あらゆるものがネットワークでつながり、私たちの暮らしが便利になる一方で、データ通信量の増大が新たな課題を生んでいるのをご存じでしょうか。その課題とは消費電力の増加です。
通信のためのサーバーやネットワーク機器を設置するデータセンターの消費電力は、データ通信量の増加に伴って増加します。科学技術振興機構の低炭素社会戦略センターの試算では、現在のサーバーの性能を前提にした場合、2030年にはデータセンターの世界電力消費が現在の15倍に膨らむとも言われています。
「NTTグループでは通信インフラをご利用いただくため、全国各地に多くのデータセンターを所有しています。身近なPCやスマートフォンの利用シーンをイメージしていただければわかるように、皆さんが利用するデータ量は年々増えています。それに伴い、現在のサーバーの省エネ性能のままではデータセンターで消費する電力もどんどん増えてしまうのです。
NTTグループの年間電力消費量は日本全体の1%に及ぶと言われていますが、大きな割合をデータセンターが占めています」(伊藤 義人、以下同)
ご存じの通り、電力供給とCO2排出には密接な関係があります。世界的な脱炭素化の流れの中で、 2040年までのカーボンニュートラル実現 をめざすNTTグループ。現在、伊藤さんはNTTネットワークイノベーションセンタで、データセンターの省電力化のための技術開発に携わっています。
「もともと、社会に影響を与える仕事がしたいと思ってNTTに入社しました。たくさんの人が利用するサービスの裏側に携わることで、めざすべき社会の一部になりたかった。NTTグループのデータセンターを省電力化することは、地球環境に大きなインパクトをもたらします。だからこそ、今のプロジェクトへは高いモチベーションで臨めているのだと思います」
このデータセンターの省電力化に向け、伊藤さんが開発に関わっているのがパワーアウェア動的制御技術(PADAC:Power-Aware Dynamic Allocation Controller)という技術です。
「PADACは、データセンターのサーバーリソースをソフトウエア制御することで省電力化を実現する技術です。単純な例で言えば、サーバーも家電と同じで、新しいほど省エネ性が高いもの。これまで最新のサーバーも古いサーバーも半々で使っていたのを、状況に応じて使い分けるだけで、省エネ効果を見込むことができます。もちろん実際にはもっと複雑で、デバイスとアプリケーションの相性、温度、稼働率など、各種パラメータが最適なバランスとなるようソフトウエアで制御しようということなんです」
PADACのイメージ図
データセンターの省エネにつながる技術を確立させるため、PADACのプロジェクトが立ち上がったのは約2年前。伊藤さんがプロジェクトにアサインされたのは、それから約1年後のことでした。その時点ではPADACをどう実現するのか、技術的な意味では何も決まっていない状況。そこで伊藤さんに課せられた役割は、プロジェクト内で検討されていたいくつもの技術の種を組み合わせ、1つのシステムとして成り立たせることでした。
「最初は社内にある技術の仮説を集めて精査することから始めました。『サーバーリソースを制御するソフトウエア』というテーマは共通していても、それぞれのメンバーが検討している技術を集めてみると、うまくかみ合わない。本来の目的を見失わないように、筋道を立てて組み合わせていく、その調整がすごく難しかったです」
研究者同士、意見が割れることもあったそうです。それでもプロジェクトを進めることができたのは、NTTの研究者たちに共通する文化のおかげでした。
「NTTの研究所内でなされる議論には、サイエンスを前提とした研究者としての文化が存在しているんです。これは当たり前だけれど、とても重要なこと。相手が誰であれ、1対1の研究者同士として議論できる風土がある。例えば、上司が『こうしたらいいんじゃない』と言っても『私はそう思いません』と返すことができるんです」
議論と試行錯誤の末、電力効率の高いサーバーリソースの制御パターンの抽出がおおむね完了。現在は、特許化や論文執筆による技術の確立をめざしているほか、概念実証のためのプロトタイプの実装も進めています。
「研究所で生み出した技術は、実際に利用されないと社会的な意義がありません。今後はPADACがさまざまな場所で使われ、カーボンニュートラルに寄与できるように、NTTグループ各社及び外部の事業会社と連携していきたいと考えています」
NTTグループでは2030年を目標に、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想 を進めています。その中には、情報処理基盤のポテンシャルの大幅な向上をめざす技術分野「オールフォトニクス・ネットワーク」があります。ネットワークから端末に至るまで、すべてにフォトニクス(光)ベースの技術を導入することで、電力効率を100倍に高めつつ125倍の大容量データを低遅延で伝送・処理するというもの*。伊藤さんが開発している技術は、このIOWN構想の中の一技術としても期待されています。
「オールフォトニクス・ネットワークの光技術でデータを伝送するようになっても、データを処理するのはその先にあるデータセンターです。私が開発している技術は、現在のデータセンターでも使えることは当然として、IOWN構想における光技術を活用した新しいデータセンターでも効果を発揮できるよう、技術の方向性を定めています」
IOWN構想がめざすのは、これまでの通信インフラの限界を越えた、新しい情報通信基盤。伊藤さんはその技術推進の一端を担うことで、入社当時に描いていた「社会にインパクトを与える仕事をしたい」という目標に、着実に近づいています。
*「オールフォトニクス・ネットワーク」について詳細は以下をご覧ください。
研究所の仕事は、自らが研究開発した技術が日の目を浴びるまでに長い年月を要します。さらに地球環境のための研究開発となればなおさらのこと、自分の仕事と社会とのつながりを実感できる機会は少なくなります。しかし最近、伊藤さんの意識を変える出来事がありました。
「子どもが生まれたんです。以前は、社会との関わりは自分が死んだら終わり、と思っていました。それが、子どもが生まれた途端、子どもの人生、さらには孫の人生、と社会に対する責任の期間を急に長く感じました。自分としても驚きの変化だったんです。未来の地球環境が他人事じゃなくなり、子どもや、その子どもが生きていく環境を守ることに実感が持てたというか。自分の残した技術が、地球環境に対してどれだけ効果があるかわからないけれど、自分がリタイアするときに子どもがより良く生きていける環境に貢献できていたらいいなと思います」
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