NTTのサステナビリティ活動
気候変動対策が世界的な課題となる中、脱炭素化に向けた対応が急務となっています。企業には成長と脱炭素化の両立が求められていますが、自社努力のみでのGHG(温室効果ガス)排出量削減には限界があります。そこで、GHGの削減量や吸収量を「クレジット」として売買できる、カーボンクレジット市場への期待が高まっています。国が認証する仕組みであるJ-クレジットでは、太陽光発電などの再エネや、省エネに由来するクレジットの市場が拡大していますが、森林由来のJ-クレジットは取引量が伸び悩んでいるという課題が存在しています。
森林由来のカーボンクレジットを活用することで、森林や木材を循環利用できる
「森林クレジットは生物多様性保全や水源涵養、土砂災害防止など、CO2吸収以外の環境価値が高いクレジットです。しかし他と比べて価格が高いこともあり、市場はまだ活性化していないのが現状です」と語るのは、「森かち」プロジェクトリーダーを務める藤浪 俊企さんです。
森林クレジット市場では、クレジットを創出したい自治体や森林組合などの「創出者」と、CO2オフセットのために購入したい「購入者」、森林の管理状況やCO2吸収量などを厳格に調査しクレジットの妥当性を検証する「審査機関」が存在します。しかし森林クレジットを審査する審査機関は3機関しかなく、それがボトルネックとなり、クレジット認証量の伸び悩みを招いているという構造的な問題があります。加えて、創出者にとって審査手続きが非常に煩雑であることも、市場の拡大を阻害する要因となっています。
森林クレジット市場を取り巻く「創出者」「購入者=企業」「審査機関」
「企業がクレジットを購入する主な目的は、事業活動で排出される温室効果ガスを他での削減・吸収活動によって埋め合わせる、いわゆるCO2オフセットです。削減努力をしてもなお排出されてしまう分をカバーする手段として有効ですが、単純にCO2を減らすという観点では、企業はできるだけ安価なクレジットを選択するケースが多くなりがちです」と藤浪さんは指摘し、続いて「森かち」についてこう解説します。
再エネ・省エネクレジットに比べ、森林由来の創出量は約10%、無効化・償却量は約5%と低い
「私が担当している森林価値創造プラットフォーム「森かち」は、協業パートナーである住友林業さまの有する森林経営の豊富なノウハウと、当社のICT技術を融合することで、高品質なクレジットの創出と、透明性の高い取引を実現することができます。最大の特徴は、森林の所有者、審査機関、購入者である企業の全てのステークホルダーを支援する包括的なサービス設計と事業運営です。
住友林業さまは林業のプロとして「創出者」である森林所有者を、われわれはシステム開発およびビジネスネットワークを活用し、「購入者」である企業を主に担当しています。ただし、明確に線引きはしておらず、お互いが補完し合いながら事業を推進することで、お互いの潜在ニーズをサービスにも盛り込んでいます」(藤浪さん、以下同)
森林価値創造プラットフォーム「森かち」のサービス概念図
「森かち」には、従来のカーボンクレジット取引プラットフォームとは一線を画す、次の特長があります。第一はシステム面で、GIS(地理情報システム)を活用した地図ベースでの情報可視化機能を用い森林の位置情報、施業履歴、樹種など、分散管理されていた情報を統合して、地図上で参照できるようにしました。これにより、購入者はクレジットが創出された森林位置の把握ができ、所有者・審査機関は森林の位置情報を含め、その他プロジェクトの登録やクレジットの認証・発行の際に必要な情報を簡単に共有でき、審査の効率化と透明性向上を実現することができます。
加えて、森林クレジットの販売ページでは地域の特徴などの豊富な情報を伝える機能も搭載しています。「販売者からは、クレジット販売だけでなく地域や森林管理における取り組みのPRにもつながるため、非常に好評をいただいています」と藤浪さんは話します。
GIS(地理情報システム)を活用し、地図上で情報を一元管理
地域の特色を掲載することで自治体のPRにも貢献できる
第二の特長は、クレジット売買にとどまらない"人と人をつなぐ取り組み"を行っていることです。NTTのラグビーチーム「浦安D-Rocks」は、ホストゲーム開催に伴い排出されるCO2をオフセットするため、熊本県人吉市のクレジットを購入。この取引をきっかけとして、選手たちが実際に現地にも訪れて、子どもたちと田んぼラグビーを楽しむイベントに参加しました。
