エアコンが欠かせなくなる夏場や冬場、私たちは特に多くの電力を消費します。家庭ではなく、オフィスビルなどの大きな建物であればなおさらのこと。世界的な脱炭素化のトレンドの中で、経済的な観点だけではなく、CO2排出の観点からも省エネが求められています。
このビルの空調機器の省エネ問題に挑むのは、NTTスマートデータサイエンスセンタの研究員である児玉さん。その根底にあるのは「世の中で使われる技術に携わりたい」という思いです。
「NTTには利益を追求するだけでなく、広く世の中のためになることをめざしている人が多い印象です。研究者としても目先のことだけにとらわれず、最先端の技術と課題に集中できる環境だと感じて、入社を決めました」(児玉 翠、以下同)
現在、児玉さんを含む4名の研究グループは、AIを活用したビルの空調制御システムの開発に取り組んでいます。省エネと快適な環境を両立する空調制御が実現すれば、電気代の節約になるだけでなく、CO2排出量削減にも寄与することができます。
「一般的にビルの消費エネルギーの約4割は、空調機器だと言われています。日本全体のCO2排出の中でも、ビルが占める割合は小さくありません。私たちの開発した技術が日本のCO2排出量削減につながっていくかもしれない。それが、この研究の魅力なんです」
大規模な施設の空調には、設定の変更から空調が効いてくるまでタイムラグがあるため、リアルタイムのデータで空調を制御しても快適な温度にはなりません。
そこで、児玉さんたちが開発に着手したのは、AIで未来を予測しながら前もって空調を制御する「フィードフォワード制御」。しかし、これには大量のデータが必要になるという課題がありました。
「空調の快適性は温度や湿度、風量、人の活動など、さまざまな変数によって決まります。これらをAIで予測するためには、導入するビルについて最低2カ月くらいはデータをとらないといけないんです。でも、2カ月も経ったらもう季節が変わってしまいますよね」
オフィスビル等で見られる空調機器。
「暑い」「寒い」と感じた時に温度設定してもすぐ適温にはならない
そこで児玉さんたちは、より少ないデータでAI予測ができるよう、新しい試みにチャレンジすることにしました。それは建物の構造から空気の流れを計算する流体解析というもの。
「それまでのわれわれのアプローチは、温度や湿度などの快適性に関わる過去のデータだけを積み上げてAI予測するものでした。新しいアプローチは、建物の構造や物理法則からわかる『ここは出入り口』『ここから外の空気が流入する』などの情報で、その予測を補おうという考え方です。これによって少量のデータでもAI予測が可能になると考えました」
児玉さんにとって流体解析は全くの専門外。一から勉強し、3カ月かけてシステムを組んでみたものの、最初はうまく動きませんでした。
「構造の条件を入れて動かしてみたら、シミュレーション結果の温度が4000度と表示されてしまったのです。何度やっても、現実的にはあり得ない数値が出て...。一度はあきらめました」
それでも粘り強く取り組み細かく設定を調整することで、なんとか精度の高い予測が可能に。最短3日間の測定データから快適性を予測し、それをもとに最適な空調シナリオを算出する「空調最適制御シナリオ算出技術」が形になったのです。
データ分析を専門とする児玉さんですが、今回のようにまったく新しい領域の勉強をすることは珍しくないとのことです。
「データ分析は、分析対象についてよく知ることが本当に重要。それが専門外であっても、新しいフィールドに怯まずに挑んでいかなくてはなりません。私自身、新しいことを調べながら、試行錯誤するのが好きです。うまくいくかわからないことに積極的にチャレンジさせてもらえるのは、NTTの研究所ならではかもしれないですね」
2021年の夏には、JR東日本グループと実証実験を実施。開発した「空調最適制御シナリオ算出技術」をJR新宿ミライナタワーのオフィスロビーに適用しました。
「私も現地まで行きました。AI制御で普段に比べたら高めの設定温度になっていたのですが、快適で安心しました。人知れず行っていることなので、来館者の方から特に褒めていただくようなことはありません。でも、『クレームが来ないこと』が何よりの成功なのです。その裏では省エネが行われているわけですから」
実証実験の結果、快適性を保ちつつ、空調機が用いる消費エネルギー量を約50%まで削減できることを確認。現在はNTTグループの各社とともに、商用導入に向けて検証を進めています。
「すでに、いろいろな企業からこのシステムを入れたいというお声をいただいています。ビルの空調を操作するプラットフォームに導入されたら、日本のビルに一気に普及するということもあり得ます。日本のビルすべてで空調の消費エネルギーを50%削減できたら、その効果は大きいですよね」
「目先のことだけでなく、未来を見据えて、世の中に使われるような技術を生み出したい」。そう思ってNTTに入社した児玉さんは、NTT武蔵野研究開発センタにある石碑の言葉を時折思い出しながら研究にいそしんでいます。
「知の泉を汲んで研究し実用化により、世に恵を具体的に提供しよう」(電気通信研究所初代所長・吉田五郎)
児玉さんはこの言葉の通り、「研究結果を多くの人に使ってもらえることこそが大事」と考えているとのこと。データ分析の研究者といえば、ひたすら数字と向き合っているような印象を持つかもしれません。しかし実際の児玉さんの仕事は、お客さまの課題と向き合うことから始まるそうです。
「個別のお客さまの声をきちんと聞かないと、世の中のニーズは見えてこないと思います。お客さまの潜在的なニーズにまで耳を傾けて、技術に落とし込むのが私の仕事です。
研究者の仕事は机上のデータで論文を書いているイメージがあるかもしれないですが、私は実際に現場に出向いてデータをとって、というスタイル。もちろん私も論文を書くことはありますし、世の中に技術を広めるためにはそれも大切だと思います。でも私のモチベーションは、最終的に世の中の人に技術を使える形で提供することです」
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