2020年10月、日本政府は2050年までに脱炭素社会を実現し、温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目標とする「カーボンニュートラル宣言」を発表しました。
NTTアーバンソリューションズグループは、脱炭素、再生エネルギーの活用など、地域社会が抱えるさまざまな課題の解決に向け、街づくりのコンサルティング、不動産開発、ファシリティソリューション、プロパティマネジメント・エリアマネジメントまでのバリューチェーンを通じて、全国各地で個性豊かで活力ある街づくりをサポートしています。
その一翼を担うNTTファシリティーズでは、NTTグループのICT、環境、エネルギーなどのリソースも最大限に活用し、建築設計・ファシリティーマネジメントとエネルギーの2つのエンジニアリング分野を軸にして、持続可能な街づくりを企画から設計、構築、維持管理までトータルにサポート。
NTTアーバンソリューションズとNTTファシリティーズの両社を兼務する平井 貞義さんは、一級建築士や都市計画分野の技術士の資格を持ち、建築設計を手掛ける傍ら、地域開発や地域でのエネルギー事業の立ち上げなどに従事しています。
「建築の世界では、建物で社会にどう貢献できるかにフォーカスが当たりがちです。しかし、私はNTTグループに入社したことで、エネルギーやICTなども含め、より幅広く建築や都市開発、地域開発といったものを捉えられるようになった気がします」(平井貞義、以下同)
そんな平井さんは現在、東京と東北地方を往復する日々を送っています。プロジェクトの始まりは、岩手県一関市から相談を受けたことでした。
一関市の山林
「国際リニアコライダー(ILC)という世界最高峰の加速器施設を有する国際機関を日本に誘致する動きがあって、一関市はその候補地に選定されていました。ILCの誘致を支援する先端加速器科学技術推進協議会(AAA)の『まちづくりワーキンググループ』のメンバーとして活動していましたが、そこではILCのカーボンニュートラルをめざして『GreenILC』というコンセプトを掲げていました。ILCキャンパスでの木材・バイオマス利用、森林のCO2吸収をテーマに検討していましたが、それが一関市の方の目に留まったようです」
ー関市は2016年10月に、国からバイオマス産業都市として選定され、2021年2月には、2050年までにカーボンニュートラルをめざすことを宣言しました。
平井さんは2021年の初めに、一関市に対してカーボンニュートラル実現までのロードマップや、地域の脱炭素化に向けたプロジェクトの計画策定のコンサルティングを提案。同年6月にNTTファシリティーズと一関市は包括的連携協定を締結しました。
カーボンニュートラルの実現に向けて、一関市からは、バイオマス産業都市の取組みの課題となっている同市の山林に放置されている林地残材を、バイオマスとして活用する取組みなどを含めた森林資源の有効活用を軸に進めたいと要望されました。しかし、取組みを進めるに従い、国産材価格の低下や輸入材増加による森林・林業従事者の減少、人工林の荒廃による放置山林や所有者不明山林の急増など、さまざまな問題が浮かび上がってきました。日本の森林は国土の7割弱を占め、その半数が人工林である世界有数の森林資源国であるにも関わらず、森林・林業の衰退が予想以上に進んでいたのです。
「地元の森林・林業従事者の皆さんにアンケートをとったんです。その中に、製材所の方から『廃業しました。回答できず申し訳ありません』と鉛筆で書かれた回答用紙があって、胸を締めつけられました。今この瞬間にも廃業に追い込まれている方がいるんだ、と」
一関市ではここ10年ほどで製材所が急激に減少していました。
一関市東磐木材流通センターの貯木場
カーボンニュートラルとバイオマス産業、そして森林・林業の再生による地域経済の活性化。これらの課題を同時に解決することはできないか――。平井さんは日本各地で先進的な街づくりや森林・林業に関する取組みを行っている地域や企業を訪れます。その中で改めて気付いたのは、必ずと言っていいほど、各プロジェクトには郷土愛溢れる地元の人々が存在しているということでした。
「街づくりで面白いのは、どの地域でも必ず事業で成功を収めた意欲的な経営者に出会うことができ、その人を通じて協力者の輪が広がっていくことです。私がやっていることは、さまざまな人の話を聞いて一つの絵(構想)にすること。そしてそれを皆さんに見ていただいて、共感する人に入ってきてもらうことなんです」
平井さんは一関市でも森林組合、製材所、木材加工工場、その他の地元企業など、さまざまな関係者に話を聞きに行き、現状や課題を把握していきました。
「放置山林や林地残材の活用だけでは解決にならない。森林・林業の再生を産業全体で俯瞰した上で川上・川中・川下に分けて取組み、意欲的な地元林業者に先進的な取組みを行う人たちも加え、一関市の山林を経済的に持続可能な資産となる経済林に変えてゆく仕組みを考えなければ・・・」
そこから生まれたのが、「森林エコシステム」の構想でした。
「森林エコシステム」は、放置山林を経済林に変える「森林ディベロップメント」と林業の加工・流通の収益性改善に向けた「サプライチェーン構築」、そして、新たな価値提供として森林サービスの提供を通じて、森林・林業全体の活性化と地域の脱炭素化に貢献する構想です。