「人吉市長が地元の小学校で講話をされた際、『この町は、NTTとともにカーボンニュートラルに貢献するという立派なことをしているんだよ』と話されたそうです。クレジットの購入は、企業だけでなく地元の方々の環境意識の醸成にもつながることを実感しました」
森林クレジットの「創出者」と「購入者」がイベントを通じて交流
また「森かち」は、和歌山県田辺市のソマノベースが提供する、どんぐりから苗木を育てて植林につなげる「MODRINAE(戻り苗)」と連携した活動も行っています。これは、企業がカーボンクレジットを購入する際に、社員が自宅やオフィスでどんぐりを1~2年かけて育て、それをクレジット創出地に持参して植林するという体験型の取り組みです。
「カーボンクレジットによるオフセットは、単発的な企業活動として終わりがちです。しかしこの仕組みによって社員を巻き込み、長期的な活動として位置付けることで、環境意識の醸成や行動変容が企業全体の脱炭素推進につながると考えています」
藤浪さんが描く「森かち」の将来像は、CO2吸収にとどまらない森林の多面的価値を収益化すること。現在、NTTグループ各社と連携して、生物多様性の定量化モニタリングサービスの開発に取り組んでいるといいます。
「衛星写真から地域の植生や生物の生息状況を推定し、時系列で分析することで変化を可視化する技術を開発しています。京都市下京区で生物多様性の保全に取り組むバイオームとも連携し、実証実験を通じて精度の向上を図っています。このような技術を活用することで、これまで『何となくCO2吸収以外の環境価値もあります』という感覚的な訴求しかできなかったものを、定量的に示すことができるようになります。クレジット創出前後で生物多様性スコアが向上するという事実は、大きな付加価値になると考えています」
バイオームとNTTグループが連携した、リモートセンシングによる植生・生物の広域推定技術のイメージ
また、2025年8月からは関東経済産業局の委託事業にも採択され、J-クレジットの活用促進に向けた支援活動も展開しています。セミナー開催や相談窓口の設置、優良事例の発掘を通じて、森林クレジット市場全体の底上げをめざしています。
2025年10月末からは大手町プレイス近辺で、バイオームが提供するスマートフォンアプリを活用して生き物の写真を撮影し、生物データ収集と環境意識の醸成を同時に進めるイベントを行います。「リアルな『ポケモンGO』のようで、特に親子に人気のアプリです。楽しみながら生物多様性について学べる機会を提供したいと考えています」
身近な生物データから環境問題について考えられる
「いきものコレクションアプリBiome」
こうした取り組みの先に藤浪さんが最も重要視するのは人々の意識の変革です。
「気候変動対策にはコストがかかります。しかし、企業のGX(グリーン・トランスフォーメーション)に対するモチベーションを維持するには、そうした取り組みをしている企業にメリットがなければなりません。最終的には消費者が、環境意識の高い企業の商品を積極的に選択して購入する――そんな世界を実現する必要があります」
現在の日本におけるエシカル消費(環境や社会に配慮した消費行動)の浸透度について、藤浪さんは「理想を100とすれば、まだ10程度」と厳しく評価しながらも、テレビCMでカーボンニュートラルや環境対応商品の訴求が徐々に増えていることに、希望を見出しています。
「第12回NTTグループ サステナビリティカンファレンス」にて
登壇発表する藤浪さん
まさにSelf as Weの理念を体現する取り組みとも言える「森かち」のプロジェクト。森林の所有者、審査機関、クレジット購入者、企業で働く人、そして市民が「われわれ」として協働し、森林という共有資産を維持・活用する仕組みを構築しています。
最後に藤浪さんは「一人ひとりの意識が企業を変えていきます。普段の買い物やサービス利用の際、環境への取り組みを選択理由の一つにしてほしいです」と呼びかけました。
そうした積み重ねが、循環型社会の構築につながり、Self as Weの理念を現実のものとしていくことでしょう。
個々の利益追求を超えて、地球環境・地域社会・企業活動をつなぐ価値の創出をめざす「森かち」プロジェクトのメンバー
住友グループ各社の事業の多くが生まれた旧別子銅山跡地にて
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