NTTのサステナビリティ活動
宮崎県の北部、九州中央山地のほぼ真ん中に位置し、その面積の9割が山林の諸塚(もろつか)村。古くから山と森林を守り、林業を主産業とする自然と共生した地域です。NTT西日本グループは、この宮崎県北部の地域で持続可能な森林経営の実現をめざす、林業を起点とした地域活性化プロジェクトに取り組んできました。このプロジェクトを中心者として牽引してきたのが、NTTビジネスソリューションズ 宮崎ビジネス営業部の湯地 裕史さんです。
「地域活性化プロジェクトを開始した2019年当初、身近な視点で、私の出身地でもある宮崎県における地域貢献の取り組みとして"宮崎らしさ"を探していたところ、杉の素材(丸太)生産量が32年連続日本一だということを知りました。しかも、国産材の活用が見直される中、山林での違法伐採が県内だけで年間数十件発生するなどの問題が起きていました。この違法伐採をドローンで監視できないか、と発想したのが始まりです」(湯地 裕史、以下同)
そこから林業の現状を調べるうちに日本全国の山林地域が共通して抱える課題が見えてきたそうです。
「日本は森林面積が国土の3分の2を占める世界有数の森林大国です。しかし、現在は宮崎県だけでなく、全国で森林所有者の高齢化、後継者不足による山離れが発生し、伐採後に再造林をしないエリアが増えています。また、国産材の需要に対して林業従事者の数が不足しています。こうした課題をドローンや人工衛星、ICTを活用し、DXで解決できるのではないか、効率的でサステナブルな森林・林業の経営、国産木材の安定供給と利用促進が実現できるのではないか、と考えました」
最初に取り組んだのは、宮崎県森林組合連合会と宮崎大学、ドローンベンダーとの協業による森林調査でした。
「森林調査の目的は、山林に生える杉の木の本数、高さ、太さを調査することです。この数値から、その区域で丸太がどれくらい取れるかなどの素材生産量を計算し、山の価値を割り出します。課題は、調査にかかる時間と人手不足でした。従来は4人1組のチームで目視と手作業での実測を行い、8ヘクタールの山林を調べるのに9日間かかっていました。それをドローンからのレーザー計測と人工衛星の映像を組み合わせた方法を用いることで、計測に30分、取得データのチェックに半日程度と、稼働時間を約40分の1に削減できました。さらに、目視と手作業での実測データと比べても9割の精度が出ることを立証し、森林情報のデジタル化を進めていきました」
このようにICTの活用とDX推進によって、林業の省力化、山林の価値の見える化の可能性が示されました。そこで、諸塚村などの自治体、県内の森林組合を会員とし指導事業・経済事業を行う森林組合連合会、育林を担う広域森林組合、伐採・運搬などの生産事業を行う素材生産業者の共同組合連合会、木材を製材する製材所の共同組合連合会、学術サポートを担当する宮崎大学など、さまざまなステークホルダーと「森林・林業DX協議会」を設立します。湯地さんは森林・林業DX協議会の役割についてこう語ります。
「サステナブルな森林・林業の経営、国産木材の安定供給と利用促進を実現するには『伐る、使う、植える、育てる』という森林の健全なライフサイクルを循環させる必要があります。しかし、少子高齢化が進む中、森林所有者の山離れや、林業事業体の森林調査などでの人手不足のように、ステークホルダーそれぞれが解決したい課題を抱えていました。私たちがこうした課題の解決に取り組むには、最先端のノウハウを持ち込むだけでは足りず、地域に深く関わりながら林業関係者の声をしっかりと聞く必要がありました。森林・林業DX協議会の設立は共創の場づくりとして不可欠だったと感じています。私は発起人として事務局を運営し、森林の経営維持に悩む所有者、少しでも高く木材を売りたい素材生産業者、安定的に木材を仕入れたい製材所などの元に足を運び、自ら話を聞き、課題の核心がどこにあるのかを探っていきました」
難問山積ではあったものの、全てのステークホルダーが「未来に向けて山を守りたい」「林業を継続可能な産業にしたい」という思いを持っていると知った湯地さんは協議会を牽引していきます。しかし、当初は外部から「ICTで、DXで、林業を変えよう」と地域に入ってきた湯地さんを訝しげに見る関係者も少なくなかったそうです。
「あるときはDXの仕組みを説明する打ち合わせの場に、林道から外れたヤブ蚊がブンブン飛ぶ山林を指定され、スーツに革靴のまま斜面を登っていったこともあります。おかげでこちらの本気度が伝わり、関係者の一員として受け入れられるようになりました」
地道な取り組みで関係者との信頼関係を築きながら、森林・林業DX協議会はサステナブルな林業への道として「森林情報のデジタル化、共有データ化と見える化」「木材の需給マッチングによる取引」「カーボンクレジットによる新たな付加価値創出」の実証に取り組んでいきました。
