようなことがあったなら『この先の提案はあきらめようか』という覚悟もありました」
2021年7月から試験運用が始まり、期間中、角さんはチームメンバーとともに頻繁に現場を訪問し、アンケートやインタビューを重ねました。利用状況や習熟度に合わせた操作説明なども実施し、導入後の業務変化を実感してもらえるよう尽力しました。そして、このシステムを使った運用は徐々に現場に浸透し、2022年1月には本格導入として110台分、江戸川区児童相談所の電話窓口全てに導入されました。
「導入した当初は、業務効率化の指標として、まずは職員の皆さんの残業時間削減をめざしましたが、業務品質の向上も実感していただきました。これは『スーパーバイザー支援機能』を活用することで、電話応対をリアルタイムで監視することができ、同時に管理者が通話内容を確認できるようになったためです。具体的には、一次窓口の相談員の通話中に注意するべきワードや問題点が発生した場合、管理者が迅速にサポートすることを可能にしました。また、通話内容はリアルタイムにテキスト化されるので、メモを取る必要がなくなり、相談内容に対して効率的に対応できるようになりました。このような応対品質の向上で、職員の方からは『見逃してはならない子どもたちのサインに、即時で対応できるようになった』と言っていただきました」
コールセンター向けAI導入後のフロー
(NTTテクノクロス 導入事例より引用)
江戸川区児童相談所の業務効率化に貢献したことを契機に、NTTテクノクロスでは、ひとりでも多くの子どもの命を救うことができるよう、主に首都圏の児童相談所へカスタマイズした製品の導入を推進しています。現在、9カ所の児童相談所に導入され、児童虐待の予防や早期発見・対処に活用されています。角さんは本プロジェクトの横展開に対してこう語っています。
「このコールセンター向けAI技術によるプロダクトを企業に導入してきた私たちの役目は、導入先の利益損失を回避する、あるいは利益を追求することが主たる目的としてありました。しかし、本プロジェクトの『子どもたちの命を守る』というミッションと、社会貢献や社会課題の解決という背景を考えると、導入に向けての提案は自信をもって行うことが必要でしたし、提案後、うまくプロジェクトが進まない状況があったとしても、途中で投げ出すことは絶対にできません。そのためにも、本プロジェクトを進めていくには、システムの信頼はもとよりチームメンバーとの団結も重要になると考えていました。その結果『私たちのチームだからこそ対応することができた』と考えています」
江戸川区児童相談所での取り組みにおいて、角さんは次のようなときに「Self as We」を感じたそうです。
「一緒にこの課題に取り組んだ江戸川区児童相談所の皆さんや、児童福祉の専門家である和田教授は、目の前の困っている子どもたちを『助けたい』と真摯に思われていて、私たちのビジネスシーンではなかなか出会うことのできない方々でした。日々接している中で、皆さんの使命感を目の当たりにし、とても心が動かされました。そして、私も『子どもたちを救うために何かできないか』という思いと同時に、このプロジェクトは、社会課題の解決に取り組む『NTTグループがやるべき仕事』だとの思いも抱きました。児童虐待という社会問題に対して、一体(We)となってチャレンジしていることを実感できました」
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