「森林ディベロップメント」は、NTTグループならびにNTTアーバンソリューションズグループが持つリソースと先進技術を利用して、森林・林業に関わる地元企業の経営を効率化するとともに、脱炭素化によるCO2などの削減効果をクレジット(排出権)として発行し、他の企業との間で取り引きできるようにするカーボンクレジットの導入や、ワーケーション・森林セラピーなどの観光・健康産業と連携した森林サービス産業*の創出などにより、森林・林業の付加価値を高めていく取組みです。
「森林エコシステム」の実現に向けては、アクションプランを森林・林業の川上(森林経営・施業)・川中(木材加工・流通) ・川下(需要先)に分けて検討していきました。
*森林サービス産業:森林空間を健康や観光、教育などの多様な分野で活用して新産業を生み出すものとして、2019年2月に林野庁の国土緑化推進機構が提唱したもの。山村の活性化や「関係人口」拡大のために、新たな森と人との関わりの創出をめざす取組み。
川上では、自治体、森林組合、森林・林業従事者の役割を整理し、森林経営計画に基づき、ドローンやICT・DXなどの先進技術(林業DX)を利用して山林の管理と施業を効率化。川中では、地域に不足しているサプライチェーンを補完する総合木材加工団地を創出。各地に点在する木材加工工場のハブに位置付けます。木材生産過程で生み出される端材やバーク(樹皮)も残さずエネルギー利用のチップにし地域へ供給。木材・チップの乾燥には新しく設立予定の清掃工場の排熱を利用することで脱炭素化を図ります。
そして川下では、木資源の需要拡大に向けて、建築木造化とともに、チップを利用したバイオマス発電や熱供給設備を導入し、学校、市役所、病院・介護施設、農業ハウス、製材所などさまざまな場所にエネルギーを供給します。
このプランが実現すれば、単純計算で一関市の家庭の消費エネルギーの3分の1を賄えるほどのエネルギー地産地消化・脱炭素化が図られ、市の森林・林業の経済規模が十数億円程度拡大すると平井さんは言います。
「人があまり住んでいない中山間地域は、経済規模が小さいと切り捨てられがちです。でも、大半を占める森林そのものが"宝の山"なんです」
現在は、「森林エコシステム」を具現化するために、地元の関係者に理解を求めながら、できることを少しずつ進めている段階です。そんな平井さんのプランに賛同してくれる人もいれば、理解を得られないこともあると言います。
「『絵空事だろう』と言われることもありますが、誰かがめざすべきゴールを示さないと、何も起こらないと思うんです。批判やご意見には真摯に耳を傾けていきます。そして、課題に対して粘り強く答えを模索します。そのうえで、どこかのタイミングで『一緒にやりましょう』と言ってくださる方々と出会えれば、と思うんです」
平井さんは、セミナーなどで構想について話す機会もあり、他の市町村からも「同じような取組みを検討したい」「温泉熱を木材の乾燥への利用はできないだろうか」などの相談を受けています。その時、よく聞かれる質問があるそうです。
セミナーで講演する平井さん
「『なぜNTTが山林を扱うの?』と聞かれるんです。確かに、通信会社と山林は関係なく思えるかもしれません。でも森林・林業の再生は、さまざまな分野にまたがる大きなテーマです。例えば、山林に関するデータをデジタル管理すれば、山林の価値を数値化できデータに基づいた森林経営ができる。オープンデータ化できれば新しい発想をもつプレイヤーが参画してくるかもしれません。こうした変革は、NTTグループだからこそできることだと思います。また、一関市に隣接する宮城県登米市では木造建築やバイオマスのエネルギー利用に向けた設計に取り組んでいます。NTTファシリティーズが提供できるエンジニアリング領域でもありますし、加えて、森林・林業の課題解決には業界の垂直統合的な取組みが必要で、そのような総合的な解決に向けたプロジェクトマネジメントにはディベロッパーやアーキテクトのスキルが有効と思います。だからこそ、NTTグループやNTTアーバンソリューションズグループが持つ強みを生かして課題解決ができるはず」
森を、地域をサステナブルに発展させていく挑戦は、始まったばかりです。
「私がやっているのは、地域の人たちのいろいろな考えを聞きながら、一つの絵にすること」という平井さん。壮大な絵(事業構想)を提示したからか、市長に「あなたたちは、何がしたいんだ?」と率直に聞かれたそうです。
「そこで『構想だけでなく地元の人と取り組める、ビジネスにしたい』と答えました。課題解決に向けては単なるコンサルティングで終わらず、持続可能な事業として成立させることが必要。地域の方々とともに、自分たちNTTだからできることを加えた事業に育ててゆきたい、そう伝えたらご納得されたようです。
先日は、NTTグループ各社で林業DXに関わる人たちが集まりました。個別の活動となっているところを同じベクトルを向いて進めようと。
私はきっかけを作っているだけですが、そこに集まる人々の熱意が周りに広がり、つながってゆく。
そうして、『森を宝にする』という思いに賛同してくれた人たちが、きっと私にとっての『We』なのだと思います。地域の方たちに認めていただくのは時間がかかります。でも、私の思いに賛同してくださる方がすでにいらっしゃる。そういう方々と一緒に一関市の"宝の山"を開拓していきたいと思います」
サステナビリティ
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