アプリ内「山林資産価値」の画面イメージ
所有者ごとの資産価値を可視化
出所:地域創生Coデザイン研究所
「人工衛星・ドローンによるレーザー計測とAIデータ解析によって山にある木の本数や種類、資産価値、CO2吸収量などをデータ化して、それらの情報を閲覧できる『森林クラウド』アプリを開発し、関係者に共有しました。その結果、森林所有者が自身の山の価値を認識することで、森林経営の意欲が高まったことがアンケート調査でわかりました」
また「『森林クラウド』アプリによる木材取引の実証も行いました。通常、木材の取引は原木市場で行われ、伐採業者が売り手、製材業者が買い手となって、現物を見ながら競りが行われています。ところが、安定的に購入したい製材業者が市場に足を運んでも、気象条件などの理由で伐採ができず、丸太の入荷がなく空振りに終わるなど、需給のニーズがすれ違うことも少なくありませんでした。そのような課題に対し、製材所が欲しい木材を予約することで、安定的に購入できるようになり、その利便性を評価して買い手側は木材を市場価格よりも数百円高く購入。少しでも高く売りたい伐採業者のニーズも満たされ、またその利益は山林所有者にも還元されるので、再造林へのモチベーションが高まります」
森林所有者を起点としたDX推進により、【所有林適正管理・取引活性化・再造林業務へのシフト・素材生産量拡大・森林への投資拡大】を促進することで、持続可能な林業・木材産業につなげ、さらにカーボンニュートラル社会の実現に寄与
森林・林業DX協議会はDXで原木市場での需給の課題を解決し、木材の安定供給に貢献する一方、持続可能な森林経営の実現に向けた具体的な取り組みとして「カーボンクレジットによる新たな付加価値創出」を進めていきました。
「林業は育林から伐採までには30年から50年かかるビジネスです。その時間軸の中で、サステナビリティをめざさなければならない。『伐る、使う、植える、育てる』の『植える、育てる』を後押しするには、山林そのもの価値を高めることが欠かせません」
そこで、森林が持つCO2の吸収量を価値にする国の制度「J-クレジット」に着目。J-クレジット制度は、省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの利用によるCO2などの排出削減量や、適切な森林管理によるCO2などの吸収量を「クレジット」として国が認証する制度です。クレジットは企業などに売却でき、カーボン・オフセットの取り組みなどに使われます。このJ-クレジットの創出支援、販売支援を行いました。
「これは全国の山林にも当てはまる課題ですが、諸塚村でも山林の多くは民有林で所有者はばらばらです。そのままでは土地面積が小さく、J-クレジットへの登録が煩雑な作業になるばかり。そこで、地元の組合と協働し、約100人の民有林所有者の土地を取りまとめ、178ヘクタール、東京ドーム約35個分を集約しました。森林組合と山林所有者でJ-クレジットを申請し、2024年には2200トン分が承認されました。擬似的に集約した民有林での申請が承認されたのは先進的な事例で、全国に横展開可能なノウハウを得ることができました」
試算通りにクレジットが発行されれば数億円規模のクレジット創出が見込まれ、これは同地域における持続可能な森づくりに活用されます。そして、長期の森林経営の計画があれば、企業や投資家の参画を促すことも可能になります。
「つまり、信頼性の高いカーボンクレジットの発行は山の価値を高め、地域林業の活性化、適切な森林管理による環境保全が進み、森林の健全なライフサイクルを循環させる強力な後押しとなるでしょう」
湯地さんが諸塚村で「Self as We」を感じたのは、実証事業の段階から地域のステークホルダーと一緒に汗をかき、社会実装によって地域の課題解決ができた喜びを共に実感した瞬間だったといいます。
「しかし、この取り組みはまだまだ続きます。それは、日本の国土の3分の2を占める森林の約6割が10ヘクタール未満の民有林で、その約半分が伐採適齢期を迎えていますが、諸塚村とも共通する課題によって『伐る、使う、植える、育てる』という森林の健全なライフサイクルが循環しない、負のスパイラルに陥っているからです。森林資源は防災、生物多様性保全、CO2吸収源、気候緩和などの多面的機能を発揮する財産であり、2050年のカーボンニュートラル実現に向けては欠かせない存在です。地域に密着した事業を進めているNTTグループ各社が、それぞれのNTTらしさを発揮して各ステークホルダーを巻き込み、日本全国でサステナブルな森林経営・林業の実現をめざすことは、まさに『Self as We』を体現する取り組みだと思います」
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